第9話 抑えきれない想いと乱れる心
もっと、もっとお役に立つ……。
零様のお役に立つことこそが私の生きる道。
「霜月隊長、ちょっと待ってください」
「待ちません。妖魔はこっちです」
「しかし……」
「私一人で行くので、あなたはそこで待っていてください」
「霜月隊長!」
部下が私を呼び止める声はどんどん小さくなっていった。
確か、妖魔はあっちにいったはず。
急がないと……!
大通りを駆け抜ける私の脳内に声が響き渡る。
『オマエハ……シアワセニナレナイ』
やめて……。
『オマエハイラナイニンゲンダ』
わかってる、そんなことは最初から。
私は元々拾われ子で本当の親にもいらないと言われた人間だ。
それをご慈悲で救っていただいたまで……。
『年が近い女の子がいてくれて嬉しいです!』
私も嬉しかったです。
綾芽様のことも大好きだから……だからっ!!
『たくっ、お前は』
いつも言葉少なくて、でも優しくて、だからこそ誤解されやすくて……。
『今日がお前の生まれた日とする。十一の月の三日』
私に誕生日をくれたことも──
『ふははは! 俺を押し倒した上に池に落とすとはな、面白い』
池に落ちた時に髪をかきあげた時の仕草も──
『男を誘惑するのがうまくなったな』
私を見るその鋭くも優しい瞳──
私はこんなにも零様の事が好きでたまらないんだ。
それでも好きだからこそ、身を引いておいたほうが彼の、そして大好きな姉のように慕う彼女のためになる。
「見つけた」
私は裏道に潜んで傷を修復しようとしている妖魔を発見する。
すかさず、それの後ろから背中に勢いよく守護刀を突きたてた。
「ぐおおおおおおーーー!」
雄たけびをあげながら、妖魔はこちらを向く。
妖魔は両の腕を鋭い槍のように変化させると、私に真正面から二突き繰り出してきた。
それをすかさず後ろに飛び避けたが、それが愚策だった。
「──っ!! うっ!!」
敵の妖魔は二体に分裂しており、もう一体が私の背後に回っていたのだ。
その一体に後ろから攻撃を仕掛けられた私は、避けきれずに脇腹を負傷する。
止血している暇もなく、次の攻撃が仕掛けられてくる。
一瞬痛みで傷を負った脇腹を押さえたが、すぐに手を放して懐刀を抜き、小さいほうの妖魔へとそれを投げた。
「きやああああああーー」
少し高めの断末魔が響き渡り、小さい妖魔は消えていく。
今度は大きい妖魔に向き直って、守護刀を握り締めて、相手の懐目がけて走り込んだ。
地面を抉り取るほどの鋭い攻撃をいくつか交わして、相手との距離を詰める。
そうして、先程拾った砂を相手の大きな一つ目にかけた。
「ぐああっ!」
相手は苦しそうに声をあげると、ジタバタと暴れ出す。
その隙に相手の懐に入ると、私は両手で一気に妖魔の心臓を目がけて守護刀を突き立てた。
「ぐおおおーーーー!」
大きな叫びと共に、妖魔は煙になっていく。
完全に脅威が去ったことに安心すると、私は全身の痛みを感じてその場に膝をついた。
「ん……いたっ……」
急いで脇腹に血止め薬を塗り、腕の着物を千切って包帯代わりにする。
どうやら右足にも大きな切り傷を作ってしまっていたようで、私はその足を引きずりながら屋敷へと戻った。
屋敷へ戻ると、玄関のところに零様が立っていた。
「──っ! 零様、何かございましたでしょうか」
「……」
「零様……」
零様の傍に立っている護衛役の腕には、小さな女の子がいる。
どこかの村娘のように見えるが、膝に怪我を負っているのが見えた。
すると、今日共に巡察に出ていた部下が私に声をかける。
「隊長、あの子、妖魔に襲われていたんで、屋敷まで連れ帰りました」
「──っ! まさか……」
「はい、隊長が妖魔を追って行かれた時に助けた子供です。屋敷が近かったので、応援を呼び、池で流されているところを助けました」
その瞬間に自分の愚かさを知った。
私は妖魔に気を取られてしまい、助けるべき人を見失った。
もし、彼が屋敷へ助けを呼びに行かなかったとしたら……?
女の子はあの川の流れの速さでは、もしかしたら力尽きてしまったかもしれない。
あの流れでは大人一人でも助けられないため、応援を呼んだという彼の判断は正しい。
そしてその指示を本来しなければならなかったのは私だ……。
「凛」
「はい……」
「なぜ判断を誤った?」
「……」
「凛」
「……答えたくありません」
あなたへの想いを言うことはできない──
すると、冷ややかな零様の声が耳に届いた。
私は彼の元に近づいて、膝をつく。
そんな私に、ただ一言零様は告げた。
「霜月凛、お前に暇を言い渡す」
「──っ!!!」
私は目を見開いた後、唇を噛みしめる。
そうして彼の事を見ることもないまま、命令を受け取った。
零様はそんな私に何も言わず、その場から去って行った──
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