第5話 その甘さは誰への贈り物?

 伊織様を失ったことにより、一時的に隊長が不在となった妖魔専門護衛隊。

 どこか皆不安を抱えながらも、日々の任務や訓練に励むことになった。


 日中巡察の任務から戻った後、私はどこかそんな不安を振り切りたくて刀を体に慣れさせる。

 守護王の護身刀を手にして、何度も攻撃の型をおこなってみた。


「やっぱり、動きやすい……」


 懐刀よりも少しだけ刀身が長いが、幅が広い。

 だが、どうしてか体に馴染んで軽く感じる。


「はっ!」


 私は壁の傷に向かって守護刀を突き出すと、その切っ先は視界の中でぴたりと傷と重なる。



『その刀、お前に預ける。使いこなせ、それを』



 零様に言われた言葉が脳内に響き渡る。

 守護王の紋付きの漆黒に染まった鞘に、ゆっくりと刀身をしまっていく。

 預けられた大事なその刀を両の手の平に置き、じっと見つめた。


「使いこなす……」


 この守護刀を授かって一ヶ月が経とうとしている。

 授けられた翌日の任務で使わなかった事を零様に話すと、いつものように鋭い視線を向けられてしまった。

 ただ一言、「余計な遠慮はするな。使え」とだけ告げられて、その日のお説教は終わったけど。


 そんなことを思い出していた時、縁側のほうから声をかけられる。


「馴染んだか、それは」

「──っ!! 零様っ!」


 私は急ぎ彼の元へ向かっていき、跪く。


「自分でも驚くほど使いやすく、妖魔への対処が捗っております」

「だろうな。一つ、お前に任務を与える」

「──っ! 私でお役に立てるのであれば、なんなりと」

「桜華姫の警護にあたれ」

「え……?」


 綾芽様の警護に、私が……?

 でも、綾芽様の警護はいつも零様がしているはず。

 その代わりとなれば、相当な人数を揃えて、それに私も加わって……。


 私が口元に手を当てながら考えを巡らせていると、その考えを見透かしたかのように零様が私に告げた。


「警護はお前一人だ」

「へ……!?」


 てっきり大勢で警護するうちの一人かと思っていた私は、想定外の事を言われて素っ頓狂な声をあげてしまう。

 どうしていつも咄嗟の時に可愛らしい声が出ないのか。


 それにしても、零様は外へ向かわれるお召し物だし、どこかに向かわれるのだろう。

 もしかしてすぐに戻られる予定?

 それならば、私がほんのひとときの警護につくことも納得がいく。

 そう考えた私は零様に尋ねた。


「零様はどちらへ?」

御崎峠みさきとうげのほうから妖魔の気配がする」

「──っ!」


 御崎峠と言えば、隣国との境目である。

 しかし、実はそこには屋敷の者数名しか知らない隠し里がある。

 その隠し里は、守護王の直轄隠密部隊の拠点であり、隣国からの防衛の拠点、さらに言えば対妖魔の拠点の一つでもあった。

 六年前、零様に助けられた際に、一番最初に私が預けられた場所がそこだった。

 里のみんなはその日、たくさんのご馳走を食べさせてくれた上に、暖かい布団で眠らせてくれた。

 ──まあ、次の日から里長である朱里しゅり様によって、教養の叩き込みと体術の厳しい訓練が始まったのだけど……。


 そんな里から妖魔の気配がするってことは、きっと何かあったに違いない。


「零様、朱里様たちは……!?」

「それを見に行く。だが、あやつらのことだ、死んではおるまい」


 隠し里のある御崎峠まではかなりの距離があり、馬でも一刻近くかかる。

 馬に乗り慣れていない私がいくには非効率的すぎる。

 だからこそ、零様は私にこの屋敷の、綾芽様の警護を任せて自ら行こうとなさっている。


「かしこまりました。無事のご帰還、お祈りいたしております」

「ああ」


 短く返事をすると、零様はその足で門の方へと向かわれた。



 隠し里に向かわれた零様を見送った後、私は綾芽様のお部屋へと向かった。

 閉じられている部屋の前に膝をつき、手をついて挨拶をする。


「凛、本日綾芽様の警護を担当させていただきます。何かあればなんなりとお申しつ……」

「凛っ!!!!」

「──っ!!」


 ふすまが勢いよく開いたかと思えば、中から出てきたその人に私は抱きしめられた。

 ふわっと甘い花のような香りがするこの方は、桜華姫である綾芽様。


「待っていたわよ! さあ、中に入って」

「し、しかし……!」

「もう、そんなこと言わずに。昔も一緒に遊んだじゃない!」


 私は綾芽様に誘われて部屋に入る。

 ここは綾芽様の好みで小さめの部屋だが、洗練された家具の数々と骨董品が置かれており、甘いいい香りがいつもしていた。

 陶磁器と花が好きな綾芽様は、毎日その日のご気分で花を生けて飾っていらっしゃる。


「今日のお花は百合ですか?」

「そうなの。綺麗で立派な百合が咲いたから、それを生けてみたの」

「素敵でございます」


 藍色の花器に生けられたそれに目をやる。

 綾芽様によく似た桃色と白色の百合が美しい。


「よかった。凛にちょうど渡したいものがあったの」

「──? なんでしょうか」


 薄紅色の着物に身を包んだ綾芽様は、桐の棚から漆塗の小物入れを取り出す。

 私へ一緒に座るようにと促すと、綾芽様は嬉しそうな表情をなさった。


「口を開けてちょうだい」

「え……?」

「いいから、早く開けて」

「はい……」


 私は言われるがまま口を開くと、綾芽様の手によって何かを口に入れられた。


「──っ!」


 何かわからず戸惑っていると、段々甘い味が口いっぱいに広がる。


「甘い……」

「そうでしょう!? これね、金平糖というそうなの。零様にいただいて、凛にもあげたかったの」


 嬉しそうに語る綾芽様を見て、今度は心がチクリとした。

 甘い味なのに、悲しい。


 あの厳しくて冷たい声を放つ零様にも、綾芽様にしか見せない顔がある。

 当たり前だが、そのことに気づき、綾芽様が羨ましくて憎くくさえ思ってしまう自分が嫌になった。


「凛……?」

「い、いえ! なんでもございません! 美味しかったです。私がいただいてしまって、よかったのでしょうか」


 その言葉を聞いて綾芽様が少し俯く。

 そうして、金平糖の入った小物入れを私に握らせてくださった。


「それはきっと本当はあなたのもの」

「……え?」


 綾芽様はじっと私を見つめる。

 優しくて温かいその手に、私の両手は包まれた。


「零様はあなたを見てる。誰よりもあなたを信頼して、あなたを……いえ、なんでもないわ」

「綾芽様……──っ!!」


 その時、突然背中がぞくりとして、とても嫌な気配がした。

 綾芽様もそれに気づいたようで、二人で目を合わせる。


 それは間違いなく、妖魔の気配だった──

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