第282話 秋ヶ瀬ウォリアーズ15、哲学3人組


 1階層の渦から少し離れたところに転移しようと思ったけれど、そういえば。と、思い出してレモンの木の前に転移した。

 レモンの木の前には関係者以外立ち入り禁止の通行止めが周りを囲むように置いてあるけど、俺は関係者なので構わず中に入って、立派に実ったレモンのうち20個ほど摘み取りタマちゃんに預けた。

 斉藤さんたち3人と分けようと思うのでひとり5個ずつ。ちょっと多いかもしれないが、夏だからレモンの消費も多いだろう。多分。


 少し時間をとったが、約束の9時5分前には渦の近くまで歩いて行き、斉藤さんたちと合流できた。

「おはよう」「「おはよう」」

「なんか久しぶり。今日は真面目にいこう」

「うん」

「おー!」


 ということで、今日は真面目に徘徊モードで1階層を練り歩くことになった。

 ディテクターで周囲を探りつつ、俺の後ろのしゃべりも聞きつつ歩いて行く。

 大体10分も歩くと1回はモンスターに遭遇するので他の連中に比べればかなりハイペースだ。

 俺が核の回収係であることは相変わらずだが、秋ヶ瀬ウォリアーズの3人は1階層のモンスターに対して平均2撃でたおせるようになっている。


「斉藤さんたち、学校の体育どんな感じ? 体力とかだいぶ上がっているんじゃないかい?」

「うん。この前水泳で25メートルの時間計ったんだけど、すごく速くなってた。水泳部の子には負けたけどほとんど差がなくて先生も驚いてた」

「あんときの斉藤すごかったよね。平泳ぎで水泳部の子のクロールと変わんないんだもの」

「日高さんはどうだった?」

「わたしも斉藤ほどでもなかったけど、いい線いったよ」

「中川さんは?」

「わたしはついに10メートル息継ぎなしで泳げた。快挙!」

「中川、あんたの『息継ぎなし』って息継ぎできないだけじゃなかった?」

「そうとも言う」

 個人差はあるとはいえ3人とも身体能力がある程度上がっているのは確かなようだ。

 1階層でも丸1年で目に見えるダンジョン効果があったわけだ。


 何となくではあるがAランクの冒険者くらいならスポーツ大会に参加させてもいいんじゃないかと軽く考えていたがダンジョン免許取得者のスポーツ大会参加不可は仕方ないんだろう。


 適当な話をしながら練り歩いていたら、スマホを構えたやじ馬が輪になっているところに出くわした。1階層には季節などないので風物詩ではないが、名物の核を巡っての言い争いの現場のようだ。


 1年前、斉藤さんたちに偶然会った時のことを思い出した。懐かしい。

 後ろの3人を振り返ったら、あっちを向いたりそっちを向いたりして、現場の方に視線が向いていない。懐かしさを覚えたのは俺だけだったようだ。


 俺だけ懐かしんでいても仕方がないので野次馬の輪から離れて徘徊モードの練り歩きを再開した。


 こうして外の暑さなど関係なく過ごしやすい1階層の青空の下を歩いているのは実に健康的だ。

 こういった運動もダンジョンでの身体能力アップに貢献してるんだろう。


 午前中3時間練り歩いて16個の核を手に入れていた。

「この辺りで食事にしようか?」

「それなら、レモンの木の近くで食べよう」

「それいい」

「うん」「そうしよ」

「それじゃあ、3人とも俺の手を取ってくれるかい」


 斉藤さんが俺の右手首を持ち、日高さんが俺の左手首を持ち、そして中川さんがわざわざ手袋を脱いで俺の左手を握った。


「それじゃあ」

 誰かの注目を浴びている可能性はないではなかったが、気にせずレモンの木を植えた岩棚に転移した。


「あっ! レモンの木の周りに通行止めが置いてある」

「俺たちは関係者だから、気にしなくて大丈夫」

「誰が置いたんだろ?」

「ごめん、みんなに言い忘れてた。

 俺から専用個室なんかで世話になってるダンジョン庁の人に『レモンを植えたらすごいことになった』って言ったところ、こういうことになっちゃったんだ」

「そうなんだ。異常繁殖?繁茂?しちゃったんだものね。

 それにしても立派なレモンが生ってるよね」

「うん。4人で分けようと思って今朝20個ほど摘んだんだよ」

「摘んだ跡なんてもうないみたい」

「元気一杯みたいだから」

 元気で片付くような現象ではないのだろうがそれ以外の表現がないのも事実。実際『活力のレモン』だし。


 残念ながら頭の良くなるレモンではないけれど、3年生になって受験勉強を始めたら強い味方になってくれるに違いない。


「それじゃあレジャーシート敷いちゃうね」

 斉藤さんが前回と同じようにレジャーシートを岩壁沿いに敷いてくれたので、みんな靴を履いたままで足はレジャーシートの外に出して4人で横並びに座って食事を始めた。

 3人はお弁当で俺とタマちゃんはおむすびだ。そしていつものように俺とタマちゃんは3人からおかずを貰っている。




「黄色いレモンがこんなに生っていると、これはこれで見ごたえあるね」

「そうだね」

「木全体がすごくすっぱそうだよね」


 実際、最初のレモンが生った時より目の前のレモンの木は幹は太くなっているし枝も2回りか3回り広がっている。立派な灌木だ。

 この木なんの木、レモンの木。ではないがすごく立派だ。

 もちろん俺の果樹園の果樹もずいぶん立派になっているけどな。


 昼食を食べ終え少し休憩し、後片付けをして午後からの探索だ。

「3人とも俺の手を取ってくれ」

 斉藤さんが俺の右手の手首を持ったあと、日高さんが俺の右手を直に握り、中川さんが同じように俺の左手を直に握った。

 これっていわゆるハーレム状態なのだろうが、俺とすると子どもがじゃれているようなものなので何の感慨もなかった。わけではなく、女の子の手ってこんなに柔らかいんだー。と、去年の大晦日のことを思い出してしまった。


 転移で消えてしまうのは目の錯覚と思うかも知れないが、目の前に男女4人がいきなり現れてしまうとさすがに目立つと思い、一番人の少なそうな階段小屋の裏手に転移した。


 そこから午後の徘徊モードでの探索を始めた。

 俺たちは30分ほど徘徊して2個核を手に入れていた。

 次の目当てのないまま歩いていたら前方に3人組の男子いて、モンスターを囲んでいた。

 すぐにモンスターはたおされその中のひとりが核の回収を始めた。


「あれ?」

 鶴田たち3人組じゃないか。

「俺の学校の友だちがいた」

「あの3人」

「うん」

「無視できないから、ちょっと行ってくる」

「わたしたちもあいさつする」

「「うん」」


 ということで俺は3人を引き連れて鶴田たちの方に向かった。

「おーい。俺だ」

「おっ! 長谷川じゃないか」

「この前はありがとうな」

「この前は実に楽しかった。ありがとうな」

「俺の目には長谷川の後ろに、女子が見えるのだが?」

「わたしたち長谷川さんといっしょに1階層を回っている『秋ヶ瀬ウォリアーズ』の斉藤です」

「わたしは日高」

「わたしは中川。よろしくね!」


「俺は長谷川の同級生の鶴田」

「鶴田さん、よろしく!」「「よろしく!」」

「えーと、俺は長谷川の同級生の坂口。よろしく」

「坂口さん、よろしく!」「「よろしく!」」

「僕は長谷川の同級生の浜田です。よろしくお願いします!」

「浜田さん、よろしくね!」「「よろしくね!」」


 今のあいさつを見る限り、秋ヶ瀬ウォリアーズの3人は人見知りゼロ。

 鶴田、坂口は多少緊張していたようだが、問題なさそうだ。

 浜田はかなり緊張していた。

 ここは浜田をフォローしてやるのが友達ってものだ。


「一緒に回るとなると効率が悪くなるかもしれないが、そこらへんはあまり気にせず、Aランクチーム同士仲良くいこう」

「「さんせーい!」」と秋ヶ瀬ウォリアーズの3人が揃って歓声を上げた。

 これに対して鶴田たち哲学3人組はそろって「「はい」」と答えた。


「俺はみんなのことを知ってるからいいんだけど、モンスターを探しながら歩く間に6人でもう少し詳しい自己紹介したらいいんじゃないか?

 それじゃあ行こうか」

 合同チームを引き連れた俺はディテクターで先ほど見つけた反応に向かって歩いて行った。

 野暮なので振り返って見たわけではないが俺の後ろでは何となく男女ふたりずつでペアになってお互いの自己紹介をしていた。

 甘酸っぱい青春の1ページを刻んでいるようだ。

 よきかな。


 盗み聞きするわけではないが会話の内容が耳に入ってくる。ただ鶴田たちの声が低いせいか、斉藤さんたちの声だけが耳に届く。

 ……。

「鶴田くんって、おもしろい」

 ……。

「坂口くんって、おもしろい」

 ……。

「浜田くんって、ちょっと変わってるけどおもしろい」


 3人とも面白いとの評価だった。俺もそれにはすごく同意する。さらに言えば浜田の評価には120パーセント同意する。


 それからも、斉藤さんたちのキャハハ笑いとか聞こえてきて結構わが方の3人もうまくやっているようだ。



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