第236話 シュレア6、紅の旅団とアキナ


 シュレア屋敷の中をのぞいていた不審なふたり組に連れられ商会っぽい建物の2階にあがりボスがその先にいるという部屋の前に立った。

「ボス、ドラゴンスレーヤーをお連れしました」

「入ってもらってくれ」

 部屋の正面の壁にはどこのものだかわからない大きな旗が貼られその前の机の椅子にきちんとした身なりなのだがどこか疲れてやつれたようなおっさんが座っていた。

 左目にアイパッチをしているのだが、精悍さが顔から感じられないので似合っているとは言えない。まあ、ファッションでしているのではないのだろうからそういった評価はちょっと不適当だったかもしれない。


「ドラゴンスレーヤーどの。本来ならわたしが出向くべきところでしたが、お越しいただきありがたい。

 わたしは紅の旅団の会長、ハーブロイです」

 なんだか、中2病丸出しのネーミングセンスに脱帽だ。いや、何言っているのか分からなくなるからヘルメットはとらないけど。


 赤い稲妻に通じるところがないではないがアレはあくまで他称であり、自称でこんな痛い名まえを付けるやつは推して知るべし。


 俺が内心アイパッチ男のことを下方評価していたら、俺たちを案内したふたりのうちひとりがアイパッチ男ハーブロイに耳打ちした

「サイタマノホシが本名だったのか。素晴らしい名まえだ」とか耳に届いた。

 やっちまったか? とにかくこの場はサイタマノホシで通すしかない。


「それで俺に何の用だ?」

「わたしはマスターの通訳をしている者です。

 マスターはこの国の言葉を聞き取ることはできますが話すことができません。

 先ほどのマスターの言葉は早く用件を述べるように。とのことです」

「その前に、紅の旅団について説明させていただこう。

 異国のサイタマノホシどのは紅の旅団のことは耳にしたことはないだろ?」

 いや、そんなのどうでもいいから、さっさと用件を言ってくれよ。

 俺の訴えかける目つきを無視してアイパッチおじさんは言葉を続けた。


「紅の旅団は、この地方の特産品である赤紫染料の実に6割を扱っている商会で商会員は現在60名を数えます」

 それが何なんだよ? そろそろ帰りたくなってきた。

 ここまでついてきた俺がバカだった。


「染料がどうのこうの俺には関係ないから。

 用件がないようならもう帰る」

「マスターは、染料がどうであれ自分には全く関係ない。用件がないようなら帰る。とおっしゃっています」

「待ってください。用件だけでも聞いてください」

「早くしろ」

「早く話せとおっしゃっています」


「申し訳ありません。ついいつもの癖で商会のことを口にしてしまいました。

 サイタマノホシどのがドラゴンスレーヤーであるゆえに頼みたいことがあってこうしてお越し願いました」

「だから、何なんだよ?」

「マスターは、御託はいいから早く話せ。と言っています」

「サイタマノホシどの、ドラゴンの血を持っていまいか?

 もし持っているようなら分けていただきたい」

「ドラゴンは、解体したが血はとっていないと思うぞ。ドラゴンの血が必要なのか?」

「ドラゴンは解体はしたが血はとっていない。ドラゴンの血がなぜ必要なのだ? とのことです」

「俺の娘が不治の病に侵されています。娘の病を治せる薬はドラゴンの生き血を精製した万能薬だけということなのです」

 ドラゴンの頭をタマちゃんが丸っと収納しているからドラゴンの血ならそこからそれなりの量採れると思うが、その前に万能ポーションなら俺が持ってるぞ。


「万能ポーションなら持ってるぞ。おっさんの言う万能薬と多分同じ万能薬だと思う。何せ俺の万能薬は死んでいなければたいていの傷も病気も治してしまうからな」

「万能薬なら持っている。自分の持つ万能薬は死んでいなければほとんどの傷と病気を治せるから、あなたの言う万能薬と同じものだろう。と、マスターは言っています」

「な、なんと。

 何とか譲っていただけませんか?

 出せる金は王国金貨1000枚。万能薬の値段にすれば足りないのは重々承知していますが、この商会の会員たちを路頭に迷わせるわけにはいかないのである程度の資金を残す必要があります。それでなんとか譲ってもらえないでしょうか?」

「万能薬が偽物かもしれないのに、よそ者の俺にそんな大金払っていいのか?」

「よそ者が口先だけで万能薬と騙っているかも知れないのに大金を払っていいのか? と、マスターは言っています」

「うそをつくような男にドラゴンがたおせるはずがない。それが答えです」

 信用されて悪い気はしないのだが、このおっさん父親は務まっても組織のトップは務まらないんじゃないか?


 俺はリュックを下ろしてリュックの中のタマちゃんから万能ポーションを1瓶出してもらいおっさんの机の上に置いてやった。

「おお! これが万能薬なのか。

 金を用意してくれ」

 おっさんの子分A、Bが一度部屋から出ていき、5分ほどしてカバンを持って帰ってきた。

 カバンの底が下に伸びて見た感じすごく重そうだ。金貨1000枚だもの当たり前か。

 子分A、Bはおっさんの机の上にカバンの中から取り出した金貨25枚入りの筒を並べていった。全部で40個。

「王国金貨1000枚です。確かめてください」

「それじゃあ、いただいておく」

 俺はそう言って金貨をリュックの中のタマちゃんに渡していった。

「枚数を確かめなくていいのですか?」

「ドラゴンスレーヤーを甘く見るようなバカものはそうそういないからな」

「ドラゴンスレーヤーを甘く見る者は早死にするとマスターは言っています」

 ちょっと、意訳がきついがいい訳かもしれない。


「そうだなー。万能ポーションはどんな病気にも効くはずだが、万が一あんたの娘さんに効かないようなら金貨は返してやるよ。今からあんたの娘さんのところに行こうじゃないか」

「マスターは、もし万能薬があなたの娘さんに効かないようなら代金は返す。今からあなたの娘さんのところに行こう。と、言っています」

「いいんですか?」

 俺は鷹揚にうなずいてやった。


「わたしについてきてください」

 おっさんが椅子から立ち上がり部屋を出て廊下をまっすぐ進み階段に出て上に上っていった。おっさんの後に俺たちがついていき子分A、Bが俺たちの後に続いた。

 3階に上って扉を開けた先にはカーペットが敷かれていた。どうやら住居のようだ。


 おっさんが中に入っていったので俺たちも続いて入っていった。

 居間らしき部屋を通り過ぎた先の部屋に入って行ったらそこのベッドに女の子が寝ていた。

 かわいい顔をしていたのだろうが、今はガリガリに痩せて顔色は青白い。確かに不治の病に侵されている病人に見える。


「お父さん?」

 女の子が蚊の鳴くようなか細い声でおっさんを呼んだ。

 女の子は寝てはいなかったようだが目を開けなかった。

「ああ、今戻った。

 アキナ喜んでいいぞ。薬が手に入った。今飲ませてやる」

 おっさんがアキナという名らしい女の子を抱きかかえて、上半身を起こしてやり、彼女の口元に蓋を取った万能薬の瓶の口を当てた。

 アキナちゃんが口を開けたところでおっさんがゆっくりポーション瓶の下側を持ち上げていった。

 アキナちゃんは薬をこぼすことなく全部飲むことができた。


 万能薬と言っても薬は薬なので劇的に効くことはないと思ってアキナちゃんの顔を見ていたのだが、アキナちゃんの顔色は目に見えて良くなってきた。やっぱり劇的効果があるようだ。

 俺の時もすぐに指が生えてきたことを思い出した。


 そのアキナちゃんは、今までつむっていた目を開けた。

「お父さん、目が、目が見える!

 あれ? この人たちは?」

「薬を譲ってくれた、サイタマノホシどのと、サイタマノホシどのはこの国の言葉を話せないから彼の通訳だ。

 それはそうとアキナ、体の調子はどうだ?」

「うん。体がすごく軽いし具合の悪いところはどこもない。でもお腹がすごく空いてる」


 病が癒えて健康になった結果、やせ過ぎの体が栄養を欲しがってるんだな。

「アキナ、今父さんが用意するから待っていてくれるか?」

「うん。でも早くしてね」


「俺が食べ物を持っているから分けてやろう」

「マスターは自分が持っている食べ物を分けようと言っています」

「助かります」


 俺はリュックを床に置いて中からおむすびセットを2つ取り出した。健康体になったはずだから胃が受け付けないということもないだろう。

「これは俺の国のおむすびという食べ物だ。

 透明な膜を破って中から取り出してかぶりつけばいい。よく噛んで食べろよ」

「これはマスターの国のオムスビという食べ物です。透明な膜を破って取り出しそのままかぶりつけばいいのですが、よく噛んで食べるようにとのことです」

 アキナちゃんはラップを破って中からおむすびを取り出して三角の角をかじった。

 そして何度か噛んで飲み込んだ

「おいしい。すごくおいしい!」

 おめでとう。きみはこの国でおむすびを食べた最初の人間だ。

 その後もアキナちゃんはゆっくりおむすびを食べ続けた。

「中に何か入ってた。すっぱーい。でもおいしい」

 きっと梅干を食べたこの世界で最初の人間でもあるはずだ。

 アキナちゃんは1つ目のおむすびを食べ終わって2つ目のおむすびにかぶりついた。


 娘が元気になったことだし、俺たちもそろそろ退散して親子水入らずにしてやろう。

「それじゃあ、俺は退散する」

「マスターは帰るそうです」

「サイタマノホシどの、ありがとうございました」

 対価を貰った上に恩に着てくれるのなら有難い。恩を売るために俺がこんなところまで出張ってきたわけだし。

 本心ではないが一言。

「対価を貰っている以上恩に着る必要などない」

「対価を払っている以上恩に着る必要はないとマスターは言っています」

「その言葉、さすがはドラゴンスレーヤー。とにかくありがとうございました。サイタマノホシどの。サイタマノホシ、この名は一生忘れません」

 その名まえだけは忘れてしまっていいから。


 さっきのおむすびだけではまた腹が減るだろうし、父親と一緒に食べたいだろうと思ってサンドイッチと調理パンをそれなりの量出しておっさんに渡しておいた。

「俺たちはこれで失礼する」

「わたしたちはこれで失礼します」

「重ね重ね、サイタマノホシどの、重ねてありがとうございました」


 俺と警備員Aはおっさんの家を出てしばらく歩いたところで屋敷に転移で戻った。




 屋敷に戻って思ったのだが、おっさんの家で母親が見当たらなかった。

 娘が治るかもしれない一大イベントなのにおっさんは母親を呼ぼうともしなかった。

 食事を自分が用意するとか言っていたし母親のいない父子家庭だったのかもしれない。

 まあ、その辺は俺が立ち入るような話でもない。


 今回手に入れた金貨1000枚は、金庫に入れておいた。これで金庫の中には金貨2000枚が入っていることになる。これだけあればお金で困ることは当面ないだろう。


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