第198話 買い物と結菜
ミアの住んでいたシュレアの街のチンピラを蹴散らした俺は、
いつもながらの冒険者姿でリュックまで背負っているので十分変な男だと自覚がある。とはいえ、悪いことをしているわけでもないし、店内は十分広いので俺のリュックがそこまで邪魔になってほかの客に迷惑をかけることはまずない。ハズ。
店の入り口に置いてあったカートを押して食料品売り場を巡り始めた。いつもは買おうと思っている物しか目に入らないのだが今日はちゃんと並んだ商品を見ながら店の中を回った。
最初に目に付いたのは野菜だ。
ニンジン、玉ねぎ、カボチャ、トマト、ジャガイモは館にあったから、ほかのものを買おう。
タケノコ、シイタケ、長ネギ、レンコン、白菜をカートに入れた。
次に回ったのは練り物のコーナー。
おでんの具になりそうなものをそれなりの量カートに入れた。
そこから乾物コーナーに回って、干しシイタケとカツオの削り節、カンピョウ、それに高野豆腐、海苔と味付け海苔をカートに入れた。
お茶漬け海苔も近くにあったのでそれもカートに。
館で食べることがあるかは分からないが、即席めんコーナーでは袋めんとカップ麺をカートに入れた。というか入れてしまった。
そこまででカートが一杯になってしまったのでカートを押してレジ待ちの列に並んだ。
今日は結構客が多いようで、列の10番目くらいになってしまった。これだとだいぶ待たされそうだ。
文句を言ってもタダの変な高校生になるだけなので俺は黙って並んでいた。
列が少しずつ短くなってあと3人くらいになった時、後ろからいきなり背中を叩かれた。
もちろん後ろから人が近づいてきている気配は感じていたが、全く警戒していなかった。
俺としたことが恥ずかしい。
振り向いたら空っぽのスーパーのカゴを持った結菜だった。
「声くらいかけろよ。ビックリするじゃないか」
「一郎でもびっくりするんだ」
「あたりまえだろ」
「冒険者の格好してお使い?」
「そういうわけじゃないんだけどな。
お前こそ今日は日曜なのにクラブはないのか?」
「わたし、テニス止めちゃったの」
「ほんとか? 何かあったのか?」
「うーん。ちょっとね。夏休みになったらわたしも冒険者になろうかな」
何だか言葉つきは明るいのだが、顔を見るとそんな感じではない。
仕方ない。
「なにかあるなら話くらい聞いてやるぞ」
「どうしようかな。
一郎何かおごってくれるなら話してもいいよ」
「じゃあ、おごってやるよ。
お前まだ買い物終わってないんだろ?」
「まだ何も買っていないの。一郎が見えたからとりあえずここに来ただけ」
「じゃあ、俺のレジが終わったら一緒にどこかに行こう」
「うん。そこのバーガーショップでもいいよ」
「じゃあそうしよう」
それから5分ほどで俺の順番になった。
精算の終わった俺は結菜と連れだって荷物台に移動してそこで俺はリュックを下ろして買った物をどんどん中に入れていった。
リュックの中ではタマちゃんが適当に収納していく。このあたりはもはや以心伝心だ。
「そのリュック、荷物がたくさん入っていくわりに大きくなってないように見えるんだけど、目の錯覚なのかな?」
「そうじゃないか? ちゃんと大きくなってるぞ」
「おかしいなー」
買った物を全部リュックに入れた俺は、リュックを背負わず手で持ってスーパーにテナントで入っているバーガーショップに向かった。カートは結菜が戻してくると言って持っていってくれた。結菜にしては気が利く。
結菜が戻ってくるのを待っていたらすぐに結菜が戻ってきた。
「結菜、好きなものを頼めよ」
「うん。一郎は何頼むの?」
今朝館で腹いっぱい食べたのだが、モーニングセットがおいしそうに見えた。
「そうだな、まだモーニングセットやってる時間だから俺はモーニングセットでベーコンとレタスとトマトの入ったパンだな。飲み物はコーラだ」(注1)
「じゃあ、わたしもそれにする」
店の人に注文してお金を払い、席について出来上がるのを待った。
3分ほどで出来上がり、店の人がふたり分テーブルに持ってきてくれた。
「じゃあ、話してみろよ」
「うん。
わたし、去年の県の新人戦で結局準決勝で負けて4位だったの」
「4位だと全国大会には出られないのか?」
「全国大会に出られるのは1位と2位だけ」
「そんなことくらいで止めたのか?」
「うん。まー」
今の話だとテニスが嫌になる要素としてはかなり弱い。それに結菜はまだ何か言いたそうな顔をしている。
「何か他にもあったんじゃないのか?」
「うん。
クラブの中でエース扱いされていたんだけど、その時の2年生、今の3年生たちはわたしのことを良く思ってなかったみたいなの。
わたしが負けたことでタガが外れたみたいで何かとわたしに意地悪するようになったの。
部活の先生がいないときなんかわたしだけランニングとかね」
「いじめか」
「うん」
「先生には言わなかったのか?」
「言ってない」
「そうか」
「ねえ、冒険者って面白いの?」
「俺はそれなりに楽しい。だけど、結菜が楽しいと感じるかどうかはわからないな。
結菜、ホントにテニスを止めて冒険者になるつもりか?」
「今考えてるところ」
「いちど免許を取ってしまうともうスポーツ選手には復帰できないぞ」
「うん。分かってる」
「分かってるんならいいけどな」
「わたしが冒険者に成ったら1日いくらくらい稼げるかな?」
「初心者のAランク冒険者は1階層しか入れないから、朝から夕方まで歩き回ってもあまり儲からない。それでも高校生の小遣いと考えればいい線稼げるんじゃないか」
「ねえ、イチローは1日どれくらい稼いでいるの? っていうかイチローってBランクだからわたしの参考にはならないか」
俺のことをBランクと思っているのか。
結菜が本当に冒険者に成ったら、ダンジョン庁のホームページを見ることもあるだろう。
そうしたら、17歳のBランク冒険者がいないことに気づくよな。
その時どう思うか?
若干1名いる17歳のSSランク冒険者が身近な俺とは思わず、俺のBランクをウソと思うんだろうな。
それはそれでもいいのだが、それでは結菜が冒険者になった時サポートしづらいかもしれない。
「結菜。お前が冒険者に成ったらそれなりにサポートしてやるよ」
「さすがは一郎。ありがとう。期待してるよ」
「うん。
それでだが、結菜は俺のことをBランクと思っているだろ?」
「違ったの? まさか見栄張って周りにウソついてた?」
「いや、そうじゃない。結菜の友だちが俺のことをBランクと言った時にはおそらくBランクだったんじゃないか」
「なに? じゃあ今一郎はCランクなの?」
「いや」
「えっ? なに? どういうこと?」
俺はベーコンとレタスとトマトがサンドされたパンを一口かじったあとコーラを一口飲んだ。
「俺、実は日本でただ一人のSSランク冒険者なんだよ」
「一郎、何バカげたこと言ってるのよ」
俺は首から下げている冒険者証を引っ張り出して結菜に見せてやった。
「うそ!」
結菜はそう一言だけ言って片手を口に当て、そのまま固まってしまった。
「そういうことだ」
結菜は10秒ほどで再起動した。
「冒険者のランクって儲けた金額でランクアップするんだよね」
「そう」
「SSランクっていったいいくら儲けたら成れるの?」
「100億」
「……」
結菜は言葉もなく再度固まってしまった。
隣に住んでるただの幼馴染が100億の男だと知ったらそりゃ驚く。逆の立場だったら俺だってビックリマンだ。
注1:
各々の頭文字をとってBLTサンドというそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます