第196話 シュレア3、ゴロツキ


 ソフィアたちが書斎から出ていった後、白銀のヘルメットを取ってから呼び鈴でアインを呼んだ。


「アイン。ソフィアとカリンとレンカだが、まともに戦えると思うかい?」

「3体の戦闘能力はいずれも高くはありません」

「そりゃそうだよな。

 さっきミアたちを連れて治安の悪そうなところを歩いていたらそれっぽい連中が前後から現れたんだがここに戻ってきて正解だったな」

「人間の強さというものが分かりませんが、相手が牡牛程度ならソフィアたち3人のうちだれでも一撃でたおせると思います。

 心配でしたら護衛専門の自動人形も作れますが」

「街に出る時は俺と一緒だし、牡牛を一撃でたおせるなら必要ないか。

 何でもかんでも殺すわけにはいかないから手加減はできるんだよな?」

「もちろんです」


「それは安心だ。

 それはそうと、将来のことを考えたらミアにも何か武術的なものを教えた方がいいと思わないか?

 まだ子どもだから無理しないよう運動の延長線でいいからな」

「了解しました。本人の好みを聞き対応します」

「そうしてくれ」

「昼食は何時になさいますか?」

「ミアはいつも何時に食べてる?」

「12時00分です」

「じゃあそれで頼む」


 アインが一礼して書斎を出ていった。

 昼まで時間がだいぶあるので、俺は先ほど行きそびれた港を見に行くことにした。


 白銀のヘルメットをかぶり直した俺はタマちゃん入りのリュックを背負った。

 次にフィオナが肩に止まっているのを確かめてさっきまで歩いていた港へ続く通りに転移した。


 先ほど俺たちを囲もうとしていた連中はいなくなっていた。

 いきなり俺たちが目の前から消えたから、あの連中も驚いただろう。

 この世界が転移を見慣れた世界ということはないだろうから、連中がどう頭の中で折り合いをつけたか少々気になるところだ。


 俺は周囲を一度見まわしてから、港方向にやや速足で歩き始めた。

 5分も歩かないうちに俺の後ろを数名の男がつけ始めた。

 無視して速歩で歩いていたら、俺をつけてくる人数が少しずつ増えてきた。


 金魚のフンを引き連れたまま歩いていたら、倉庫のような建物が並ぶ一画に出た。

 この辺りから港の領域なのだろう。


 そこで俺は30メートルほど走ってやった。

 そしたら金魚のフンが慌てて走り出した。


 俺はすぐに立ち止まって後ろを向いた。

 俺を追ってきた連中の数は8人。

 8人とも男で、ひとりだけマトモな身なりをしていたが残りの7人はみな薄汚れた服を着ているうえ体格もそれほど良くない。

 荒くれ者の振りをして金品を脅し取っているのか?

 すぐにわかるだろう。


 俺は男たちに日本語で声をかけた。

「俺に何か用か?」

「お前、よそ者か?

 痛い目に遭いたくなければ、金目のものを寄こせと、言いたいがどうせ何もわからないんだろうからみぐるみはいでやる。そうすりゃこの国の言葉を少しは分かるようになるだろう。感謝しろよ」

 リーダーらしい男の口上を聞くに、リーダーはある程度の教養があるようだ。ただ、白銀のヘルメットが俺の教養レベルに合わせてリーダーの言葉を訳した可能性はある。


 男たちが一歩一歩俺に近づいてくる。

 通訳を連れてきていない以上俺が何を言っても仕方がない。

 日本では冒険者が暴力事件を起こせば罪一等が重くなるのだがこの国ではそんなことはないはずだ。

 したがって速やかに実力行使することにした。

 痛い目に合わせるためみぞおちを掌底で突く。ただの当て身だが、やり過ぎるとみぞおちに俺の手が貫通して即死させてしまうので手加減が重要だ。


 加速した俺はリーダーを除く7人に順に当て身をくらわせていた。

 誰ひとりとして俺の動きに反応できず、みぞおちを抑えながら通りに転がった。

 口からキラキラを吐きだしている者も何人かいた。


「お前、何をした! 魔法使いなのか?」

 俺に聞くなよ。俺はここの国の言葉なんて一語も話せないんだから。


 俺はゆっくり男の前に歩いていき、男の正面に立った。

 男は健気けなげにそこから逃げ出さずに立ったまま。そして無防備だった。

 俺は男の喉元に手を伸ばして右手でのど輪を決めてやった。

「や、止めてくれ!」

 俺が右手に力を込めれば喉が潰れるくらいのことは想像できたようで男は暴れなかった。そこは本人にとってラッキーだった。


 しかし、こういう状況で言葉が通じないのはすごく不便だ。

 俺は男の目をのぞき込んで、低めの声で「失せろ!」と、日本語で言って男を突き飛ばしてやった。

 こういう状況だからこそ俺の言葉が通じたようで男は咳き込みながら、子分?たちをおいて駆け出して逃げていった。

 そういうことをしていると、そのうち子分たちに愛想をつかされるぞ。

 俺としては「覚えとけよ!」とかそういったたぐいの捨て台詞が欲しかったが咳き込んでたから発声できなかったのだろう。修行が足りないやつだ。


 残った7人も起き上がる者も出始めた。そいつらも他の連中のことは放っておいて自分だけ逃げていった。

 こいつら組織としてどうなんだ? 上から下までダメダメじゃないか。

 俺がこの連中のボスだったら、精神から鍛え直してちゃんとした組織にしてやるのだが。


 最後の男が逃げていったのを見送った俺は港の方に歩いていった。

 波止場はほんのすぐ先だったようで、通りの正面に建っていた木造の大きな建物を回り込んだ先が港、そして海だった。

 海は青くてどこまでも続いて青空に溶け込んでいた。

 海は広いな大きいな。


 波止場からは海に向けて何本も桟橋が伸びていて、中型の帆船や漁船のような小型船が係留されていて、沖の方には大型の帆船が碇泊して、はしけが行き来していた。

 大型の帆船はおそらく外洋船だ。ここが大陸だとすると、ほかの大陸があるのかもしれない。


 桟橋では荷物を積みだしている船もあれば荷物を積み込んでいる船もある。

 もちろんすべて人力だ。

 桟橋の中型船には旅客らしい人が乗り込んでいるのが見える。沿岸航路でもあるのだろう。


 小型船の方はひと仕事終わった後のようで船上に人気は見えなかった。


 とてもいい景色だ。


 俺は海の香りを胸いっぱい吸って深呼吸していたら、5、6人が俺の方に近づいてくる気配がした。

 振り向いたところ、前回俺に向かって短剣を構えたプロのゴロツキたちだった。

 前回は5人だったが、今回はローブを着た痩せた男が1名加わって6人だった。


「お前だったのか。

 いきなり消えたから何かの魔法を使ったようだが、今度は逃げるなよ」

 ゴロツキの兄貴分らしい男がそう言った。

 逃げるなよ。と言われてはいそうですか。と、素直に従う奇特な人間は少ないと思うが、俺は数少ない奇特な人間のひとりなので逃げも隠れもしやしないよ。


 子分らしき4人のゴロツキたちが短剣を構えたところで、ローブの男がいきなり俺に向かってファイヤアローらしき火の矢を放ったのだが、飛んでくる火の矢はかなり遅い。

 ヒューマンプラスの変異体特性のひとつ『魔法耐性が高い』のおかげか、発せられた魔法の脅威度が分かるようになったようで、ローブの男が放った火の矢は俺にとって見た目通り何の脅威でもないことが分かった。


 俺は向かってくる火の矢に向かって軽く拳を突き出してパンチしてやったら、火の矢は消えてしまった。

 もちろんの俺の手は何のダメージも受けてはいない。


 今の俺のパフォーマンスにローブの男を含めてゴロツキたちはかなり驚いたようだ。


 ローブの男が魔術を普通に使ったことで、この世界で魔術は一般的なものということが分かった。

 これで魔術を見せることの抵抗感がかなり下がった。


 ローブの男が再度ファイヤアローを放ってきたので今度はその火の矢に向かってウォーターアローを放ってやったら、火の矢にうまく命中して火の矢は消えてしまった。

 俺のウォーターアローはそのまま飛び、ローブの男の腕の近くを高速で通過していき、そのうち失速して通りの路面に水の跡を残した。

 

 ローブの男のファイヤアローがあまりにお粗末だったのでただの脅しだったのか、それとも本気で俺を殺しに来ていたのか判断できない。

 本気で殺しに来ていたのなら対応変わるからな。いちおう好意的にとっておいてやろう。


 短剣を構えていた男たちもどうするか考えているようだ。

 考えるのは勝手だが、兄貴分が適切な指示を出せず、子分に考えさせるようでは組織としては3流だ。

 その辺りを指摘したいがいかんせん言葉が通じない。


 俺からすれば、これからもこういった反社に絡まれるのは大いに面倒なので、その辺をよーくこの連中に言い聞かせてやる必要もある。


 5匹には退散願って1匹だけ捕まえて白銀のヘルメットで会話するしかないな。



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