第133話 秋ヶ瀬ウォリアーズ10
俺の高校の今年の春休みは3月26日から4月5日までの11日間続く。
斉藤さんの
春休み初日。
いつものようにフィオナはうちに置いて俺は約束の9時10分前に専用個室に転移し、武器を装備してカードリーダーに冒険者証をかざしてから渦の向こう側に転移した。
渦からは300メートルほど離れたところに転移したので渦に向かって走って行ったら、いつものように斉藤さんたち秋ヶ瀬ウォリアーズの3人がちゃんと揃っていた。
「おはよう」
「「おはよう」」
「長谷川くん、早くからここに来てたの?」
「そういうわけじゃないんだけど」
うーん。この3人に転移のことを教えた方がいいかもな。
氷川も知ってるし、ダンジョン管理庁の河村さんも知っている。
河村さんはおそらく上司に報告しているだろうし。
違法なことをしている訳じゃないから、構わないか?
「今日は約束通り2階層に連れて行くから」
「やったー」
「さすがはSランク」
「わたしの長谷川くんだけのことはある」
「それじゃあ階段小屋まで行こうか。
あっ! 言うの忘れてたけど3人ともヘルメットにランプ着いてなかったな」
「大丈夫、後付けのランプ買ってあるから」
「抜かりはないの」「そう」
そう言いながら3人はいったんリュックを下ろして中からランプのついたゴムベルトを取り出してヘルメットに付けた。
最悪ライトの魔法を見せてやってもいいかと思ったんだけどな。
話をしながら俺たちは階段小屋にたどり着きそこに立っていた係の人に『おはようございます』と軽くあいさつして改札を抜けた。
斉藤さんたちの冒険者証は、俺が先日手続したことで今日1日この階段小屋の改札を抜けられる設定なっているらしい。
「ほー、これがダンジョンの階段か。
途中に踊り場がないから結構急だね」
「そうだねー」
「気を付けて下りないとね」
60段の階段を下り切ったところで、
「下りは危ないから結構疲れちゃった」
「上りはもっと大変かも?」
「上りは下りほど危なくないから平気じゃない?」
俺には何の感想もないけど、3人にとって初めてのダンジョンの階段だろうから感想があるんだろう。
今日はフィオナがいないのでプレーンなディテクターを発動したところ少し先に冒険者とは違う反応があった。
「それじゃあ、行こうか。
この階層だと1階層ではいなかったムカデと大ネズミが出てくるから気を付けて」
「了解」「任せて」「危なくなったら助けて」
5分ほどターゲットに向かって歩いていったら、ネズミが視界に入ってきた。
「大ネズミは動き回るから、3人が固まって近づきすぎるとお互いの武器が邪魔になるし危険だから。
それでも焦らずに戦えば問題ないはずだから頑張って」
「了解」「任せて」「危なくなったら助けて」
危なくなったら助けてとは言われたものの、大ネズミではそこまで危なくなることはないと思う。
少々のケガなら痕も残さず簡単に治せるといっても治るまで痛いものは痛いので、俺は最初に買った少し小さい方のメイスを右手に持って3人の少し後ろで構えておいた。
3人がそれぞれの武器を構えているところに大ネズミが突っ込んできた。
覚悟が違うというか、大ネズミの方が3人よりも闘志があったようでその闘志に3人ともひるんでしまった。
「キャッ!」
「ウワッ!」
「ヒャー!」
3者3様。
大ネズミは3人の脇を飛び抜けてそこでUターンし、後ろから彼女たちに跳びかかっていった。
キャッキャ大騒ぎをしながら3人が武器を振り回しているので、大ネズミなんかよりよほどハラハラしたが、それでも日高さんが振り回していたメイスがたまたま大ネズミの頭に直撃してそのまま大ネズミは路面の上に転がって動かなくなった。
その大ネズミに向かって中川さんが短剣で止めの一刺しを入れた。
前回一緒にダンジョンに入った時と同じく3人がかりで止めを刺さなかったことは核回収係としてはありがたい。
あれを大ネズミにやられたら、モザイクもののグロだものな。
ここは2階層だし、周囲に他の冒険者もいないことだし、3人にもタマちゃんがかわいいだけのスライムじゃないことを教えておくか。
「最初にしては良かった。かな?
それはそうと、これから見せることは内緒だからね」
「え、ええ?」
「タマちゃんの凄いところを見せてあげるから、それは秘密にしておいてくれるかい」
「長谷川くんがそう言うんならもちろん秘密にするよ」
「当然」
「わたしと長谷川くんとで秘密を共有するんだね。フフフフ」
若干一名ちょっと違うような人はいたけどタマちゃんにいつもの指示を出した。
「タマちゃん、いつも通り大ネズミを処理してくれるかい」
背負ったリュックの中のタマちゃんに声を掛けたら、リュックの中から金色の偽足が1本大ネズミの死骸に向かって伸びていき、あっという間に吸収してしまった。
偽足は俺の手元に核をひとつ残してリュックの中に引っ込んだ。
「何? タマちゃんが食べちゃったの?」
「本当の意味で食べたのかどうかはわからないんだけど、吸収したんだ。
はい。これが大ネズミの核」
タマちゃんが渡してくれた核を斉藤さんに渡した。
「すごい。
こんなこともできたんだ」
「今までは、1階層だった関係でどこに他の冒険者がいるか分からないから隠していたんだ」
「わたしたちは最初からタマちゃん知ってるから何ともないけど、こんなの見たらほかの冒険者は驚くものね」
「驚くというか、恐がるというか」
「じゃあ次に行こうか」
「「はーい」」
最初の大ネズミでは大騒ぎになったけれどその後から3人とも落ち着いて危なげなくモンスターをたおしていった。
今日もいつものように3人は移動しながらおしゃべりを続けているのだが、坑道の中なのでいつも以上に声は響いている。
基本3人で話しているんだけれど、たまに話を振られることがあるので一応は後ろの話を耳に入れておく必要がある。
「この坑道って曲がり角に位置を書いた標識があるから地図と見比べて自分がどこにいるのか分かるけれど、それが無いと絶対迷うよね」
「どっち向いても同じ洞窟だものね」
「長谷川くんは今なん階層にいるの? 25階層のゲートキーパーたおしたのって長谷川くんだったんだよね?」
「うん。
今いるのは26階層。
25階層までは、坑道自体は少しずつ広くなってくるんだけど基本的にはここと同じような坑道型のダンジョンなんだ。
だけど26階層は石組みされた正方形の部屋で、4つの壁にはそれぞれ1つずつ扉が付いているんだ。どの扉も見た目は変わらない。
それで、どの扉を開けようがその先は全く同じ部屋。
そういった部屋が延々と続いているという不思議な層になってる」
「行ってみたいとは思えないようなところだよね」
「何だか怖そう」
「どういったモンスターが出るの?」
「爬虫類が2足歩行に進化した感じのスケルトン。基本的にはその一種類だけ」
「スケルトンって骸骨だよね?」
「うん。
そいつは盾と幅広剣を持っていて骸骨のくせにそこそこ素早いんだ」
「それって、十分怖いじゃない」
「斉藤、わたしたちがそこまで行くことなんて一生ないから気にしなくていいのよ」
「そうなんだけどね」
……。
「そろそろお昼にしない?」
「どこで食べる?
長谷川くんは坑道で食べる時どうしてるの?」
「俺はいつも坑道の壁に寄りかかる感じで腰を下ろして食べてる」
「レジャーシート敷くと坑道が狭くなるし、ほかの冒険者がきたら嫌だもんね。
じゃあこのまま地べたに腰下ろそう」
「うん」
秋ヶ瀬ウォリアーズの3人が並んで座って俺が向かいに座るのも変だったので、端に座っていた斉藤さんの隣りに座った。
俺はおむすびだけなのだが、みんながおかずを恵んでくれた。
タマちゃん用におかずが多めに作ってあったようで、俺はタマちゃんのおまけだったようだ。
昼食を食べながら、
「今日センターに来るまで桜が満開だったね」
「お花見もしたいよね」
「ねえ、長谷川くん、お花見に行かない?」
「いいよ」
「じゃあ、明日でいい」
「大丈夫」
「じゃあ明日。
ふたりとも大丈夫だよね」
「大丈夫」「もちろんオーケー」
「1階層には草や木も生えてるんだから花が咲いててもおかしくないよね?」
「でも花が咲いてる木も草も見たことないよね?」
「そう言えばそうだね」
「花が咲かなけりゃ、種もできないと思うけれど不思議よね」
「ダンジョンだもの、そんなことよりもっと不思議なことだらけだからいいんじゃない」
「それもそうか。
そう言えば、1階層に誰か外から花とか苗木を持ち込んだ人っていないのかな?」
「そんなことしていいの?」
「講習ではいいも悪いも何もなかったよ。
それに草を刈ろうが、木を切り払おうが問題なかったんだから、植えたっていいんじゃないかな?」
「もう誰か試してると思うよ。
わたしたちが思いつくくらいだもの」
「失敗したってことなのかな?」
「そうなんじゃない」
「もし桜の木を植えてそれが大きくなったら、お花見で雨を気にすることなくっていいのにね」
「確かに」
「明日って天気どうだった?」
「どうだったっけ?」
「ここスマホが使えないからなー」
「もし、天気が悪いようだったらどこかのホームセンターに行ってみない?
そこで何本か苗木を買って1階層に植樹してみようよ」
「いいねー」
「やろう、やろう」
植樹か。
どうなんだろう?
俺たちがダンジョンの中で普通に空気を吸って生きていけるんだから植物も問題ないような気もしないではない。
しかし、いろんなこと思い付くなー。
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