第103話 河村久美(かわむらくみ)

[まえがき]

誤字脱字衍字報告ありがとうございます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ダンジョンワーカーで買った黒いスポーツバッグを左手に下げてダンジョンセンターの売店に入った。

 今日の食料と飲み物を右手に持った売店の買い物カゴに入れてレジの前に行ったら、レジは混んでいて人が並んでいた。


 適当な列に並んでいたら、後ろに並んだ客から声を掛けられた。

「あのう、フィギュア男さんですよね」

 振り向いたら20歳前半くらいに見える女性だった。

 どうでもいいが、その名で本人を呼ぶか? 普通。

 それでも俺は「そう言われてるみたいですね」と、答えておいた。現在進行形でフィオナを肩に乗っけてるし。


「初めまして。

 わたくしこういう者です」

 その女性はポケットから四角い小さな紙を俺に差し出した。

「はあ」

 俺はそう言ってその紙を左手で受け取った。

 どうもその紙は名刺らしく名まえと所属が記されていた。


『特殊空洞管理庁特殊空洞管理局企画課

              河村久美かわむらくみ


 そこで俺のレジ順番が来たので買い物カゴをレジのテーブルの上に置いた。

 すぐに金額が表示され、カードリーダーに冒険者証をかざして精算は終わった。

 買い込んだ今日の食料と飲み物はレジ袋ごとスポーツバッグに入れた。

 リュックの横の金具にレジ袋に入れたままぶら下げるより便利だ。


 さすがにさっきの女性を放って出ていってしまうのも失礼かと思い、彼女が商品を精算するのをレジの先で待ってやった。


 彼女は飲み物のペットボトルをひとつだけ持って現金で支払いすぐに俺の前にやってきた。


「わたしを待っていてくださりありがとうございます」と言って頭を下げてそれからにっこり笑った。

 なんだかあざとくないか?

 逆よりいいけど。


「それで、何かご用ですか?」

「はい、フィギュア男さんにうかがいたいことがありまして」

「はあ」

「部屋を用意していますので同行していただけませんか?」

 面倒だけど、相手は国家公務員。言うことを聞く方が無難だろう。

「分かりました」


 俺は河村久美という名のダンジョン管理庁の役人に連れられ売店を出てその先の管理棟に入った。

 彼女が改札機の横の機械を操作して、部外者の入館用のQRコードが印刷された紙のカードを渡してくれた。


 案内されるままエレベーターに乗って上の方に上がり、6階で下りて応接室のようなところに通された。


「どうぞお座りください」


 俺はリュックを手に持って勧められたソファーに座り、足元にリュックとスポーツバッグを置いた。そのふたつで結構場所を取ったが仕方がない。


 彼女は部屋に置いてあった電話でどこかに電話してから俺の向かいに座った。


「改めまして、ダンジョン管理庁の河村久美かわむらくみと申します。

 長谷川さん。お忙しいところ、ありがとうございます」

 また頭を下げられた。


 ちゃんと俺の名まえを知っているのに売店で俺のことをフィギュア男とわざわざ呼んだのは、本名を呼ぶのを控えたのかもしれないと思い至った。

 さすがは国家公務員。といったところか。


「先ほど申しました通り、長谷川さんにおうかがいしたいことがありましてご足労願いました。

 それでここでの会話について外部に漏らすことはありませんのでご安心ください。

 また、長谷川さんがお話しされたことで長谷川さんが不利益を被ることはございません」

「はあ」

 今まで警察の取り調べを受けたことなど一度もないのだが、こんな感じなのだろうか?


「さっそくですが、長谷川さんの考えられないような収益がダンジョン管理庁でも大きな話題になっています。

 ことわっておきますが、問題ではなくあくまで話題です。

 それで、長谷川さんには何か特別な力、例えば魔法のような特別な力があるのではないか……」

 そこまで河村さんが話したところでドアがノックされ、お盆に載ってコーヒーが運ばれてきて俺の前と河村さんの前に置かれた。


「どうぞ」

 俺はコーヒーにミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜた。


「単刀直入におうかがいしますが、長谷川さんは魔法が使えるんですか?」

 誰が考えても俺の日々の儲けは異常だ。魔法云々を連想するのは当然かもしれない。


 答える前にひとつだけ聞いておこう。

「もしわたしが魔法を使えるとしたらどうなんですか?」

「そうですねー。

 話が少しずれますが、ご存じのように昨年4月からダンジョン免許の取得年齢が16歳に引き下げられました」

 そのおかげで冒険者に成れた俺はうなずいた。


「政府の思惑おもわくは免許年齢を引き下げることで、冒険者の数を増やし、ダンジョンから得られる物品、特に核の量を増やすことだったんですが、思った以上に冒険者の数が増えていません。

 そこで目に付いたのが長谷川さんのパフォーマンスです。

 そして、これは予想もしていませんでしたが、攻略チームがもう何カ月も攻略できていなかった22階層のゲートキーパーの撃破です」

 話がなんとなく見えてきた。のか?


「長谷川さんのパフォーマンスの陰には何か特別な力があるはず。おそらくその力は魔法のたぐいだろう。と、いうのがわたしたちの見解です。

 もし魔法が本当に存在するのなら、そのことを公表すれば冒険者の数が爆発的に増えるのではないかというのがダンジョン管理庁の考えです。

 それで、本当のところどうなんでしょうか?」


 どうしようか?

 俺はコーヒーを一口飲んで、受け皿の上に戻した。

 選択肢は2つ。

 知らぬ存ぜぬでしらを切る。

 もうひとつは認める。

 改札を抜ける時間が記録されている以上、知らぬ存ぜぬでしらを切り通せるとは思えないよなー。

 認めるしかないのか?


「もちろんダンジョン管理庁では公表に当たって長谷川さんの名まえを出すことはありませんし、もしこのことで長谷川さんに不利益が生じるようなら、それなりの対処をします」


 俺が魔法を使えるということが世間に知れ渡ることで妙な連中に付きまとわれたりしたくはない。

 さらにいれば、マッドなサイエンティストのモルモットにもなりたくない。

 どうする? 俺。


 俺はもう一口コーヒーを飲んだ。


「実は、長谷川さんのダンジョン内での行動を追跡しようという話が企画課内にあったんですが、個人の行動を監視するようなことはできないということで却下されました」

 それはいい判断だったと思う。

 いつも周囲から注目を浴びてるセンター内ならまだしも、ダンジョン内でそんなことされて俺が気付かないはずないからな。



 それはそれとして、もろもろを隠し通せるかと言えば、これから先もダンジョンで活動を続けていく以上さすがに無理な気がする。

 来月になればダンジョン管理庁のホームページで16歳のSランク冒険者が約1名登場するわけだから、その新たなSランカーが俺であることは明白だ。

 それに近々サイタマダンジョンの22階層のゲートキーパーが撃破されたこともダンジョン管理庁かどこかから発表されるだろうし、『はやて』が撃破したのではないことも知れ渡る。

 そうなってくると周囲が騒がしくなることは予想される。ここでお上おかみに恩を売っておけばお上の覚えもめでたくなるだろうし、今は思いつかないが何か便宜を図ってもらえるカモしれない。


「分かりました。わたしのプライベートが侵されないという条件でお話ししましょう」

「ありがとうございます。

 そのようなことはないと保証いたしますのでご安心ください」


 一度名まえが出てしまえばそれっきりで、保証すると言っても保障できる代物ではないとは思うが仕方ない。

「分かりました」

 俺は右手の指先にファイヤーで火をともして河村さんに見せてやった。


「魔法の火!」

 いちおう魔術なんだけど、魔法と魔術を区別しても意味ないので流してしまおう。

「これがファイヤーです」

「それでこれがライト」

 青白く輝く光の玉を頭上に出してすぐに消した。

「他にもありますが、ほとんどここでは使えませんから」


「ありがとうございます。

 他にどういった魔法があるのか名まえだけでもお教えいただけませんか?」


 名まえだけならいろいろ知ってはいるが自分で使えないのは割愛して。

「水を作るウォーター。

 見えない風のやいばを作るウィンドカッター。

 水の刃を作るウォーターカッター。

 炎の矢を撃ちだすファイヤアロー。

 爆発する炎の弾を撃ちだすファイヤーボール。

 くらいです」

 ほかにも何個かあったけど割愛した。

 そして今一番重宝しているディテクターについても黙っておいた。

 あれこそチートだしな。


「うかがいたかったお話をお聞かせいただきありがとうございます。

 最後に、わたくしからご連絡を差し上げることがあると思いますので、メールアドレスをお教えくださいませんか?」

 調べればわかると思うが、いきなりメールを送れないものな。

 俺は口頭で自分のメアドを河村さんに教えた。


「お忙しいところありがとうございました。

 それでは下までお送りします」

 今回改札口通過の件はわざわざ聞いてこなかったが、ダンジョン管理庁の暗黙の了解ということなんだろうな。


 リュックを背負い直した俺は河村さんに同行されて1階まで下り、そこで再度頭を下げられてセンター本棟に戻った。



[あとがき]

書き忘れていましたが、この作品世界ではレジ袋は無料です。

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