第1話:異世界転移したらスイカが最強だった。
俺の名前は、西瓜スイカ太郎。スイカが大好きな、いたって平凡な高校生だ。
俺がスイカを好きになったのは、祖父の影響が大きい。小学生の頃は、夏になると、祖父の家に遊びに行って、畑で育てたスイカを収穫して、一緒に食べたものだ。祖父はスイカの栽培に詳しくて、どのスイカが一番甘くて美味しいかを見分ける方法を教えてくれた。スイカの皮の色や模様、重さや音、ひび割れや茎の状態などをチェックして、最高のスイカを選んだ。祖父はいつも笑って言っていた。
「スイカは自分で育てたものが一番だ。市販のものは水っぽくて味がない」
俺は祖父の言葉を信じて、スイカに対する愛情と興味を深めていった。祖父と一緒に食べるスイカは、本当に甘くてジューシーで、幸せな気持ちになった。それからというもの、俺はスイカが大好きになった。
いまでは、スイカ好きが高じて、友達からは「スイカ博士」と呼ばれているくらいだ。スイカの品種の知識や食べ方にはだれにも負けない自信がある。学校では成績も普通で、部活にも所属せず、目立つこともないごく平凡な生活を送っている。でも、スイカに関しては人一倍の情熱を持っている。
「さあて、今日のスイカはどんな感じかな?」
テーブルにはかわいいスイカたちが並んでいた。赤いスイカ、黄色いスイカ、オレンジ色のスイカ、白いスイカ……。それぞれに違う品種や産地のスイカだった。
俺は、目を輝かせて、一つ一つのスイカを手に取ってみた。スイカの皮の色や模様、重さや音、ひび割れや茎の状態などをチェックして、最高のスイカを選ぶ。そして、包丁でスイカを切って、一口サイズに切り分けた。切ったスイカからは、果汁が溢れて、甘い香りが部屋のなかを漂った。
俺は箸で切られたスイカのひとつをつかむ。すると、口の中には甘くてジューシーなスイカの味が広がった。俺は笑みを浮かべながら、次々とスイカを食べた。赤いスイカは甘さが強くて、黄色いスイカは酸味があって、オレンジ色のスイカは香りが良くて、白いスイカはさっぱりしていた。それぞれに違う味わいや食感のスイカを楽しんだ。俺は、食べるごとに「おいしい」「すごい」「最高」と言って、テーブルの上のスイカを次々と平らげていく。
その日収穫したスイカのなかに、ひときわ美しいものがあった。それは、立派な、丸々とした果実で、スイカ博士の俺でさえ見たことのない完璧な球体を描いていた。まるで、天から落ちて来たかのようだった。色はつやつやで、それ自体が光を放つ恒星のようだ。
グサッ、ナイフを入れると、信じられないほど真っ赤な果肉が目に飛び込んできた。生きることをまざまざと実感させてくれる色だった。その果肉は、どんな動物の肉よりも、血肉が通っていた。
「すいすい! すいすいすいすい!」
俺は歓喜の叫びをあげ、唇をスイカの切れ目に近づけた。スイカはマッサージでもしてくるかのように、鼻孔と味蕾をやさしくなでる。脳の奥で、チカチカと光が輝く。血流とともに、幸福物質が肉体へと広がっていく。全身の細胞が、スイカを享受している。ああ、俺はいま、スイカと一体化している。植物と哺乳類、あいだにある溝は深く広いはずなのに、俺とスイカの心は、そのとき確実に通じ合っていた。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
「うぐぐっ! く、くるしい!」
のどの奥に違和感を感じる。これは………!? スイカの種がつまったのか?
息ができない! み、水! 水を飲まなければ死んでしまう。あと三十秒ほどで死んでしまうぞ!
水、水はどこだ? 俺はテーブルを見たが、そこにあるのはスイカだけだ。水などどこにもない。当たり前だ。俺はこの五年間、スイカだけで生きてきたのだ。スイカの水分でのどの渇きはいやせるから、水道は止めていたのだった。いまになって、こんなことになるなんて!
俺の視界が真っ白になっていく。
耳も何も聞こえなくなる。
俺は完全に孤立した感覚に陥った。
『どうなってるんだ?』
俺は心の中で叫んだが、答えは返ってこなかった。俺はただ白い光の中で漂っているような感覚に苛まれた。
しばらくして、白い光が徐々に薄れていった。俺は目を開けて周りを見渡した。すると、見知らぬ森の中にいることに気づいた。
「えっ?どこ?これは……?」
俺は驚きと戸惑いと不安で震えた。
手元には、大きなスイカがあった。さきほどの、収穫した生涯最高傑作のスイカだ。
「って! なんでスイカが一緒なんだよ!」
どうやら、スイカの種を飲み込んだことが原因で、異世界に転移してしまったらしい。しかも、スイカも一緒に連れてこられたらしい。俺は信じられない気持ちで、スイカを抱きしめた。このスイカが俺を異世界に連れてきたのか? それともこのスイカが俺を元の世界に戻してくれるのか? 俺はスイカを見つめて、必死に考えた。
しかし、そのとき、森のなかから、ガサゴソと音が響く。
「なっ、なんだ!?」
俺はスイカを構えて、いつでも戦えるようにした。
ガサリ……!
何かが飛び出してきた。獰猛な肉食獣かとも一瞬思ったが、それは翼の生えた猫のような姿をした生き物だった。
「やあ、こんにちは!君はこの世界に来たばかりだね?僕はこの世界の案内人だよ。君の名前は何と言うの?」
俺はあぜんとして、その生き物を見た。そして、叫んだ。
「なんだよ! この猫みたいなやつは! 話しかけてくるな!」」
俺は猫みたいなやつに話しかけられて、パニックになった。俺はスイカを抱えて、後ずさりした。
しかし、猫みたいなやつは追いかけてきて、言った。
「怖がらないでよ。僕は君に敵意はないよ。君はこの世界に来たばかりだから、色々と不安だろうけど、僕が助けてあげるよ。君の名前を教えてくれないか?」
俺は猫みたいなやつを睨んだ。
「お前は何者だ? この世界はどこだ? 俺はどうやって元の世界に戻れるんだ?」
猫みたいなやつは笑った。
「君は質問が多いね。まず、僕のことだけど、僕はこの世界の住人で、ネコフェリスという種族だよ。この世界の名前はエルフィアと言って、魔法や神話の生き物が存在する不思議な世界だよ。君はこの世界に来た理由は分からないけど、おそらく何かの偶然か運命かで、異世界転移という現象に巻き込まれたんだろうね。異世界転移というのは、別の世界に住む者が、突然別の世界に飛ばされることだよ。君はその一人なんだね」
俺は呆れた。
「異世界転移? 本当にそんなことあるのか? それに、俺がこの世界に来た理由は分かってるぞ! スイカの種を飲み込んだからだ!」
猫みたいなやつは驚いた。
「スイカの種? それが原因なの? それってどういうこと?」
俺はスイカを見せた。
「これがスイカだ。俺が大好きな果物だ。俺はスイカを食べているときに、種を飲み込んでしまったんだ。そのときから、目の前が真っ白になって、気がついたらここにいたんだ。」
猫みたいなやつは興味深そうにスイカを見た。
「ふーん、これがスイカか。見たことも聞いたこともない果物だね。でも、これが異世界転移の原因になるとは思えないけど……」
俺は怒った。
「思えなくても事実だ! 信じるか信じないかはお前次第だ! それよりも、俺を元の世界に戻してくれ!」
猫みたいなやつは首をかしげた。
「元の世界に戻す方法? それは……」
そのとき、視界に素早く動く黒い物体が横切った。
「うにゃぁ!」
猫みたいなやつは金切声をあげて、地面にひっくり返った。
「おい、猫みたいなやつ! 猫みたいなやつ、大丈夫か!?」
その小さな体を、揺り動かしたが、大丈夫ではないみたいだった。猫みたいなやつは、ぐったりと動かない。
「そんな! これほどか弱い小動物に暴力をふるうなんて、いったい、どこのどいつだ!?」
俺は憤慨した。そして、見た。猫みたいなやつの頭にぶつかってきたものを。
それは、トゲトゲした黒い異臭を放つ果実であった。
「これは……、ドリアン!?」
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