友人が見込まれちゃった件 〜ありがちな玉の輿を側から眺める〜

@mu_myo

そのいち

こいつ、何かのヒロインなんじゃないかと、隣でズルズルカップラーメンを啜ってる友人を見て、ふと思う。


 友人の名は祥子。

 ごく普通の両親の元、一人っ子の彼女はご両親に大事され普通に育った。普通に公立の学校を高校まで進み、私立大学を卒業し。

 私が彼女と出会ったのは高校時代。一年の時からクラスメイトである。佐藤祥子と鈴木洋子(私のことだ)という、ありふれた名字と近頃では少数派の子の付く地味な似たような漢字と読みの名前を縁にごく普通に友人となり、二人共私立文系コースなので二、三年時も同じクラスになり、偶然、同じ大学に進んだ。学部は同じだが学科は違い、彼女は英文科、私は国文科。べったり大親友というわけではないが、程よい距離感で付き合ってきた。

 なにせ、二人共地味好み。わざわざ人混みに紛れるよりは、静けさを尊ぶ人種。おしゃれ? 合コン? なにそれ? という日々を過ごしていたのだ。


 それでも祥子は私とは違い、高校時代から活動的だった。私が文芸部で黒歴史を量産していた頃、彼女は剣道に青春を捧げていた。なんでもお父さんの影響で子供の頃から道場に通っていたらしく、なかなかの腕前らしい。濃紺の道着に後ろでひとつ結びにした黒髪は高めの身長と相まって、女性剣士らしく凛々しかった。その頃の女子剣道部にはロングヘアが割と多かったが、私は知っている。彼女はこまめに美容院に行かなければならないショートヘアより、半年に一回だけ髪を切るだけで伸ばしっぱなしでも問題ないワンレンにこだわっただけだ。


「だって、美容院で何話したらいいのかわかんない」

「真っ黒サラサラストレートの奴の事なんて知らん」


 と突き放したのは、私が猫っ毛だからだけではない。私も何話したらいいのかなんてわからん。あそこは自分では買わない雑誌を読みに行くところだ。


 そんないろんな意味で地味な高校時代から一転、彼女は大学からはちょっと大変さだった。

 大学に入学してすぐ、彼女のご両親が揃って事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。

 親戚ともそれほど付き合いはない彼女のこれからや、金銭的な管理をどうするのか。途方に暮れていたら、幸いな事にお父さんの通っていた道場の知り合いという人が、彼女の後見人に名乗り出た。お父さんの生前から面識があり、弁護士だというその人は、ご両親のお葬式から相続手続き、彼女の保証人まで一手に引き受け、彼女にちゃんと悲しむ時間をくれた。

 実際、事故の処理や相手からの賠償、学費や生活費をご両親の生命保険で賄い、ローン半ばのマンションを団信とやらで返済完了し、公共料金やら何やらを彼女の口座から引き落とす手続きをし、ご両親が前に言っていたという樹木葬とやらで弔うことは、その弁護士さんの手助けがなければどうなっていたことか。


 大学近くの学生寮に入っていた彼女は、時々近所の私のアパートに遊びに来た。私が寮に入らなかったのは、家が裕福だからではない。単に私がつくづく団体生活に向かないだけだ。彼女のワンルームの寮の部屋のほうが、私の築うん十年、六畳のアパートよりよほど綺麗だったが、たまには団体生活が嫌になることもあるのだろう。一人っ子の彼女は食堂でガヤガヤ食べるご飯に疲れると、私の台所で二人で出鱈目な料理を作って二人で涙目で食べるのを息抜きにしていたようだ。ちなみに涙目率は年を追う毎に減ったことは明記しておく。


 地味目なバイトをいくつか経て、彼女は下訳のバイトを始めた。将来、翻訳の仕事に就きたい彼女は、そのための修行兼人脈作りに熱心に取り組んだ。勉強とバイトに明け暮れ、短期の語学留学もこなし、勉強会とやらに参加し、特に浮いた話も無く大学を卒業した。

 彼女は就職よりも翻訳会社に登録することを選び、同じく就職を選ばなかった私にルームシェアを持ちかけた。今は誰も住んでいない実家のマンションに戻るにあたり、空いている部屋に越して来ないかと。実家に戻り現在一人部屋を満喫している妹に邪険にされるよりはと、私はその誘いに乗った。私は相場よりも安い賃料と折半の光熱費に、彼女は私が払う家賃をマンション維持費と光熱費の足しに、それと一人であの家に住まなくていいように。

 はっきりとは聞いていないが、マンションを手放すことはまだ思いきれず、かと言って一人で住んで昔を思い出すのもやり切れず、私を誘ったらしい。

 二人共、まだまだ安定した収入には程遠いので、バイトをしながらだが、なんとか生活は成り立っていった。彼女は子供向け英会話の先生のバイト、下訳の仕事と共に翻訳コンクール(そんなのがあるらしい)などにも応募しては、順調にキャリアを積んでいった。ちなみに私は文書を書いて食っていきたいなどという野望があるのだが、バイトのシフトをかなり入れなければならない。それなのにこの程度の文章かって? これは独り言のようなものなのだから、ほっとけ。


 3LDKのマンションは彼女の部屋、ご両親の寝室だった部屋、私が借りることになった元物置兼書庫から成り、大学の四年間で彼女が少しずつ片付けていたらしい。ご両親のものは大分処分し、本や思い出の品や取っておきたいものが一部屋に集められていた。私がその部屋に入ったのは引っ越して一度だけ。その部屋に置かれたお仏壇代わりの写真にご挨拶したときだけだ。低めのチェストに置かれた小さな写真立てとお花。寮の部屋に置けるようにと小さくてシンプルなものを選んだと言っていた。そのシンプルさがなんだか寂しいような気がして、リビングに写真立てを置くことを提案した。


「もし、祥子が嫌じゃなければ、リビングにこの写真立てを置かない?」

「え、でも……」

「私達がどんな風に生活しているか、ご両親が心配するかも知れないし。

 みんなで賑やかにしてるほうがいいかもと思ったんだけど」

「……洋子にとっては知らない人だけど、いいの?」

「うちの田舎の曾爺ちゃんは、私の生まれる前に亡くなったけど、そのお仏壇の前でいつもご飯食べてたし。しかも、存在感抜群の金ピカのデカいお仏壇だったし。

 私にとっては、亡くなった人との付き合い方ってそういうのが普通だけど、祥子が違うって思うならばそれでもいい。

 もし、私に遠慮してるのならと思っただけだから」


 そんな会話を経てリビングに置かれた写真立てには、やれミニブーケが半額だったからだとか、知り合いに旅行のお土産を貰ったからだとか、私の実家からお裾分けを貰ったからだとかと、田舎の曾祖母の家のお仏壇のように貰いものはひとまずお供えした。

 曾婆ちゃんはおはぎを作ったからとお供えし、みたらし団子を買ったからとお供えし、温泉まんじゅうを貰ったからとお供えする人だったのだ。そして曾爺ちゃんは甘党だったらしい。

 今まであまり仏壇に馴染みがなかった彼女は、私の行動に戸惑っていたが、そのうち自分もするようになった。お父さんが好きだった筑前煮が上手く出来たとか、お母さんが好きだったケーキを買ってきたからとか。

 割とあっさりしたリビングの風景は、そこだけいつもごちゃっとしていたが、悪くはないと思った。


 マンションに戻って少し落ち着いてから、彼女はまた剣道場に通い始めた。大学時代は近くに道場もなかったし、心の余裕もなかったのだろう。しかし、彼女の仕事は基本的に座り仕事なので、運動不足解消のために以前通っていた道場にまた通い出したのだ。

 そこはあの弁護士さんも通っている道場だったのだが、数年後に彼女はついに運命の出会いを果たす。

 弁護士さんの親戚だという男が同じ道場に通い始めた。元々通っていた道場が改修工事とやらで通えないため、稽古できる所を探していたとか。

 彼女よりいくつか年上で、身長は高く、ぼさっとした髪型、太い黒縁メガネ、割とほっそりしていて圧迫感はないその人は、初めましてと挨拶した彼女を見て固まったらしい。

 無口なタイプなんだなと思った彼女は、普通に放置して稽古を始めたが、そこから彼による怒涛の囲い込みが始まった。同じ道場の知人から親切な人、頼れるお兄さんになるまでにそんなに時間は掛からなかった。


 凄っと思ったのは、彼女に新しい仕事が舞い込んだことだ。なんでもサムライ好きな英語圏の人たちのため、剣道を紹介する本の一冊まるまるの翻訳を依頼されたとか。普通、英訳はネイティブの人がするものかと思っていたが、今回は特殊な分野なのでその分野に明るい日本人に依頼されたという。剣道経験者の翻訳家なんてあんまり居なそうで、私達は二人でやったね、チャンスだねと、ラッキーだねと手を取り合って喜んだものだ。

 とは言え、剣道特有の表現を英語に訳すのは難しいらしく、彼女は苦戦していた。そこに手を差し伸べたのは例の彼だ。なんだか難しい理系のお仕事をしている彼は、留学経験も英米両国であり、英文論文も熟す。もちろん剣道にも明るいので、彼女の力強い助言者となった。

 ニッチな需要だと思われたその本は割と好評で、彼女は次の本の英訳を頼まれた。武人と茶道の関わりについての本だ。これは彼女は最初お断りしたのだ。茶道など齧ったこともないし、茶道経験者の翻訳家など他にもいるだろうと。しかし、先方は武家茶道─そんなのがあるらしい─経験者は少ないだろうし、前回の英訳は好評だったのでと。

 及び腰の彼女にまたしても手を差し伸べたのは、案の定、彼。

 なんでも彼のお母上がその流派を修めていて、家に茶室もあるから一度経験してみてはと誘った。弁護士さんの親戚だとやっぱり家に茶室があるようなお金持ちなんだねと、彼女はのほほんと誘いに乗り、一日体験に出かけて行った。


「どうだった?」

「凄かった。豪邸というよりお屋敷? なんか世界が違った……」


 お茶室というから多少の覚悟はしていたけど、普通の和室に炉が切ってあるものだと思っていた。まさか別棟に茶室専用の建物があり、待合室みたいなのまでついたお庭を通って行くような凄いところだとは思わなかったと。

 びびりまくった彼女に、お母上は優しく丁寧にお茶の基礎を教えてくれたらしい。お母上は嫁入り前は別の一般的な流派を習っていたのだが、嫁入り後にこの家が代々修めている武家茶道を習ったと。なので、一般的な茶道と武家茶道との違いや特徴もわかりやすく説明してくれたと。お母上もその本に興味を持ち、ブレーンとして手伝いたいと申し出てくれたそうな。

 俄然やる気になった彼女は、週に一度、お稽古と翻訳の相談に通うことになった。元々姿勢が良く、武道を嗜んだ彼女と直線的で凛とした所作を重んじるその流派は相性が良かったようで、楽しそうに通っていた。

 その頃から頼れるお兄さん止まりだった二人の関係は、あれよあれよという間に親密になっていった。

 何しろ、お母上が彼女を猫っ可愛がりし始めたのだ。

 息子しかいないというお母上は、とても娘が欲しかったらしい。三男である彼に三歳まで女の子の服を着せていたというくらいには。流石に本人と周りの反対によってそれは諦められたが、三十年余りその想いは沸々と燻っていたとか。可愛い女の子に可愛い服を着せたいと。出来たら自分の若い頃の着物を着せたいと。

 生憎、長男、次男のお嫁さんは小柄で、少し高めの身長のお母上の着物は似合わない。体格的に似ている彼女は降って湧いたターゲットだったのだ。


 さて、その辺りから私は疑問を持ち始めた。

 何故、そんなお屋敷の奥様と御曹司が彼女にそんなに関わりたがる?

 もちろん、彼女はとってもいい奴で、優秀でもある。しかし、とっても庶民でもある。普通に笑うと可愛い(普段は凛々しい)がそんな振り返るほどの美人でもない。二十代の女子としては小金持ちではあるが、所詮庶民的な生命保険と庶民的な3LDKという資産であり、そんなお屋敷持ちに対抗できるほどのものではない。

 それに冷静に考えると、一連の英訳の仕事も変だ。

 いくらマニアックなニッチな作品でも、新人の翻訳家にしかも英訳を頼むか? しかも二冊も?

 もしも、あのお屋敷の御曹司の彼が裏から色々手を回していたら?

 やたらに彼らの得意分野に特化した本。やたらいいタイミングで差し伸べられる手。

 本人は渦中で振り回されているからわからないかも知れないが、側から見ると違和感がてんこ盛りだ。いくら私がボケっとしていても、流石に気付くレベルだ。



 と、いうことで、私はこの件に噛んでいるであろう、例の弁護士に繋ぎを取った。彼女と同居することになったとき、名刺を頂いたことがあったのだ。

 事務所に電話し、単刀直入に私の疑惑をぶつけると、弁護士事務所に呼び出された。あまり人前でしづらい話だからと。


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