第33話

 私の問いに、水無瀬君が慌てふためく。

「あ! いえ! やましい気持ちではないですよ!? あの、性分と言うか、自分の動きを管理されたり監視されるのが、どうしても苦手でして…本当に、それだけなんです」

 まだこの子達との付き合いは短いけれど、きっとそれは本心なんだろうと、すんなりと受け入れることが出来た。普段の緋山さんを見ていれば、この人達はそういう人種なんだろうって気がしたからだ。

「ちなみに、どうして無理だったの?」

「はい、えーと…。実はあのマンションの解錠記録を保管してるサーバはオフラインのようでして、管理室に入室出来ないと、アクセスが物理的に不可能なんです」

「じゃあ、もしかして、その管理室に入れる管理人なら、記録の改竄が可能だったということ?」

 水無瀬君は首を振る。

「その管理人が技術にも精通しているならそうでしょうけど、犯人にはなり得ません。この犯行は、緋山さんが不在になる時間帯を知っていることが前提条件ですから。勿論、僕らの誰かと繋がっていれば可能ですが、管理人を懐柔したとは考え辛いです。話を持ち掛けるだけでも、既にハイリスクですから」

 水無瀬君の言うことも、もっともだった。

「あと、解錠情報を送るドアの方に手を加える方法も検討したんですけど、ちょっと指紋認証機器を分解してみないとダメで、流石にそれは諦めました」

 流石の緋山さんでも、性分のためだけに自宅のドアを分解されたら怒りそうだった。怒ってる彼も、ちょっと見てみたいけれど。水無瀬君は記録表を再び眺め始めた。

「あれ? 6月23日って、王生さんが来てたんですね」

「私は、この人だけ会ったこと無いんだけど、どんな人なの?」

「僕も会ったことありませんよ。燻木さんも無いって言ってました」

「え、そうなの?」

「はい。王生さんだけは例外で、メールやチャットによる意思疎通が主でした。なんでも、王生さんが仕事に参加するための条件だったとか。よっぽど顔バレしたくなかったんですかね」

「王生さんは海外にいることが多いって緋山さんが言ってたから、そのせいかもね」

「らしいですね。それで、ちょっと気になって、こっそり王生さんの所在地を突き止めようと、通信経路を辿ってみたことがあるんです。隠れられると、暴きたくなる性質なので。そしたら、確かにアメリカからオーストラリアまで様々な海外サーバを経由してました。ですが、どれも踏み台サーバでした。しかも、ご丁寧に追跡者向けのトラッププログラムまで仕込んであって。危うく、僕のPCがダメにされるところでしたよ。あぁ、でも、あれは本当に楽しかったなぁ…」

 恍惚の表情を浮かべる水無瀬君を見て、やっぱり、彼はハッカーなんだなと再確認した。喫茶店に入るまでの、年相応な少年の彼と、ハッキングに快感を見出すハッカーとしての彼、どちらが本物なんだろう。水無瀬君の非現実的なエピソードが面白かったので、もう少し聞いてみたい部分もあったけど、それは我慢して、話を戻すことにした。

「えっとね、それで、菫さんの件だけど、この記録表の退出時間は、間違いないの?」

 退出時には指紋認証がいらないから、解錠記録が残るだけで、誰が開いたかまではわからない。まずは、前提条件を固めるところから始めたかった。ここが間違っていたら、その後の活動の全てが狂いかねない。

「はい、間違いないです。一年前と言えど、僕がいつも最初に帰っていたのは、はっきり覚えてますから。あ、僕の後に出て行った、燻木さんについてはわかりませんけど」

「毎日遅くに帰ってるみたいだったけど、そのまま、緋山さんの家に泊めて貰って学校に行くことは出来なかったの?」

「その話も出ましたけど、僕が遠慮しました。寝る時は自分の部屋じゃないとダメなんです。他人の家だと、どうにも寝つきが悪くて。寝不足だと、次の日の作業に支障が出ますし」

 あぁ、なんとなく、わかる気がする。似たような経験は、私にもあった。話を聞いてると、随分と規則正しい仕事体形だったみたいだ。緋山さんの普段の生活リズムからは考えられないけど、複数人と働くとなると、リズムを統一させるのは、効率を求める上で大事なのかもしれない。

「水無瀬君は、何か思う所あるかな。どうすれば、この事件を実現できたと思う?」

 水無瀬君は眉をひそめて、改めて記録表を凝視すると、癖毛が目立つ毛先を、指で弄り始めた。これは、彼が考えてる時の癖なのだろうか。そう言えば、緋山さんも考える時は、机の上を指で叩く癖があることを思い出す。

 水無瀬君が考えている間、店内を見回すと、学校帰りの学生は少し減ったみたいだ。営業周りの休憩中らしきサラリーマンや、大学生のカップルがいたりする。しかめっ面で新聞紙を睨むおじさんもいる。誰でも入りやすいチェーンの喫茶店だと、色んな客層をカバーしていて、こうして眺めてみると少し面白い。

「一つ、仮説があります」

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