序 生き方(匣2)

 ──俺は唱え──る?



「我が名、けんに有りてめいはカギに在り。盟約の二つ名を持って条約を成せ。我が内なる匣よ、此処に」


 力を示せ─────!!


 左手の中から出たる物が、輝羅りと閃光を放つ。

 手の平から顕現される幾何学な何かはクルクル、黄金白色に目映く回転しているがよくよく観ると黒く禍禍しいだ。

 纏う光が神々しいだけの異物。

 こんなのが、俺の中に在る。

 足裏の加護はもしかするとこれを、制御する為のものかも──な?


「開け! BLACK BOX!!」


 閉じていた立体が、開く。

 この異能どす暗い闇に名を付け、俺自身の名前で縛る立方体。制御するには忍耐も力も、必要だ。

 嫌いな能力だが、それに見合う努力もしてきたんだ。

 もうあの時のような侘しさも悔いも、感じたくないから──!!

 ……生まれつきな愚かなこの体質に何故か、綻んだのはじい様だけだった。


「幸も不幸も、禍つも神にも。全てに干渉する、何でも出し入れ可能なパンドラの箱お宝アイテムようだな」


 その口上は、留まらない。


「土踏まずには吉祥の徴仏の道標とされる『瑞祥《ずいしょう》』もある。善きかな良きかな」


 今しがた、脳裡に過ってしまった……。

 もしかするとじい様は、俺の気持ちを和らげる為に宣ったのかもしれないが心情は計れない。


「……」


 確かに、手に在る匣は絵物語の『パンドラ』に似たようなモノだろう。

 こんな本人が言うんだ。


 でも、初めて能力解放したときは焦ったよ。

 

 手慣れた今でも、思わされる。この黒いハコ、その中に在る───……こいつの本当の正体。

 知ってる奴がいたら教えてくれって否。居たわ、知ってる奴。


 しかし、その人とは……。


「……」

 

 それが心に残る悲痛の原因、後悔という口惜しさ。コイツが本当に『パンドラ』なら底にあるはずの『希望救済』は。


「……」


 それなら。

 俺に救い希望を……─いや、もう過ぎた(?)ことだ。

 じい様……ごめん。導きどころか今は、『邪望じゃもう』しか見当たらない。

 ……よ。

 

「はは! こんなときになにを?」


 優先されるべきことを成していると、方形が開く。底の奥からは相変わらずの怪異が、這い出てきた。

 顕れた召喚されたのは地獄の使者、魔犬ケルベロス。

 猛々しい三ツ首が、吠える。


 こんな奴が出て来る匣だ。

 そして、その持ち主は俺だ。


 涎にまみれている牙はテカリ、顎門を大きくさせ、仄暗い集団を貪っていく。

 「ゴリ、バキ」軽快な音だが不気味に響くだけだ。胃袋を満たしたはずの眼光が物足りなさそうに睨む。

 不満気に、口周りを舌舐めずる獣。


 いや、事実不服だろう。

 召喚される其奴に、自由は無い。


 条件を満たす仕事が終えるとまた匣の底、だ。

 邪霊と伴に、されるのだ。

 自身の意志関係無く喚ばれ、用が済めば暗がりに戻される。せっかくに導かれ、顔を出したのに……。

 主君に、獰猛な牙を剥けて来やがる容赦ない犬に冷笑を送る。

 労いもなく、使命を終えたに命を下す。


「昏き者よ戻れ! 匣よ閉じよ!」


 犬を、匣に戻した。

 忌々しい光明を開く掌には、次の為の輝きがある。

 次?

 次は何を呼び、何を終うのか?

 伴う苦痛悲痛の瞑々は、嗤うしかないさ。


 光が明滅。

 唇、手足を踏ん張ると匣も閉じた。


 横にいる叔父の反応は、野に立つ案山子のように薄い。

 それはそうだ。

 叔父が目にするのはこれが初見、ではない。何度も感嘆している内に慣れたらしい。

 ほぼ毎回、見物されてるんだ。毎度の心配よりマシだ。


「ほう、今回は黒犬かぁ」

「……」


 達観されるのもなんか、腹立たしいもんだな……。

 そう思うのは、身内だからか?

 同業在りき、だからか。

 それとも、父さんと姿形が似てるから?


 両親がいない原因──俺の、後悔は……。


 叔父、是道これみちが優しく憂う。大きな手を頭に置くと「お疲れ」と、髪をくしゃ撫でてくる……。

 なんの苛立ちなのかは解らんが時折、この人に沸々とするんだ。

 わかる人がいるなら……教えてくれ。


「ほんと、すごいな。霊力無しでこれだもんな~」


 遠い目をして、平地を見回す叔父がいる。


「叔父貴の言う通り。今の俺は真言を唱える余裕もない。霊力も枯渇している」

「うーん、霊に同情するわ~。彼奴は門番だから邪霊は確実地獄行きだよな、かわいそう」

「余裕ないっつったろう、大多量を受ける身にもなれ。そんなヤツらには反省蜘蛛の糸がお似合いだ」

「まあ確かに。突然の来客はご遠慮いただきたい」

「ほんと、それな」


 ともかく。

 この必須商品除霊アイテムに冷笑する俺に、叔父は納得する。それからのまた、足の裏、伺いだ。

 そうなんだ、足蹠そくせきが輝いてるやがる。

 恨めしそうにも羨ましそうにもなる叔父の双眸は不快そうにも──、見受けられる。

 色々込みで了承する叔父は少々、もの寂しそうだ。


「ほんに。叔父さん……は必要だったか?」

「ああ、必要さ。所詮は加護の光。生き仏の証だぁ吉兆云々だぁとありがたがるが」

「がるが?」

「気絶した俺を救うわけではない」

「ほう〜」

「おいっ、地べたで気絶する俺を誰が拾う」

「まあそう、だな」

「だから必ず、俺を拾いに来い!」


 偉ぶる俺と悩む叔父は、一笑し合う。

 時に一人で帰る時もあるが、これはこれで……。


 嗚呼やっと、気持ち良い朝を迎えられた。

 

 ……はず、だった。

 家に帰ると姉の耀子の、恐怖料理ホラークックが広げられていたのだ。

 出迎えられた者は、顔が引き攣る。

 緑色が泡のようにを吹いてる親子丼。表面に刺々しい針山が構築されているバタートーストがテーブルに盛られている。


「……もはや……芸術」

「いやぁ、てれますなぁ……」


 耀子よ、誰も褒めてはいないぞ。


「姉さん、あはは」

「弟よ、あはは?」


 本人は悪びれていない。せめて悪意があった方が……と、俺は作り直す。

 ……整えられた品目。輝く卓上にある皿に目を煌びやかす姉は、俺よりも先に満足している。

 なんでだよ。


「鍵の料理。さすが、うまうま」

「……お願いしてるよな?」

「なぁあに?」

「気遣い無用。用意するのは冷チン冷凍物でいいのよ?」

「じゃあ、今度からお茶漬けでいい?」

「いや、作る自体をやめて?」


 食うばかりの耀子は、空皿を俺に投げ飛ばすと「おかわり」も忘れない。

 もう笑うしかない。そして、今日もここにいることに安堵させてやる。

 眼前では、白い歯見せる姉がいる。

 

「で、今日の上がりは?」

「それは上々、叔父が祓って手伝ってくれたから文句無しの仕上げだよ」

「ふふ〜ん、では残りの依頼料。弾んでいただきますか」

「よしなに、あっでも地面に穴が開いたわ」

「あな〜?」


 変顔を晒す姉に、口角を上げてやる。

 意味ありげな表情に納得する姉が、香ばしいトーストをカリッとさせてからの一言。


「でも自業自得でしょ! 鬼を放置のことを思えば、ねぇ~?!」


 どこから出したのか、電卓を叩き始めた。


「それもよしなに」


 ご飯を食べ終え、風呂で身体を浄めた後に仏壇に手を合わせる。


「今日を終えたよ」


 亡き両親に無事を伝えていると「あんたも寝なさい」と、命令された。

 弟の愚行(?)を見抜く姉の眼差しは、そんじょうそこいらの物の怪より恐ろしい。

 帰る姉を見送り終えソファに座るや、独鈷杵得物や札の確認をする。

 次の、依頼準備だ。


 ……これが、今の日常。


 俺は齢十六にして、自分でもおごれるぐらいの退魔師だ。

 魑魅魍魎、幽霊、時に魔物、時には人の諸々を相手する。

 ──この手で、ねじ伏せてやる。


「……」


 この仕事は、俺の悔いが晴れるまで続ける……だから、明日に備えよう。


「……」


 独鈷の先端は後悔の念をいつ、そぎ落としてくれるだろうか?

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