BLACKボックス 〜ソコにあるものには手が届きますか?〜

珀武真由

プロローグ

序 生き様 ―匣(1)─


 ──これが俺の生き様?!──



「だからってな暴走はするな、けん


 俺、破魔鬼鍵はまきけんは目くじら立てる叔父の是道これみちに拝まれる。


「叔じ……貴。そんな……」

「いや、つもりだろう!? だからこんな……」


 説教を喰らう。

 鳥のさえずりもしない明け方、彼誰時かわだれときの平野にて……。

 少々──情け無く、思えた。

 眉が下がり、無言になる。

 叔父を前にして胡座かくと或る方に、顔を向けた。

 その方向は下半身。

 暴走やんちゃが過ぎすぎて服が消し炭、下半身もどれもが丸見えなんだ。

 おかげで……ほぼ、全裸だ。

 

 怒られる原因は口煩い叔父の背後に在る。白い肋骨を露わに煙を上げる大きな死骸。自身を優に超す二倍以上もあり、明らかに異様で異常な物体。 

 尋常ではない代物を前にする俺たち。ならざる事象は多々ある。


 俺はその事柄を相手にする退魔師───、だ。


 目の前に不可思議な白い屍が転がる巨体を相手に、己の限界(?)をぶちかましたんだ。


 この骸を或る物で例えるなら、妖怪図鑑に出てくる巨大ガシャ髑髏だ。 

 ……人はこの世に存在しない事柄、事象を総じて『怪異』と呼ぶ。


 まあ、これにつく呼び方は千差万別百人百様。人はその境界に行き交うモノの怪、悪鬼羅刹、魑魅魍魎、魔物などと様々に呼称──したれり。


 その妖異なるモノを……目前にして頭振る。


 一歩違えば、この身が消されるという危うい除霊浄霊退魔業。

 そこに身を置く俺がいる。

 これが今の、平生。

 そして、生き残るために───今在る霊力で相手を蹴散らせた。

 顰めっ面の叔父、是道は愚痴る。

 

「毎回無事だから良いが……」

「ふ、これが仕事だ」

「そうだな、だからって無茶をするな」

「大丈夫。いざとなれば奥の手が、残されているから……」

「それな」


 言葉を噤む大人は生温い風に、髪を弄られる。俺の頬にも、同じ生ぬるさが当たる。

 叔父が心配するのは、数多の神仏の力を借りて霊を狩る真力ではなくもう片方の秘められた力にある。


「そんな奥手モノ──。ほんとうに頼って欲しくはないわけよ、わかりる?」

「……」

「今回のは霊能力お不動の力が暴れただけで済んだから良いものの。わかるよな鍵!?」

「ごめん……」

 

 叔父が頼ってくれるなという手段は、自身が持つ名前にも紐付けされているもう一つの霊力だ。

 そのことを踏まえて理解示す身内には、大迷惑をかけている。


 ……──ごめん。


 何故に怒るのか。

 あなた方の危惧憂慮、不安や恐れも。誰よりも熟知している、わかってるよ。 

 でも──。


「……」


 目の前にいるのが身内でもなけりゃ理解されない今の生き方。

 その全てを、受け入れてくれていることに感謝がつきない。

 おずおずと顔を上げ、優男を直視する。「帰ろう」と訊ねる叔父は、大きな手でしゃがむ俺を拾おうとしてくれていた。

 でも。その後ろを窺い、手を拒否る。


「俺はどれぐらい気絶してた?」


 気鬱を知らない空が、白む。


「さあ、俺が駆けつけた時には。でも依頼完了だろう?」

「ああ今日も、無事終了」


 倒れている物体を注視する。

 是道もそこに目をやるも、俺に戻す。彼は、俺の瞳に映る物体を真剣に見直してくる。互いの眼差しに何が、映っているのか。

 不出来な甥を憂慮する男と、その背後にある骨がまごうことなく潤んで曇っていやがる。

 戸惑う俺は、撫でられる。


「ご苦労様」


 溜め息を乱暴につかれ、叔父が着ている薄い袈裟は肩に羽織らされた。


「後片付けして帰るぞ」

「……」


 満面に微笑む叔父貴は茶色短髪、ピアスの姿なりがよく似合うが真面目に坊さまだ。

 俺は与えられた衣を、腕に通す。ある部分が隠れるように腰結いをきつく、絞めた。

 股が透けてないか。

 確認してからの足が、力強く土を踏む。今はまだ人が無い朝だから良いが見つかればそれは、大変な陳列罪だ。


「急ぎ片そう。疲れてるおまえはマジでやばいから」

「嗚呼、そだね」

「おまえの肉体は怪異奴らには甘露だからな、早々に引き上げよう」


 意味あり気にぼやかれる。


「あは、モテはつらいね?」

「自意識過剰だと言いたいがほんとのことだ。……鍵に執着するのは叔父さんだけでいいのに」

「おまえが言うと別意味でやばいからやめろ」

「だっておまえは俺だけでなく──色々を。惹きつけるんだ……」


 気付くと背後から抱きしめられ、首筋を吸われた。

 この人は愛情というのか偏愛が過ぎ……と、叔父の性癖はさておいて。

 でも事実。

 この身に秘めたる霊力の所為で人間の老若男女、悪鬼羅刹、魔魅魑魅魍魎。この世からあの世のまでと、雑多なに好かれている。

 ほんと、この受肉からだは、いろんな意味で良い迷惑で輩達ヤツらの。


 垂涎の的だ。


 だからして退魔業これを、選んだ。そのことに家族も今では同意、そしてサポート。

 この人は、そんな一人。

   

「小さかったのが立派になって」

「どこ見てほざく?」

「ほんと。立派に育った」

「それはふつうの見方だろうな!?」


 叔父は説法を説く格好しながら、下世話を抜かす。いきなり感慨深くなる叔父に、「ヘンタイ」って殴ってつっこんでやった。

 

「ひどい鍵ちゃん」

「フ、おまえがわるい。おまえの挙動がわるい」


 俺は体を隅々、確認したあと軽く柔軟に運動をする。


「ほほぅ、ひどかった火傷が綺麗に。おまえの治癒力には毎回、感心させられる」

「鍛錬のおかげだな」

「いんや、それはこれのおかげだ。仏の加護が尽きんことを願うよ」


 叔父はそうぼやくと、立っている足を引っ張る。仁王立ちしていた身体は見事に、転けた。

 「いてっ」と零すこと忘れず上半身を起こすと、足裏を伺う叔父と面合わす。

 ニヤケっ面の叔父は、土踏まずを指差している。


「この足にある瑞祥ずいしょうは素晴らしい」

「だからってなにすんだよ」

「大事なお御足に傷が無いか、確認さ」

「知ってるくせに……」


 俺はわざと、大きく呼吸してやる。

 この足裏には大仏とお揃いの蹠あざ加護の印がある。本来この瑞祥稀有な印は、神仏だけが持つ加護であって人間には有り得ない。だが、俺には在る。

 生まれた時から秘めている加護紋。それに加えての『特殊奥の手』も、持ち合わせているから。

 

 ……やんなるよ。


「叔父さんの手助けは、いらなかったな?」

「嗚呼? じゃあ誰が俺を背負って帰るんだよ?」

「歩けるだろう」

「じゃあ、来るなよな?」


 俺と叔父は、目くらべしてやる。


「だって、耀子ようこちゃんが心配するからさ」

「姉さん?」

「ああ」

「へぇ、あの業突く守銭奴の姉が」

「そうだよ」

「あいつ。電卓叩いて俺を見送ったぞ?」


 高笑いする是道がいる。


「耀子ちゃんも何だかんだ、なんだよ」

「じゃあきちんと見送れよ」


 そっぽを向く。

 困り顔で笑う叔父。着物の袂から数珠をじゃらりと出し手にはめると、物言わぬ白骨に近づいた。


 そうして経を、始める。


 なめらか声で良い音が響いた。

 僧侶の憐れみに応えるように骸は砕け、白塵となる。

 地面には大きな穴だけが残る。


「叔父貴すまん、最後の手間仕上げが省けた」

「これぐらいは手伝うさ。穴は塞ぐように依頼人に報告するよ」

「頼むわ」


 立ち上がり、尻に付着した泥をはらう。背筋伸ばして上空を拝んでると何やら、変な煤玉がやって来る。

 目を細める叔父と伴に、一陣の風に見舞われる。

 

「これは!」

「是道、頭下げろ!!」


 俺らが目に据えたのは──!

 剛風と共にやって来た邪霊あやかしの集団だった。

 叔父の、綺麗な読経に魅かれたらしい。


「次々と来るなよ!」


 浄魂に飢える霊共やからは世に、五万といやがる。


「俺が行く!」

「鍵、ダメだ!」

「仕方ないだろうが」


 この名が持つ本来の意味をで、遣う!

 ……俺は左手も、指も、これでもかと言わんばかりに大きく開く。


「我が名はけんに有りてめいはカギに在り。この二つ名を持って盟約を結ぶ我が内なる匣よ、此処に!」


 左手の上に、相位幾何学的な物質の何かが。

 燦々と輝い──た。

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