#2 平穏がコワレル

翌朝、教室に入って来た担任教師は、神妙な面持ちをしていた。

それはそうだろう。

今から残酷な結果を発表しなければならないのだから。

しかし晃が予想していたのとは違う言葉を、先生は口にした。

「昨日…桐里、それから……小野田が亡くなった…。」

静まった教室にガタンと一際大きい音が立てられて、直後ビクッとみんながそちらに目を向ける。

「宏太がっ!?嘘だろっ!!」

音を立てて立ち上がり叫んだのは、クラスのボス的存在の『篠田智也しのだともや』だった。

暴力で他を支配しているが、顔が良くスポーツも勉強も出来るので、教師達は騙されている。

亡くなったと言われた『小野田宏太おのだこうた』は、智也の子分だった。

だから誰よりも宏太の死に、智也がショックを受けるのは当然と言えた。

宏太と同じ智也の子分の『深貝靖彦ふかがいやすひこ』も、智也同然顔を青くして僅かに震えている。

二人とは関係が薄かった他のクラスメート達も、流石にざわついていた。

同じクラスから、一夜にして二人も失われたのだから当然と言える。

ただ、声こそ上げなかったものの、『松永梨梨まつながりり』が異常なまでに怯えている姿が、何となく視線を彷徨わせた晃の目に、印象的に映った。

梨梨はとにかく気が強く、『田中真理子たなかまりこ』と『遠藤千恵えんどうちえ』を引き連れて、クラスの女子の頂点に立っている。

同じく智也グループに三人とも属している。

梨梨のルックスは良い方程度だが、それよりも梨梨のステータスは『社長の娘』という事である。

多くの同級生は、親が梨梨の父親の会社に勤めている為、逆らおうとする者は居ない。

裏で悪質ないじめを行っているらしき噂も流れていたが、それを突き止めたところでどうしようもないのだ。

そんな暴君と言える智也と梨梨は付き合っている。

つまりはカースト一位の男女で作られた、智也達のグループから死者が出た。

もう一つ…先に亡くなったほの花は、このグループに苛められていたという噂があった。

グループが違うので晃はそれが事実かは知らない。

あくまでも噂である。

晃自身は智也や梨梨のグループとは別段不仲では無いから、余計に噂を信じられなかった。

そもそも、ほの花と親しい香織からもいじめの話は聞かない。

だからこそ晃は、今回の連続死事件がたまたま続いたものだと思っていた。

翌日このグループの千恵が死んだとHRで伝えられるまでは……。



「水死だそうだ。」

いつもより若干暗い表情で智也が情報を口にする。

千恵の死は事故とも病気とも、HRでは知らされなかった。

校長室に出入りする警察の姿を見た智也が、普段の教師への信頼を利用して聞き出したのだ。

晃の席は智也の隣だから聞こえてしまう。

確かに智也と梨梨のグループから連続して死者が出た。

恐らく他殺だろうと、晃ですら考えている。

両グループからの死者だ、これで終わりとは誰もが思っていないだろう。

「とにかく一人にならなきゃ大丈夫だ。」

そう口にした智也にも言い切れないでいたが、今はその方が安全なのは間違いなかった。

犯人が誰なのか、今後狙われるのは誰なのかなど、全くわかっていないこの状況では。

たまたま智也達のグループに死者が出たのだとしたら、現段階では晃すらも警戒する必要があるのだから。

「そうだよ!絶対通り魔とかの犯行だよ!だって梨梨達の事を恨んでるのって、ほの…。」

「梨梨っ!黙れ!」

何かを思い付いたように梨梨が語ろうとすると、智也が怒鳴ってそれを制した。

彼氏に怒鳴られた梨梨は驚いた顔をすると、すぐに泣き出した。

間違いなく梨梨は『ほの花』と言おうとしたのは、今聞いていた全員が最早確信しただろう。

確かにあの噂が本当ならば、ほの花に恨まれているグループの人間が続けて殺された。

だがほの花は死んでいる。

ほの花より後に死んだ人間を殺すのならばそれは……。

「呪い?」

真理子が青い顔でそれを呟くと、グループメンバーも全員顔を青ざめさせた。

「ばーか、そんなもんあるわきゃねぇだろ!」

智也が掠れ気味な声でどうにかそれを発した。

その言葉を口にすると真実になってしまいそうで。

他のみんなは敢えて言わないようにしていた。

呪いならば、確実に自分が狙われるだろうから。

無差別殺人ならば、少なくとも狙われるのは自分達だけでは無い。

だから後者であって欲しいと、智也達が願ってしまうのは仕方の無い事だった。

「そ、そうだ!明日から連休じゃん?梨梨の別荘に行こうよ。そうすれば殺人鬼から逃れられるじゃん?」

智也が梨梨に謝りながら慰めた事により、どうにか持ち直した梨梨が呪いの線を打ち消そうとするかのように、提案と言う形で誘う。

呪いが原因ならば全く意味の成さない手段だが、連続殺人鬼の仕業ならとても有効な手段と言えよう。

智也達は梨梨の提案に乗ることにした。

話が纏まった時、晃は智也と目が合ってしまった。

話の内容に聞き入り、いつの間にか晃は智也達の方へ視線を向けてしまっていたらしい。

「晃も来るか?人数は多いに越したことはねぇしな。」

智也に誘われて即同行を願い出た。

俺が誘われたということは、香織も梨梨に誘いを受けているだろう。

晃と香織は幼馴染みであるが、互いに意識しあっていると思う。

そんな時に泊まりがけならば、ほんの少し期待してしまうのは仕方がない。

ただあくまでも『命を守るための旅行』だということは念頭に置いている。

仄かな期待と、命を守るための旅行は、翌日の金曜日の夜から始まった。

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