第444話 温泉街 その二
黄金の雫と称されるランザエルの湯はどろりと濁った土色の温泉で、なんかこう、すごく効きそうだった。
ただ、今まで泊まった宿は風呂がついてる場合、基本的に内風呂か貸し切りなので忘れてたんだけど、こういう大衆浴場は混浴ではなく、俺は一人寂しく湯につかっていた。
周りの客もくたびれた中高年が大半で、俺ぐらいだとかなり若いほうだと言える。
もうちょっと場末の風呂だと、アカスリなどと称していかがわしいことをするねーちゃんなんかが控えてるそうだが、ここは由緒正しいお湯なので、そういうサービスはない。
そもそも、泥のようにねっとりとした湯につかっていると、そういう邪な衝動も体から溶け出してしまうような気もしないでもない。
そうしてぼんやり湯に浸りながら周りに目をやると、少し離れたところで顎まで体を沈めて淀んだ目で宙を眺めている若者がいた。
顔が赤いのはのぼせているというよりも、酔っ払っているようだ。
若いのになあ、と自分のことを棚に上げて空を見上げる。
立ち上る湯気で多少視界が悪いが、雲ひとつない見事な星空だ。
一人旅先で温泉に入ってると、景気の良かった頃のサラリーマン生活を思い出すな。
こう言うのもたまには悪くない。
「たしかに、こうした温泉もよいものですね」
声の主に目をやると、さっきまでは誰もいなかったはずの場所に、別の若い男性客がいた。
湯船の中でまで、角の生えたヘルメットをかぶった姿には見覚えがある。
たしかバレンタン劇の最中に現れた、判子ちゃんか女神絡みの普通ではない人物だったと思われる。
向こうはこっちのことを知っているようだが、俺は記憶にないなあ。
「まだ思い出さないんですか? 黒澤さんも、なかなか頑固ですねえ。まあ放浪者たるもの、そう言うものですが」
「すまんね、俺も日々いろんな事がありすぎて、いかんとも」
「僕の名はロロです、あらためて、お見知りおきを」
「よろしく、ロロ」
「ところで、あなたがホールドしている闘神ですが近々フォールするんでしょう。マテリアルプレーンの容量をあけるように申請が来ていますが、どうするんです?」
「さあ、全然何言ってるかわからんのでいい感じにしてくれると嬉しいなあと思うな」
「そうですか、ではいい感じにしておきましょう。あとはデストロイヤーの……、これはまあいいか。それじゃあ、また近いうちに」
ロロと名乗った若者は、言いたいことをいい終えるとぱっと消えてしまった。
彼が湯に浸かっていたはずの場所には、波一つ立っていない。
なんなんだろうなあ、まあいいんだけど。
その向こうで、さっきまで顔を真赤にして湯に使っていた男も姿が見えない。
あっちはいつの間に上がったんだろうか。
アレも謎の存在なんじゃないだろうなとよく見ると、濁った湯の中になにかの気配を感じる。
まさかと思ってあわてて駆け寄ると、案の定酔いつぶれて溺れていた。
溺れた若者を引っ張り上げると、俺は大声で人を呼んだのだった。
俺が助けた若者は、酔っていたせいかほとんどお湯も飲んでおらず、大事には至らなかったようだ。
その若者は宿の離れで駆けつけた医者の治療を受けながら、ここの宿の女将らしき人物に説教されていた。
「若旦那、あんたこんな大事な時期に羽目を外して、何を考えてますの。あんたになんかあったら、赤鼻のお嬢さんがどれだけ悲しむか……」
どうやらあの若者は土地のものらしく、女将は身内のように叱りつけていた。
代わりに俺の相手をしてくれた仲居さんにそれとなく聞いてみると、ここランザエルの湯に並ぶ老舗、白金の湯という宿の若旦那だそうで、
「なによりこの温泉地の湯が好きで、子供の頃から毎日あちこちの湯を巡って歩く、根っからの温泉マニアでしてねえ。といってもあんなふうに酔っ払って湯に入るなんてことはなかったんですが、近々結婚を控えて、若者らしくナイーブになってらしたんじゃないですかねえ」
などという。
おしゃべりな仲居からあれこれ聞き終えた頃に、女将がやってきた。
「ご挨拶が遅れて、もうしわけありません。お客様のおかげで、大事に至らずにすみました。あの子の親に成り代わって、お礼申し上げます」
「なに、私もたまたま居合わせただけでね、運良く気がついてよかった。あれぐらいの年頃は酒に飲まれるのも良い経験ですよ、彼も反省しているようだし、お小言はほどほどに」
「ま、おはずかしい。私としたことがお客様の前で。でもねえ、あの子もこんな小さい頃からの知り合いで、しかも来月にも結婚するっていうんですから、余計に我が子のように気になってしまいまして」
「そうでしたか」
「それよりも、お礼も満足にできておりませんが、もしまだお宿がお決まりでなければ、うちの方に」
「いや、お心遣いだけで。今日の宿はもう決めております」
「さようですか、お宿を伺ってもよろしゅうございますか。後ほどご挨拶にうかがいますので」
「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。すでに良いお湯を頂きましたし」
「しかしそれでは私どもの気持ちが……」
食い下がる女将を丁寧に断り立ち去ろうとすると、俺たちのいた離れに若い娘が飛び込んできた。
「クライソン、あんた溺れたってほんとなの? 馬鹿じゃないの、あんたそれでも温泉宿の跡取りなの!」
けたたましく若者に詰め寄ったのは、誰あろうさっき俺の急所を狙ってきた娘さんだった。
「ご、ごめんよムーちゃん」
「ごめんよじゃ無いわよ、まったく、今日は厄日だわ、チンピラは押し込むし、クライソンは溺れるし」
「お、押し込み? な、なにがあったの、ムーちゃん」
「いつもの竜泉組の嫌がらせよ」
「だ、大丈夫だったの?」
「見ればわかるじゃない。まあ、旅の人が助けてくれたんだけど」
「そうなんだ、僕もあちらの人が……」
そう言って溺れた若者が俺を指差すと、つられてこちらを見た娘さんが口をあんぐり開ける。
まあ、カップルが個別に災難にあって、それをたまたま居合わせた同じ旅の人間に助けられるなんてことは、そうそうあるまい。
「私だけじゃなく、彼まで助けていただいて、ほんとになんて言ったらいいか」
彼氏の分まで頭を下げまくる娘さんを落ち着かせ、どうにか引き止めてお礼をしようとするここの女将も振り切って、俺はその場をあとにした。
「ご主人様は随分と巻き込まれる星の下に生まれたようですね」
湯上がりで色っぽさを醸し出しているキンザリスは、そんな事を言いながら腕を絡めてきた。
「日頃の行いには気をつけてるつもりなんだけどな」
「これは性根を据えてお仕えしなければ、ならないようです」
「頼りにしてるよ、なんと言っても俺の命運はお前たち従者の頑張りにかかってるからなあ」
「かしこまりました。それにしても、あの若者はなにか悩みというか後悔の種を抱えている様子」
「お嬢さんのほうじゃなくて?」
「お嬢さんの方もヤクザ者とのトラブルはあるのでしょうが、それは彼女個人というよりあの宿の問題でしょう。あの若者が抱えるのは、もっと個人的な問題ではないでしょうか。そういうものを読み取るのが僧侶の仕事ですから」
「なるほどねえ。まあ、マリッジブルーとかじゃねえのかなあ、なんにせよ明日には街を出る旅の身では、相談に乗ってやることもできんがなあ」
「それをどうにかするのが、旦那のいいところだろう」
突然反対の腕に絡みついてきたのは、エレンだった。
盗賊であるエレンは、異国の地でも俺のために情報収集に奔走してくれているようだ、たぶん。
「よう、どこ行ってたんだ?」
「色々と仕込みにね。そちらが新人さんかい、僕はエレン、盗賊さ」
エレンが声をかけるとキンザリスも挨拶を返す。
俺をほっといて飛び回ってるエレンとは初顔合わせだったようだ。
「神殿にいた頃は、よくも悪くも盗賊とは縁の切れないものでしたが、従者として共に仕えることになるとは思いませんでした。ぜひともよろしくお願いしたいものです」
「僕も馴染むまでは苦労したよ、こちらこそよろしく」
「それにしても、まだご挨拶差し上げたのは半数ほどだと伺っておりますが、残りの方は、試練の地で待機なさっているのですか。これほど活動的な主人の元を離れていては、皆さんさぞやきもきなさっていることでしょうね」
「そうなんだよ、この旦那も落ち着くことを知らないタイプでね」
などと俺を挟んで好き勝手話すのを聞いてるうちに、宿に戻ってきた。
ここ赤鼻の湯はさっきの宿と比べるとたしかにかなり小さいし調度品などもワンランク落ちるのだが、それでも行き届いたサービスなどもあって良い宿だと思う。
あとはのんびり寝酒でもやりつつ寝てしまおうと思ったら、フューエルから呼び出しを食らってしまった。
再び宿を出て、彼女たちが泊まる白金の湯に向かった。
そういえばこっちがさっき溺れてたにーちゃんの実家みたいだな。
となるとこの両宿の子がくっつくわけか。
男の方は若旦那と呼ばれるからには跡取りだろうから、お嬢さんのほうが嫁ぐのかな。
「あら、エレンも戻ってたんですね。ちょうどよかった、レクソン4427が相談したいことがあると言うのですが、あなたにも聞いてもらったほうが良いでしょう」
というので、めんどくさい話じゃないといいなあと身構えると、小さな地震が起こる。
地震といえばこの世界では地中に眠る竜が原因だと言われており、一大事の前触れとも言えるのだが、ここは火山地帯だと言うし、この程度の小地震ならそう珍しくもないだろう。
驚くフューエルたちを落ち着かせようと説明すると、レクソン4427が首を振り、
「たしかに火山性の地震は珍しいものではないのですが、これはそれだけではないようです」
「というと?」
「記録によりますとこの街では微弱な地震が続いており、ここの領主に出向中のレクソン2982が予言者に調査を依頼していたのですが、先程、初期調査の結果が上がってまいりました。相談もこの件なのですが」
「ふむ」
「近郊の火山地下のマグマ溜まり近傍に巨大な精霊石が発見されました。これにより地下水の流れが阻害され、温泉の湧出量に影響が出ているようですが、問題はこれが竜の卵である可能性が高いことです」
「こわいな」
「またその影響だと思われますが、ガス溜まりの膨張もみられ、いつ噴火してもおかしくないと考えられます」
「噴火した場合の被害は?」
「まだ調査中ですが、小規模であれば灰が積もる程度、大規模になればここの渓谷にまで火砕流が流れ込むおそれもあります」
「ひどいな。それで、そちらはどうするつもりなんだ?」
「避難勧告を出す必要がありますが、領主を差し置いてとなると難しいですね」
「そこは領主にやらせればいいんじゃ」
「聞くところによると、ここの領主ガージンス家は目先の利益にとらわれがちという評価ですので、噂通りなら交渉は難航するかと」
「こまったな」
「そこでひとまず皆様だけでも避難していただこうと、ご連絡に参上した次第」
なるほど。
なんか困ってる女の子を助けるという時代劇の導入みたいな展開かと思ったら、パニック映画だったとかいうアレか。
なんでおとなしく温泉を堪能させてくれないかな。
「なんかこっそり火山を抑えるような素敵技術はないのかね?」
「こちらも調査が終わっておりませんが、溶岩量を最大で見積もってもそのエネルギーは十の十六乗程度。このオーダーになりますと、こっそり抑える、というわけには参りません。大規模に対策するとなるとやはり避難は必要ですが、いずれにせよ中立法規により、そこまでの干渉はできません」
「こまったな。とはいえ、自分だけ逃げるのは後味が悪いな」
「そこで次善の策として、預言者の名代として領主と交渉していただきたいのですが」
「それもめんどくさいな」
「いずれにせよ、交渉の必要はあったのですし良い機会かと」
「うん、なぜだ?」
「おや、聞いておりませんでしたか。例の列車強盗の件で精霊石を購入していた貴族が、このガージンス家なので」
「聞いてないんだけど」
「それもあって、ガージンス家の領地の中心とも言えるこの街を経由するコースを選択するとスポックロンと相談していたのですが、連絡に齟齬があったのでしょうか」
「あいつは情報を出し惜しみして俺を驚かせる趣味があるんだよ」
「それはいささか非合理的ですね」
「そう言うところに人間らしさを見出してるんじゃないのかね」
「ノードのセマンティクスは、あえてシニカルであることで情緒を保つと言われておりますが、人形のエミュレーションブレインで人格を構築しても、その影響が残るのでしょうか」
「それが個性ってもんじゃないのかね」
「それは合理性のある話です」
「まあ、それはそれとして、予定としてその領主に会うってのは入ってなかったよな」
「今回は領地を見学することで後日予定している交渉の材料を見いだせればよい、なくても温泉に浸かるだけで元が取れる、とスポックロンは考えておりました」
「それで、この件は交渉材料として役に立つと思うかい?」
「思いませんね、先方にとっては損をするだけですので」
「人的被害を回避できれば得するとは思うが、灰が積もる程度で済んじまうと損したと思うわな。正しいリスク管理は為政者の務めだと思うが……」
「おっしゃる通りですが、預言者の予測では、町の規模からして適切な行動をとらせるのは難しいだろうと」
「だよなあ、せめてなにか手土産がいるとおもうんだけど、俺もしがないヒモぐらしで、持つものといえば、ちょいと無駄にモテるこの体一つであって……」
「そう言う事でしたら、先方に跡継ぎではない年頃の娘が何人かいるので、嫁に取るのはどうでしょう。通常は貴族が外国勢力と婚姻を結ぶのは預言者の許可が必要なのですが、そこは問題にならぬでしょうし。この国でも名のある紳士と縁を結ぶのは名誉なことです」
「誤解されがちなんだけど、俺は相性がマッチして一方的に俺を好いてくれる相手じゃないと非常に紆余曲折艱難辛苦七転八倒千辛万苦の後に、頑張って頑張ってどうにかうまくいくみたいなそういう……」
そこでじろりとフューエルに睨まれてる気配を感じたので咳払いを一つして話をごまかす。
「まあなんだ、結果的にそうなる事はあるかも知れないが、会ってもいない相手に望みをかけるのは少々博打がすぎるだろう」
「貴族の婚姻であれば当日まで顔も知らぬのは珍しくもないかと」
「もう少し確実性のあるネタがほしいな」
「現状で私の方から提案できることはございません」
「ふぬ、じゃあ最後に一つ。避難開始までの猶予はどれぐらいあるんだ?」
「一週間以内に噴火する可能性は五%、半年以内では六十%といったところでしょうか」
「それで避難し続けろというのは、難しいだろうなあ」
「人間はそこまで近視眼的なものでしょうか、私の判断では十分避難に値する数字だと思いますが」
「いやあ、たとえ九十九%ぐらいになっても、目の前でボンボン噴火でもしてるんじゃなければ最悪の事態は想定できない人間が一定数いるもんさ。そもそも、先方のレクソンは領主に報告してないのか?」
「しておりません。最終結果が出るのを待ち、預言者の判断を仰いだ上で報告することになるでしょう」
「まあ、それぐらいの余裕はあると見てるわけだ」
「そうなりますね」
「うーん」
「では明日の朝までに結論を出すということで、よろしくおねがいします」
生返事の俺にたいして、レクソン4427は自分の言いたいことを言い終えると、宿を出ていった。
ペルンジャのもとに向かったようだ。
ちなみにペルンジャはカリスミュウルやフルンたちと一緒の宿らしい。
「さて、どうしたもんかなあ」
ため息を付きながら残ったメンツを見渡す。
フューエルは自分が言うことはなにもないと言わんばかりの顔で酒を飲んでいるし、キンザリスはそんなフューエルに酌をしている。
すがる気持ちでエレンに声をかけてみると、
「そうだねえ、直接その領主様に媚びを売るようなネタはないんだけど、ビコットがちょっと融通してくれたおかげで、ここのギルドとは話が通ってるんだけど、うーん」
「いい話はないのか?」
「役に立つ話はないんだよねえ。廃寺を根城にしてる竜泉組とかいうやくざ者がみかじめ料を阿漕に巻き上げてるから盗賊ギルドとしてそろそろ示しをつけなきゃならないってのがあって、その対策に追われてるっぽいねえ」
「やくざ者ってさっきの連中かな?」
「そうそう、旦那が追っ払った連中さ。あちらの赤鼻の宿は突っぱねてるんだけど、ここ白金の湯は随分付け込まれてるようだねえ」
「ふうん、困ったなあ」
「旦那はいつも困ってるねえ」
「女の子以外に困らせられたくないんだけどなあ」
などと困っていると、およそ悩みとは無縁な顔のスポックロンがやってきた。
「おやご主人様、ご機嫌麗しゅう」
「麗しくて悪かったな、どこ行ってたんだよ」
「おや、そんなに私にお会いしたいのでしたら、呼んでくだされば即駆けつけますのに」
「次からそうするから、なんか良きに計らってくれよ、せっかくの温泉くつろぎタイムが台無しじゃないか」
「そうまで頼られては、仕方有りませんね。では妙案を一つ」
「ほう、期待してるぞ」
「大型ガーディアンで街の上空を覆い、大音響で人々に避難を勧告するのはどうでしょう。この国の人間はガーディアンに殊の外畏敬の念を抱いておりますので効果はテキメン!」
「パニック起こして人死が出るんじゃ」
「そうかもしれませんね」
「じゃあ没」
「では、土中に潜り、噴火の一因と考えられる巨大精霊石を除去するのはどうでしょう」
「ほほう」
「うまく行けば、噴火が抑えられるかも知れませんが、失敗すれば噴火を引き起こすかも知れません」
「パッとしねえなあ」
「領主と交渉したうえで避難計画をたて、精霊石の除去を実行するといったところが現実的なところでしょうか。これなら数日の避難で済みますし」
「そうなあ。でもそもそも俺関係ないよな」
「ご主人様は慈善家ですから」
「まじかよ、ああ、せめてかわいこちゃんでも地の底から湧いてくれば元が取れるのになあ」
「それはさぞマグマ並みに情熱的なご婦人でしょうね」
そんな感じで、エレンもスポックロンも速攻で解決できる策はもってないようなので、諦めて宿に戻るかと思ったら、今度はここの宿の主人が挨拶に来た。
どうやらさっき助けた若者の礼らしい。
涙ぐんで何度も頭を下げる親御さんを見ていると、俺も単純なので良かった良かったとこっちまで感動してしまうのだが、ひとしきり話が終わると、父親の方が慎重にこんな質問を投げてきた。
「ところで皆様は他国からのお客人と伺っておりますが、先程、祠のガーディアンがお訪ねなさっておりましたもので、一体どういうお方なのかと気になりまして、いやその、差し出がましい質問でございましたら、お聞き捨ていただいてもよろしいのですが」
まあ、この国の人間としては気になるところだろう。
「ははは、訳合って多くを語ることはできませんが、彼女たちと一定の交流を持つ身だとだけ、申し上げましょう」
「や、やはりそうでございましたか。ただならぬ御方だとはお見受けしておりましたが……」
なにか相談事でもあるのかな。
そういえば、ここの宿も老舗だと言っていたな。
老舗ということは、それなりに周りに顔が利くだろうし、恩を売るついでに避難のことを丸投げできないだろうか。
あるいはそこのところから領主との交渉材料を得られる可能性もあるのではと話を聞いてみることにした。
「どうやら、なにかお困りのことがおありなのでしょう。力になれるとは限りませんが、こうして妻がお世話になっているのもなにかの縁。よそ者であればこそ、聞ける話もあるでしょう」
俺がそう言うと、父親は妻と顔を見合わせてから、こう言った。
「身内の恥を晒す事になりまして恐縮なのですが、実は……」
ここ白金の湯は源泉の管理も代々引き継いでいるのだが、大元の源泉に通じる洞窟の入口を竜泉組となのるヤクザ者、これは盗賊ギルドとは無縁の半グレみたいな連中らしいのだが、これが占拠していて調査もできないのだという。
「やつら金を払わねば源泉を止めるなどともうしまして、渋々私どもの方で払っておったのですが、とうとう他の宿にも」
「一度払うとつけあがりますからね。そもそも領主は何をしているのです?」
「それが……その、領主様のお手を煩わすようなことでは」
「私の国では、それこそ領主の仕事であると思うのですが、ここではそうではないと?」
「そ、そんなことは、ないのですが、その……」
なんか弱みを握られてんのかなあ。
そうなるとエレン案件じゃなかろうかと、ちらりとエレンに目をやると、俺に色っぽいウインクを投げかけて、部屋から抜け出すところだった。
これはなにかあるに違いない。
となると俺の役目はいい感じにこの夫婦から情報を引き出すことかな。
すなわちこの世界で俺がもっとも信頼すべき人物であると思わせることだろう。
「世間に対して憚ることがあるというのなら、神に対して懺悔なさるとよろしいでしょう。それさえもためらわれるというのなら、女神の盟友として人とともにこの地に住まうこの私が、お聞きしましょう」
そう言って指輪を外すと、無駄にありがたい光が部屋にあふれる。
たちまち宿の主人夫婦は平身低頭、俺を拝むのだった。
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