第270話 噂の巫女 その三
女神ポラミウルの御神体が出土した遺跡は、引き続き絶賛発掘中だ。
たぶん作業は秋まで続くだろうとのことで、御神体はすぐ近くの小さな祠に祀ってある。
ここは日本で言えば商店街の一角に小さく据えられたお地蔵さんとか稲荷の社とかそういう感じのもので、普段は無人で時々アウル神殿から人が来て手入れをしている。
祭神は女神パラシナアルというらしい。
西通りはうちの商店街と違い、かなりの人通りで栄えているが、この祠はそこから少し奥まったところにあり、昼間でも物静かな佇まいだ。
あまりこっちは通らないから、今まで存在に気が付かなかったわけだが、地元民のイミアでさえ知らなかったので、知名度も推して知るべしといったところか。
ここは女神パラシナアルを祀る祠と社務所のようなものがある。
祠も小さいが社務所も小さなものだ。
ちょうど今月はこの女神様の祭があるとかで、近所の氏子連中が交代で詰めて、あれこれ雑用をやらされる。
というわけで、今日は果物屋のエブンツと二人で酒瓶片手に頑張っていた。
よくわからんが、近所付き合いは大事だよな。
「しっかし寒いよな、もうちょっと火をくべようぜ」
小さな焚き火台に手をかざしながらエブンツがつぶやく。
「けどおまえ、あんまり薪もないんだから、あとで困るぞ」
「そりゃあそうだけど、まったくケチりやがって、賽銭はがっぽりあるんだろうに」
「見てる限りじゃ、参拝客もほとんど居ないけどな」
と俺も答えるが、実際今日も参拝客は二人しか来ていない。
祭りの最中なのにな。
「それもそうか。これ人件費のほうが高く付くだろ」
「だから、俺達がタダ働きさせられてるんじゃねーか」
「これだから教会の連中は信用出来ないんだよ、事あるごとにタダ働きさせやがって」
参拝の人は一時間に二、三人訪れれば多い方で、参った後に俺達が声をかけてお神酒を出す。
あとはたまに世間話をすることもあるが、あくまでたまにだ。
正直、こんな仕事はやることのない年寄り向けでは、と思うのだが、やることのない若者である俺達にも向いているのかもしれない。
「まあ、いいんだけどよ、今は仕事も暇だし」
とエブンツ。
「冬だって果物は色々あるんじゃないのか?」
「そりゃあいっぱいあるぞ、苺にリンゴ、ミカンだって最近の品種は色々あるわな」
「じゃあ、なんで暇なんだよ」
「金持ち連中がみんなバカンスで街に居ねえからだよ」
フューエルの親戚連中も、みんな暖かい地方でのんびりやっているはずだ。
正月明けは色々あったが、都に行く前に、そっちでリラックスしてくればよかった。
とりあえず剣の大会とやらが終わったら、休暇だな。
「そういえば、お前のとこの商売も、金持ち相手が多いんだったな」
「そうなんだよ、どうしたもんかな」
と首をひねるエブンツ。
「かと言って、いきなり今だけ値下げするわけにもいかないよな」
「そうなんだよなあ、なんかいいアイデア無いのかよ」
「ねえよ」
などと言いながら、グラスに酒を注いであおる。
「はー、たまには可愛い巫女ちゃんでもこねえかな」
とエブンツ。
「ここの管理をしてるのは、なんか爺さんらしいな」
「管理は爺さんの神官でも、若い巫女さんの一人ぐらい居るだろう」
「居るといいなあ」
そういえば、例の巫女さんはどうなったんだろうな。
レーンが根回ししてるようだが、レーンは顔は広いが交渉力はちょっと低いかもしれない。
我が強いからなあ。
エレンとレーンを足して二で割ると、最強の交渉人になりそうな気がするが、人間そんな都合良くはできていないのだ。
「はー。そういや、パン屋の娘だけじゃなくて、今度店を出すお菓子屋の娘も従者だって?」
「ああ、エメオとパロンの事か、俺もモテるよなあ」
「他人事みたいに言うなよ、別に従者はいらねえから、俺も嫁さん欲しいなあ。妹夫婦が家を出るとなると、なんか妙に寂しい気がしてなあ」
「モーラさんにアタックするんじゃなかったのかよ」
「無茶言うなよ。なんか彼女、元は女優だったらしいじゃねえか、仕立て屋にしちゃ美人すぎると思ってたが、高嶺の花すぎるよなあ」
「らしいな」
俺も噂でしか知らないのだが、彼女はエッシャルバンらと同じ劇団に所属した女優で、一時は随分と売れていたそうだ。
同僚で貴族だった男優と結婚し、出産のために引退していたのだが、その後、夫が死に、今は仕立て屋をやっている。
子供はどうしたのかとか、玉の輿だったろうに家は追い出されたんだろうかとか、気になることは色々あるが、わざわざ調べるほどのことではない。
「そんなに贅沢は言わないからさ、もっとこう、同じぐらいの身分で、俺の仕事を手伝ってくれて、できればちょっと年上で、更に尻もでかけりゃ言うこと無いな」
「お前の中じゃ、その条件は贅沢には入らんか」
「どうだろう」
「わからんよ」
エブンツは精神の程度が、俺と同レベルな気もする。
俺がモテてるのって、やっぱり紳士補正みたいなのが効いてるんだろうなあ。
これが青臭い若造であれば、本当の自分の魅力でとかなんとか言い出しそうだが、俺ぐらいの歳になると、よくわからん追加スペックでも、偶然の産物でもすべて肯定できるようになるんだよ、ガハハ。
いや、ガハハはいかん、まだあの年寄り連中のようにはなりたくない。
ようするに、紳士でよかったということだ。
そこで紳士じゃない友人のために、何かしてやれることがあればいいんだろうが、ここは心を鬼にして、自分の彼女ぐらい、自分で探してもらおう。
「そういや、最近ハブオブを見てないな」
エブンツが自分で持ってきたミカンを頬張りながら、そう言った。
女性問題をこじらせたパン屋のハブオブは、現在古巣で修行のやり直し中だ。
「忙しいんじゃないのか?」
「たまには呼び出して、また飲みに行こうぜ。最近、全然行ってないじゃないか。お前は家で女の子に囲まれて飲んでるからいいかもしれんが」
「それもそうだな、帰りに顔でも出してみるか」
ぐだぐだと飲みながら時間を潰していると、神殿に人影が見える。
参拝客かと思ったら、オルエンだった。
ミラーも一緒にいる。
「おう、ご苦労さん、差し入れかい?」
「はい、コーヒーを……お持ちしました。あと、焼き菓子も」
そう言ってポットと籠を差し出すと、少し言葉をかわしただけで帰っていった。
「今のノッポの彼女、騎士なんだろ?」
「うん? オルエンのことか、赤竜の出身だな」
「たまに街の騎士団からも買いに来てくれるけど、いくら身分は低いと言ってもやっぱり貴族様だけあって、とてもじゃないけど気安く話しかけられなくないか? いっつも緊張するんだけど」
「そりゃあ、わからんでもないが、彼女はホロアだからな、また別もんだろ」
「ふーん、そのホロアってのも、よくわからんよな。オングラー爺さんとこのエヌも、初めて見た時、俺より若そうな娘をあんな爺さんが従者にしてるのかと驚いたんだけど、彼女も年齢は爺さんと同じぐらいなんだろ? 普段は意識してなくてもよ、たまにそういうことに気がつくと、なんか自分たちとはぜんぜん違うんだなって思ったりしねえか?」
「うーん、俺はあんまり気にしないな」
「そうかあ、まあ気にしないから従者にできるのかもなあ。俺はよくわかんねえよ。やっぱり嫁にするならアーシアルかなあ、プリモァでも、なんか違う気がするもんなあ」
エブンツはそう言うが、それが普通の感覚かもしれない。
種族や身分が違えばよくわからないものだし、よくわからないものほど、人は線を引いて見てしまうのだ。
「そういえば、いつも来てる騎士の……なんだっけ、お前んとこの子とよく喋ってる、モ…モ…」
「モアーナか?」
「そうそう、彼女ぐらい気さくな感じだと、いいよなあ。うちでもよく買い物してくれるけど、美人だし、もうちょっと年がいって脂が乗ってきたら……」
「そりゃあいいけど、彼女は名門貴族だぞ、モーラさん以上の高嶺の花だ」
「まじかよ。全然わからなかった。そう言えばお前んちに出入りしてる、どっかの領主のお嬢さんだっけ、あの人とかは、ひと目でわかるぐらい貴族っぽいよな。お前よく平気で話せるな」
そりゃあ、自分の嫁さんだしな。
と答えるわけにもいかないので、
「まあなんだ、慣れだろ。失礼なことをしなけりゃいいんだよ。お前も頑張れ」
「頑張れと言われてもなあ」
そう言って、めんどくさそうな顔で新しくむいたミカンを頬張ったエブンツは、思いっきり顔をしかめた。
「うへ、これ酸っぱい。そいや不味そうだから避けといたやつだった」
「もったいないから食えよ」
「食うけどよ、焼きミカンにするか」
とどこからか網を取り出し、いくつか火に載せる。
子供の頃、囲炉裏でやったなあ。
煙とともに、柑橘系の匂いが社務所に充満してくる。
参拝客も来ない社務所で、俺とエブンツはしばしミカンを堪能した。
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