第229話 味噌汁

 次の日の昼時。

 裏庭からいい匂いがするなと出てみると、匂いの元はチョコ屋妖精パロンの作業場だった。

 ノコノコと匂いに引かれていくと、パロンが七輪で魚を焼いていた。

 こっちの世界の妖精は、妖精というより妖怪の方が近いんじゃないのか?

 実は狐か狸が化けてるんだったりして。

 などとマヌケなことを考えながら寄っていくと、隣にパン屋のエメオもいた。


「よう、うまそうだな」

「あらぁ、サワクロさん。先ほどぉ、モアノアさんに鯖の塩漬けを頂いたのでぇ、焼いてるんですよぉ」

「七輪もあるのか」

「これもそちらからぁ、お借りしたんですよぉ、この辺では炭もなかなか手に入りませんしぃ」


 そういやうちに七輪があったな。

 炭の匂いが料理には不評なので、エレン達の火鉢ぐらいしか使ってないんだった。


「炭ってこんな独特の臭いがするんですね。燻製ともちょっと違うし」


 と、隣で鍋をまぜていたエメオ。


「そっちはなんだ?」

「えーと、味噌汁だそうです。サワクロさんも食べます?」

「ほほう、最高だな、いっぱい貰おうか。ご飯はあるのか」

「お米はぁ、もう切れそうなのでないですぅ」


 とパロン。


「どっかから仕入れられないのかよ」

「前に住んでいた街ではぁ、緑のおばさんが売りに来てくれたんですけどぉ、こっちに来てからはご無沙汰でぇ」

「なんだ、その緑のおばさんってのは」

「緑の服を着たおばさんですよぉ。妖精の里の近くまで出入りしてた商人でぇ、お世話になってましてぇ」

「そういう人がいるのか」


 なら、その人を探し出せばどうにか。


「名前はなんていうんだ?」

「緑のおばさんですよぉ」


 それは名前じゃないだろうと思うが、埒が明きそうにないな。


「それにしてもうまいな」


 具に野菜がちょっと入ってるだけで、具沢山の味噌汁で育った俺には物足りないが、十分うまい。


「ほんと、この味噌汁というのも美味しい。最初は鼻につく匂いが気になったけど、すぐに慣れましたし、これなら毎日食べたいです」


 とエメオ。


「まったくだな。野菜ばかりじゃ物足りないので、今度ウチの豆腐を持ってくるからまた作ってくれ」

「いいですよぉ、味噌汁ぐらいならぁ作りますぅ。もっとも味噌ももうあんまりないんですけどぉ」

「どうにかしてくれよ」

「どうにもなりませんねぇ」

「しょうがねえな。こんなうまいものを毎日食わんでどうするよ」


 などと言いながら味噌汁をすする。


「そういや、俺の故郷じゃ『君の味噌汁を毎日食いたい』ってのがプロポーズの定番フレーズだったなあ」

「ぶーっ!」


 と吹き出すパロン。


「な、なんじゃわれ! わ、わしをどうするつもりじゃ!」

「いや、別にどうというわけでは」

「わ、わしゃ嫁にも従者にもならんからな! 人間の風習なんぞには惑わされんぞ!」


 それを聞いたエメオが、


「あの、もしかしてパロンさん、ほんとに人間じゃないんですか?」

「な、何言うとんじゃ! どこからどう見ても、に、人間じゃろうが! じゃよな?」


 と頼りなさそうな顔で俺の方を見るが、気が付かないふりをして味噌汁をすする。


「そうなんですけど、サワクロさんの周りっていろんな種族が集まってますし、それにパロンさんって、なーんか言動が変ですし……」

「そそそ、そんなことないわい! アホかボケ、何寝ぼけたことぬかしとんじゃい!」

「じゃあなんで嫁にも従者にもならないなんて……、サワクロさんはこう見えてもすごい人なんですよ?」

「はん、紳士なんぞ興味あるかい! こいつなんぞ、ちょいと顔が光っとるだけじゃい、光るだけならホタルのケツも光っとるわ」

「む、紳士様と知ってて歯牙にもかけないってのは、やっぱり普通じゃないと思います!」

「そ、そ、そんなもん知るか! 好いた張ったはタブーなんじゃい、そんなことしてみい、たちまち……」

「たちまち?」

「う、うるさいわい! そんなに紳士がええなら、われが従者にしてもらえばええじゃろが」

「なっ!? わ、わたしなんて、無理です! 考えただけでも恐れ多い……」

「なんでやねん、古代種ちゅーんは従者になるもんちゃうんかい」

「でも、私は……」

「はん、こいつが角ぐらい気にするようなタマか! 蛇までおるねんぞ!」

「つ、角のことは関係ないでしょ! っていうか、蛇ってなんですか!」

「蛇は蛇じゃ! とにかく、従者ならわれがなったれや」

「いいえ、パロンさんがなるべきです!」

「なんでわしなんじゃ、わしゃ知らん!」

「私だって知りません!」


 そういう話は俺に聞こえないところでやってほしいよなあ、と思うんだけど、気にせず焼き鯖をかじりながら経過を見守っていたら、不意に二人共俺がいたことを思い出したようだ。


「あ、サ、サワクロ……さん、聞いてたんですか?」

「ちゃ、ちゃうぞ! わしゃそんな気はないんじゃからな! こいつが勝手に!」

「わ、私も別に、そんな、その……」


 動揺する二人も可愛いが、俺は皿の上の鯖を指差してこう言った。


「早く食べないと鯖が冷めるぞ。脂が乗っててうまいから、早く食え」

「は、はい、い、頂きます、もぐもぐ」

「ふん、元々わしのもろた鯖やんけ、くそう、なんじゃい、くそう、うまいのう、もぐもぐ」

「うむ、うまいなあ、もぐもぐ」


 あとは黙って三人で鯖を食い続けた。

 冬の鯖はうまいなあ。

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