第194話 報酬と対価(第四章 完)

 夕食の後、俺はテナに面談を申し込まれた。

 改まってなんだろう、と閉店後の接客部屋に行く。


「わざわざ、申し訳ありません」


 中で待っていたテナはそう言って、俺に席をすすめる。

 小さなテーブルで向き合うと、まるで進路相談でも受けてる気分になるな。


「そんなに深刻な話題ではありませんよ?」


 とテナは微笑む。


「教師との面談は緊張するものさ」

「そうですね、私も修行時代はそうでした」

「で、なんの相談だい、テナ先生」

「ふふ、ではまずはその先生から、改めて貴方様に卒業の言葉を送りましょう」

「うん?」

「エームシャーラ姫の件、無事に解決なされたでしょう。私からの課題は合格、無事に卒業というわけです」

「あれは俺がなにかやったという程でもないけどな」

「それは本質的に、あのお二人の問題だったからです。あなたはあなたがやるべきことをなされた、そうでしょう?」

「そうかな」

「そして、生徒が卒業したのであれば、私もはれてお役御免。お暇をいただこうと思いまして」

「そりゃまた随分、急な話じゃないか」

「従者たちへの教育も一通り終わりました。請われればまた個別に指導することもあるかもしれませんが、現状では十分かと。それに、お嬢様も、形式的にはまだですが、どうにか落ち着いてくださいましたし、そろそろ、私の手を離れてもよいでしょう」

「そうか、短い間だったが、ありがとう」

「どういたしまして。私も良い勉強となりました」

「それで、また義父上ちちうえのところに戻るのか?」

「いいえ、こちらにお世話になる前に、すでに定年ということでレイルーミアス家との契約は終了しております。奥様には内緒でしたが……」

「そうなのか? じゃあ、どうするんだ?」

「それに関しては、思うところがございます。ですが、その前に報酬を頂きたいと思いまして」

「ああ、そういうことなら問題ない。すぐに用意したほうがいいのかな?」

「いいえ、報酬はお金ではなく、紳士様に直接叶えていただこうかと」

「というと?」

「明日、私とデート、というものをしていただけないでしょうか」

「そりゃあ、俺としても大歓迎だが、俺でいいのかい?」

「ええ。こう見えても私、奥手なんですよ? 他の殿方には、恥ずかしくてそんなお願いはできません」

「女中を指導するようには、いかないかい?」

「その通りです。ですが日頃指導の際にも申しておりましたが、何事も大切なのは実践と経験。この先、一人の女として生きていくために、殿方とのお付き合いも学ばねばならぬでしょう?」

「そりゃあ、ごもっとも」

「そこで経験豊富な貴方様に、ご指導をお願いしたいのです。お引き受けいただけるでしょうか?」

「よろこんで、誠心誠意、引き受けましょう」

「ありがとうございます、では、明日はよろしくお願いします」




 翌朝。

 フューエル達に見送られて、俺とテナは家を出た。

 さっぱりした町人風体の俺同様に、テナもいつものメイド服ではなく、落ち着いた服を着ている。

 ただし、いつもの大きなリュックは健在だ。

 あえて何も言うまい。


 テナの希望により、手を繋いでみたが、それを見たフューエルはなんとも言えない顔をしていた。

 なかなか新鮮なプレイだな。

 身長が一メートルに満たないテナは、並んで歩くと余計にその小ささが際立つ。

 撫子と散歩してるぐらいの感覚だが、あくまでこれはデートなので、ちゃんと相手をレディとしてエスコートしなければならない。


「さて、どこに行こうか?」

「住み慣れた街ですが、無為に散策することなどもあまりなかったので」

「ふむ」

「普段、他の女性とデートなさる時は、どのようなところに?」

「それは相手によるさ。他の娘と同じ方がいいのかい?」

「いいえ、せっかくですから、私だけのプランで、お願いしたいですね」

「了解だ。じゃあ、今したいことを一つだけ教えてくれ」

「そうですわね……」


 少し考える素振りを見せてから、


「今、港にラグーラの帆船が停泊しているとか。それを見てみたいですね」

「ふむ、港か。どのあたりかわかるか?」

「そこまでは」

「まあいいか、時間は充分ある」


 仲良く手をつなぎ、まずは神殿へと向かう。

 これで体が光りでもすれば、デートは成功ということで良いのかもしれないが、あいにくとそんなイージーな話はない。

 女神像に手を合わせても、特に願い事が思い浮かばなかったので、デートがうまく行きますようにと願っておいた。


「私ども神霊術師と僧侶の違いをご存知ですか?」


 女神像の前で、テナが不意にそんなことを話す。


「いや、知らないな。似たような術を使うとは思っていたが」

「大奥様や、奥様、それに私の後輩に当たるパエなどはみな結界を得意としておりますが、基本的に神霊術は僧侶の術と同じく、神の力を借りてその術となすもの。内なるコアや精霊の力を使う魔導師とはそこが異なります」

「みたいだな」

「では、僧侶とは何が違うのか。世間では信仰の有無を挙げております。例えばアンやレーンはネアル様の声を聞き、信仰を捧げ、その力となしているでしょう」

「ふむ」

「では、我らには信仰がないのかといえば、そうではありません。こうして人々と同じく祈りを捧げますし、そのお力はいつも我が身に感じております」

「じゃあ、どこが違うんだい?」

「一言で言えば、神霊術師は僧侶ではないから、神霊術師なのですよ」

「説明になってないだろう」

「そうですね、もう少し砕いて言えば、特定の神殿に属していないから、僧侶になれぬのですよ」

「どういうことだ?」

「紳士様の従者である僧侶、ここでは巫女も含みますが、その三人は、今は紳士様にのみお仕えして、神殿での奉仕活動は行っていませんが、それぞれに属する神殿がございましょう。それ故に、アンやレーンはネアル派の、ハーエルはアウル派の僧侶なわけです」

「なるほど」

「ですが、我ら神霊術師は信じる神はあれど、その神の名は知らず、それを祀る神殿もない。言ってみれば神の孤児とでも呼ぶべき存在なのですよ」

「しかし、ご利益は受けてるんだろう?」

「はい。ですから、神霊術師というものは、その本願として我が信じる神を探し、祭りたいと願っているのです」

「なるほど」

「個人差はあれども神霊術師が、回復の術より結界の術を好むのはそれが理由でもあるのですよ。なぜならば、結界とは神の領域の顕現。それは小さな祠であり、我が神の宿る神域でもあるのです。つまり……」


 そう言ってテナは神殿の巨大なアーチの天井を仰ぎ見る。


「この神殿は石でできた結界であり、神の懐。僧侶が拠って立つ礎。同様に我ら神霊術師は我らの仕える神の結界をこの地上に顕現させるために、その術を探求しているのです」


 釣られて天井を見ると、そこには巨大な天井画があった。

 三人の女神が天にあり、その中央には光る塊と、その周りをさまよう無数の光。

 そして南の果てには黒い巨木が描かれていた。


「あの光の、どれか一つが私の信じる名もなき女神。日々、そのお恵みを受けているにもかかわらず、その名を呼ぶことさえかなわぬ神を求めて、我らはただひたすらに、信仰を捧げるのです。ですから、我らは……」


 そこで言葉を区切って、彼女は俺を見る。


「私達、神霊術師は、常に心の何処かで、身を宿す匣を求めているのですよ」


 そう言って微笑んだ。

 名前も知らない神を信じる、ってのはどういう気分なんだろう。

 平均的日本人のように、曖昧で、それでいて迷信的な信仰しか持たない俺にとって、この世界の神はむしろ億万長者や大統領のように、まず縁はないけど可能性としてはお近づきになれるかもしれないという、そういう存在なんだよな。

 だから、信仰という言葉の意味も、たぶん俺とは違うのかもしれない。


 そんなことを考えながら神殿を出て、真っ直ぐ南に下ると、砂浜に出た。

 以前、祭りの中日に、ハーエルが山車に乗りこんだ海岸だ。


「夏はここで海水浴などを楽しむのです。昔、一度だけお嬢様にせがまれて来たことがありましたね。デュースに従って旅に出る前でしたか。すごい人混みではぐれてしまい、やっと見つけた私に向かって、お嬢様は『テナが迷子になったから心配したじゃないの』とすごい剣幕で」

「ははは、彼女らしいな」

「そして、その直後にわんわんと泣き出すものですから、さすがの私も、困ってしまいました」


 人もまばらな砂浜を歩きながら、テナはそんなことを話す。

 綺麗な海岸には、打ち上げられた海藻の他には、何もなかった。


「あら、大きな商船が、港につくようですよ」


 テナが指刺した先には、大きな帆船が浮かんでいた。


「紳士様、もっと近くで見てみましょう」


 そう言って俺の手を掴み、走りだす。

 小さい足で、どかどかと走る姿は、コミカルで可愛い。


「お、よく見ると、すぐ側にもう一隻あるな」

「ほんとう、とても小さな船。並んでいると、私達みたいですね」

「はは、俺はあんなに立派じゃないけどな」

「ふふ、それを決めるのは、あなたを見る人々なのですよ」

「そんなもんかね」


 砂浜を走りぬけ、石造りの階段から、堤防に上がる。

 そこからだと船がよく見える。

 港には無数の船舶が停まり、その合間を小さなボートが行き交っている。


「私、一度だけああいう外洋船に乗ったことがあるんです」

「へえ」

「奥様の上の母、私が以前お仕えしていたシャボア家とレイルーミアス家のご婚約がなった頃、まだあの頃のリンツ様は十に満たない頃だったでしょうか」

「ふむ」

「同じ神霊術師としてリースエル様のご高名は存じておりましたが、夫であるカラブ・レイルーム様は、リンツ様が生まれる直前にお亡くなりになり、リースエル様はお一人でお子を育てていらっしゃったのです」


 その頃、デュースはリースエルの側にいて、彼女の支えとなっていたそうだ。

 デュースがリースエルやリンツにとって恩人であるというのは、そこのところから来ているらしい。

 別にすごい魔法で凄いことをするだけが、人助けの手段ではないんだよな。


「物語に出てくる、雷炎の魔女をご存知ですか?」

「うん? ああ、なんどか目にしたよ」

「その眼光凄まじく敵を射抜き、杖を振るえば天を覆う火柱が魔の軍勢を炭へと替える。などと書かれておりました」

「全然、イメージと違うよな」

「ええ。ですけど、かつてのデュースは、物の本に書かれた通りの性格だったとも聞いております。私が知るデュースは、すでに今とほとんど変わりませんでしたけれど」

「そうなのかな?」

「さあ、今となってはわかりません。なにより、あなたにお仕えする今、彼女がそうなることは二度とないでしょうし」


 不意にフューエルのとやらの根っこが垣間見えた気がしたが、それももう、終わった話だ。


「それはさておき、私は一度、デュースとリースエル様とともに、旅をしたことがあるのです」

「へえ」

「船に乗って、ここアルサの港から、西のパジュームへと。ちょうどリンツ様の婚礼がなってレイルーミアス家を興し、リースエル様も肩の荷が下りたのでしょう。簡単な依頼を受けての旅でした」

「うん」

「実際、さしたる困難のある旅ではありませんでしたが、あれは私にとっても、新鮮な経験で……おかげで、お嬢様のことをあまり強くは言えなくなってしまったのですよ」

「はは、じゃああれでも手加減してたのか」

「無論です」


 そう言って笑うテナは可愛い。


「例の船は見当たりませんね。もっと東に行ってみましょうか」

「あの丘を超えたら、コロシアムが見える。その先にも大きな港があるな」

「では行ってみましょう」


 テナは俺の手をひいて、ずんずん進む。

 彼女の意図とか、目的とか、そんなことは何も考えずに、彼女に手を引かれるままについていく。

 まあ、なんだ。

 しいて言うなら、デートってのは好きな相手や気になる相手とするものだ。

 それで楽しければ、十分じゃないか。


 常緑樹に覆われた、丘に続く石段を登り切ると、視界がひらける。

 ちょっとした展望台だな、ここは。


「まあ、良い眺めですこと」

「ここは初めてだな」

「でも、見たところ、噂の船はありませんね。真っ赤な菱型の印が船体に描かれているそうですが」

「どれ……」


 一緒に探すが、見当たらない。


「残念。もう、出港してしまったのでしょうか」

「そうだなあ、まあ、船なんてもんは、いつまでも港にいるわけじゃないからな」

「そうですね。ちゃんと出港する前に乗らなければ……旅には出られないのですね」


 そう言ってテナは海の彼方を見る。


「紳士様、こちらからも降りられるみたいですよ。行ってみましょう」


 再び、テナに手を惹かれ、急な階段を駆け下りた。

 その先は、小さな入江の古い漁港あとで、朽ちた網などが転がっていた。


「あら、こちらはハズレだったのでしょうか?」

「どうかな? 漁港なら街に通じる道ぐらい、あると思うが」


 だが、天然の堤防に囲まれた小さな入江は、外界からすっぽり遮断されていた。


「どうやら、戻るしかないようですね」

「みたいだな」

「ちょうど良い頃合いです。ここでお弁当にしましょう」

「そりゃあいい、俺も腹が減っていたんだ」


 貸し切りのビーチに腰を下ろして、お弁当を広げる。

 周りを囲まれているせいか、あるいは日差しが差し込むせいか、冬の海岸にしては温かい。

 テナが背負ったザックからは例のごとく、大きな重箱にワインのボトルが二本、更にグラスまで出てきた。

 随分と重装備のデートだと思ったんだ。


「まずは乾杯と行きましょう」


 少しぬるいワインで喉を潤し、お弁当を開ける。

 ごちそうだ。


「夜明け前から起きて、支度していたんですよ」

「そうだったのか」

「デートなんて、初めてなものですから、こんな気持ちで料理したのは、とても新鮮でした」

「はは、君でもそういうことがあるのか」

「ええ、もちろん」


 そう言ってテナは取り分けてくれる。


「さあ、どうぞ」


 フォークに刺した芋を俺に差し出す。

 食べさせてくれるのか。


「頂きます」


 もぐもぐ。


「うまい。流石だな」

「この一月ほどの指導の合間、モアノアから紳士様の好みをしっかりと教わっておきましたから」

「うれしいねえ」

「さあ、もうひとつ」

「うん」


 ボトルを一つ空け、ふたつ目に入る頃には、料理も大半がなくなっていた。


「余るかと思いましたが、さすがは健啖家ですね」

「こんなうまいものを残すなんて、とんでもない」


 その時、少し強い浜風が吹く。

 ほてった頬には気持ちが良いが、やはり少し肌寒いかな?


「さすがに、ちょっと冷えますね」

「どうする? 場所を変えるかい?」

「いえ、おとなりに行っても良いですか?」

「ああ、いいよ」

「では」


 テナは俺の対面から、左隣に席を移す。

 ここだと海から吹く風は俺が壁になるな。


「ここなら、平気ですね」

「はは、俺も頼もしいだろう」

「ええ、とても」


 そう言って微笑むと、テナは俺の胸に顔を押し当てた。


「やはり身長差があると、奥様のようにはいきませんね。いつもこうして脇に抱いてお飲みになるでしょう?」

「見てたのかい? 君がいる時は、あまりベッタリしていないつもりだったが」

「ふふ、同じ屋根の下にいれば、どうしても目に入る物」

「そうかな?」

「それに……私」

「うん?」

「皆には内緒にしていましたが、見えるんですよ?」

「なにが?」

「遠目の術で、どこにいても、あなたのことが」

「見てたのかい?」


 言われてみれば、思い当たることが何度もあったな。

 そうか、見えていたのか。


「ええ、いつも……部屋に戻ってからは、ずっとあなたが従者たちと、そして奥様と慈しみ合う姿を……わたし、ずっと」


 テナは顔を真赤にしてギュッと俺にしがみつく。


「はしたない……女だと思われるでしょう?」

「いいや、君になら、なんだって見せるよ」

「構いませんの?」

「もちろん」

「わたし、見ていたんですよ? あなたがこうやって、奥様を抱き寄せて……顔を……」

「うん」


 そう言ってテナは体を伸ばすが、短い背丈では、その顔は俺まで届かない。


「こうやって…ああ、わたし……届かないの」

「大丈夫……こうすれば届く」


 俺はそう言って体を押し倒すようにかがめて、彼女に顔を近づけた。


「ほら、近づいた。ここからどうしてた?」

「顔を……もっと近づけて……唇を……」

「唇を?」

「だめです……もうこれ以上は……言えません」

「言わなくてもいいさ、行動してみよう。今日は俺がレクチャする側だからな」

「ああ、し、紳士様……」

「テナ……」


 俺はそのままテナを抱きかかえ、唇を重ねる。

 小さくて厚ぼったい彼女の唇を包み込むようにぐっと押し当てると、ワインで湿った感触が得られる。


「ん……はぁ……、体が……熱い、ものですね。キスというものは」

「そういうものさ」

「さっきまでの肌寒さが嘘みたい」

「もっと熱くなりたいかい?」

「ええ……もっと、お願いします」

「いいのかい? 俺で」

「もちろん。だってほら……」


 そう言って彼女が何か呪文を唱えると、たちまち彼女の体が光りだした。


「はじめからずっと、光ってたんですよ。こうして術で押さえていないと、耐えられないほどに」

「なんてこった。俺も相当鈍いな」

「人の恋心と、コアの衝動は似て非なるもの。この年にして初めて知った感覚ですけれど、これに抗うのは、どのような結界を張るよりも困難なこと」

「そんなもんかい」

「ふふ、でも……奥様より先に、おねだりする訳には、行かないでしょう?」

「だがもう、君の番だ」

「ええ。この船には乗り遅れるわけにはいきません」

「うん」

「さあ、紳士様……私も連れて行ってください。ずっと、どこまでも……」


 冬の寒さも感じられぬほどに、俺とテナは熱い契約を交わした。

 いつもそうだが、従者が増えるってのは、いいもんだなあ。

 と同時に、やっぱり嫁と従者は全然別物だよな、とも思う。

 どう違うのかは、まだよくわからないけど。

 そういえばテナは俺に報酬をくれといったよな。

 これは果たして、どちらにとっての報酬なのか。

 俺ばかり得している気がするが、それは主観的すぎるのだろう。

 あるいは対価というものが相対的であるのなら、これからお互いに、それを満たしていくのかもしれない。

 主人と従者が一方的な関係でないことは、すでに十分、感じているところだ。

 じゃあ、フューエルとはこれからどういう関係を築いていけばいいんだろう。

 さっぱりわからんな。

 まあ、いいけど。


「さあ、そろそろ帰りましょうか」


 乱れた衣服を直しながら、テナがそう言って立ち上がる。


「まだ、ゆっくりできるんじゃないか?」

「続きは、家でもできるでしょう?」

「そうだった」

「では、帰りましょうか、ご主人様」


 そう言って微笑むテナの手をとり、俺達は家路についた。




 家に帰ると、フューエルが飛び出してきた。


「お、おかえりなさい、あなた。それにテナも。その、どうでした?」


 ワタワタと問いかけるフューエルを、テナがたしなめる。


「何ですか、はしたない。人の妻となったのですから、そろそろ少女気分は卒業していただかなければ」

「ご、ごめんなさい。それで、その……」

「なんです?」

「いや、だから、その……」

「さあさあ、あなたは妻として夫の相手をしてください。私はモアノアと一緒に、ご主人様のご夕飯の支度をせねばならないのですから」

「あ、はい、それはいいんですけど、だから……えっ!?」

「なんですか?」

「今、ご主人様って言いました?」

「ええ、言いましたよ」

「ああ、ああ、おめでとうテナ!」


 フューエルはテナの小さな体を抱きしめる。


「では、これからもずっとここにいてくれるのですね、この人の従者として」

「もちろんですよ、奥様」

「よかった、あなたが暇を貰ったと聞いて、もしかしてデュースやおばあさまのようにどこかに行ってしまうのではないかと、私、心配で……」

「まあまあ、そのお年になっても子供みたいに。私はどこにも行きませんよ。ずっとあなたと、旦那様のお側でお仕えいたしますから」

「ああもう、どうしましょう。安心したら、泣けてきたではありませんか。どうしてくれるんですか、テナ」

「ほんとうにもう、子供みたいなことを」

「ああ、でも、だって……もう、ああ、テナ」


 仲いいなあ、この二人も。


「とにかく、このようなめでたい日ぐらい、家事は任せてあの人の隣に座っているべきです」


 などと言って、フューエルはテナを俺の隣に押し付けてきた。

 苦笑しながらも、テナはおとなしく俺の隣に座ることに決めたようだ。

 暖炉の前で並んで座り、テナを挟むようにフューエルも腰を下ろす。

 だが、隣りに座るには、やはりテナは小さすぎるようだ。

 用意された酒で乾杯してから、俺はテナを膝の上に抱え上げた。


「まあ、このような姿勢で晩酌を?」

「せっかくのこの可愛らしい体を活かさないとな」

「では、お望みのままに」


 テナは他の従者がそうするように、上着をはだけて、前を露出させる。

 小さくて、でかい。

 いい眺めだ。

 そこにつまみを持ってやってきたデュースが、俺の隣りに座るとテナに話しかけた。


「こうしてー、あなたと同じ主人にご奉仕する日が来るとはー、初めてあった頃には想像もできませんでしたねー」

「人は変わるものですよ。考えても見なさい。あの頃はまだ、奥様も生まれていなかったのですよ?」

「そうでしたねー」


 などと話しながら、デュースはグイグイとおっぱいを押し付けてくる。

 負けじとフューエルも反対側から密着してくる。

 随分とサービスが効いてるなあ。

 そして今日、一番サービスしてくれそうなテナが、俺のシャツのボタンを外しながら、こう言った。


「さあ、ご主人様。夜はこれからですよ。どんなご奉仕をお望みです?」

「俺に選択権があるようには見えないけどな、お任せするよ」

「ふふ、では、冬の寒さが吹き飛ぶような物を……」


 そう言って、俺の胸板に唇を押し付けて、歯を立てた。

 ああ、たまらないな。

 冬ってやつは、こんなにも熱いのか。

 だったら、春はまだまだ来てくれなくても良さそうだ。




 後日。

 俺宛の手紙が三通来ていた。


 一つはエディから。

 彼女は今、アームターム王国から魔界に下り、ちょうどここの真下あたりにあるというデラーボン自由領にいるらしい。

 詳細は別途ローンに聞いたのだが、森のダンジョンが地下に通じたために、そこの扱いをどうするかの交渉に訪れているのだという。

 全権大使というやつだ。

 どうも魔物と魔族というのが別物というのはわかってきたが、地上と魔界を隔てる結界というのは、魔物への防御壁であると同時に、魔族との国境の壁でもあるのだ。

 それを新規に設置する場合は、魔族への根回しのようなものが要るらしい。

 そして、魔界へと通じる(穴)の管理が、エディ率いる赤竜騎士団の仕事なわけで、こうして魔界に出向くのも彼女の仕事なのだろう。

 そこでの交渉を終えたら、ダンジョン経由でこちらに戻ってくるそうだ。

 早ければ来週ぐらいかな。

 もう随分と顔を見ていない気がするので、楽しみだ。

 ちなみに、フューエルとのことは、追伸でおめでとうの一言しか書いてなかったのがちょっと怖い。


 今一つは、元白象騎士団団長のメリエシウムから。

 旅先で見聞きしたことや、出会った人物のことが簡潔に綴られていた。

 順調に見聞を広めているようだ。

 短い文面からではなんとも言えないが、旅立つ前にあった屈託のようなものが、すでに感じられない気もする。

 これは案外、再会の時は近いかもしれないな。


 最後は、身重の神霊術師、パエ・タエからだった。

 先日は世話になった云々、テナを従者にしたことへのお祝いの言葉などが綴られていた。

 また、エンシューム姫のことも少しばかり。

 座学を終えて、再び修行の旅に出るつもりだったが、パエがこの状態では長旅がしばらく無理であり、モヤモヤしているようだ。

 若さを感じるねえ。


 読み終えた手紙を文机の引き出しにしまう。

 こいつは、カプルがいつの間にかこしらえてくれたもので、寝室の片隅に置かれている。

 世の中とのしがらみが増えるにつれて、手紙なんかを書く機会も増えてきたので、たまに使うわけだ。

 そのうち、二階の空き部屋を書斎にでもしようかな。

 フューエルの屋敷の方には、彼女の執務室のようなものがあるらしいが、あっちの屋敷は、何度か泊まったことがあるだけで、よく知らないんだよな。

 ほら、あそこの女中たちに気を使うし。

 そのフューエルは、何人かの従者と連れ立って買い物に出ている。

 正月用の買い出しらしい。

 年が明けると親戚周りやらなにやらで忙しいそうだからな。

 天涯孤独だった俺に、あいさつ回りをする親戚まで出来てしまうとはなあ。

 異世界っていいところだよな。


「ご主人様、お茶をお持ちしました」


 とアンがやってきた。

 近頃は、お茶を出す動作一つとっても、随分と落ち着きが出てきたなあ。

 フューエルの屋敷の女中たちと比べても、引けをとらないと思う。

 俺もそれに見合うだけの立派な主人にならないとな。


 出されたお茶をすすりながら、真新しい便箋を取り出す。

 さて、なんと返事をしたためたものか。

 まあ時間はたっぷりある。

 のんびりやると、しますかね。

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