第186話 べレース工房
昨日のベリーハードな探索の疲れか、俺は朝からぐだぐだと寝て過ごしていた。
会社の先輩が、三十を過ぎると寝ただけじゃ回復しなくなるぞと言っていたけど、本当だよなあ。
我が家でも三十代である考古学者のエンテルなんかは、
「最近、徹夜ができなくなってきまして」
などとよくぼやいている。
その気持はわかるよ。
とはいえ、たんにサボってダラダラと寝ていたわけではなく、今日は来客があるので待機していたのだった。
そろそろ約束の時間なので、ひと風呂浴びて身支度を終えたところに、客が来た。
「私、営業担当のリックルと申します。隣が工房主のシャオラ・べレース。この度はホグバン卿にご推薦いただいたうえでのご要望を賜り、ま、まことにありがとうごじゃ…おほん、ございます」
そう言って噛みながらも丁寧に頭を下げたのは、二十歳にも満たないであろう、プリモァの少女だった。
その後ろにいるのが、義兄弟のアンチムが紹介してくれた、例の人形師というわけだ。
こちらはムスッとした顔でこちらを見てペコリと頭を下げる。
年の頃は今喋ってる営業のリックルちゃんと同じぐらいで、種族も同じプリモァだ。
顔つきも似ているが、性格はだいぶ違うようだな。
アンチムは多忙につき来られないそうで、彼の紹介状を持って助手と二人でやってきた。
職人と言うには、かなり若いな。
「やあ、よく来てくれたね。そちらのことはアンチムから聞いている。若いが腕の立つ職人だとか」
「こ、光栄の極み。代替わりしたばかりの若輩ですが、誠心誠意、制作にあたらせていただく所存でございますので、何卒よろしくお願いいたします」
そう言ってリックルが頭を下げると、シャオラも一緒に下げる。
共にプリモァらしい繊細な美少女で、白い肌に銀髪がよく映える。
そして小さな顔を長い耳まで真っ赤にしながら、熱心にセールストークを始めた。
「当べレース工房は彼女で十三代目となり三百年の歴史ある工房でございまして、初めてスェーラの地に工房を開きました時には……」
などと時々噛みながらも、頑張って解説してくれた。
頑張る女の子は大好きなので、俺もウンウン頷きながら、説明を聞く。
可愛い子だなあ。
「かようなわけで、子供のように型のない人形を作ることは、非常に困難なのですが、幸いな事に、当工房では以前に作られた型がございまして、これをベースに新たにご用意させていただくことが、可能になっておりま、ま、まっす」
「丁寧な説明をありがとう、話はよくわかったよ。君たちへの依頼を前向きに検討したいんだが、一度そちらの作った人形を見せてもらいたいな」
「それはごもっとも。そうおっしゃられると思いまして、ご用意しております」
「というと?」
「私が、シャオラ・べレース制作の人形でございます」
そう言って営業のリックルちゃんは胸を反らす。
「え、ほんとに?」
「もちろんでございます。証拠をお見せいたしましょう。少々はしたないですが……」
そう言ってブラウスのボタンを少し外し、鎖骨を露出させる。
みると薄っすらと切れ目が入っていて、そこに手を触れると中央部分がポコッと飛び出した。
中には管が幾筋も見えている。
確かに人形だ。
でも普通は、それなりに見た目やコアの気配でわかるもんだが。
「凄いな、見ただけじゃまったくわからなかったよ」
「先代は生き人形とも称せられる人間そっくりの人形を作る名手でありました。当代はまだ修行の身ですがその技術は立派に引き継いでおります。また、今後の手厚いサポートも含めて、お勉強させていただこうと考えておりますので、なにとぞ、なにとぞ一つ」
「うむ、気に入った。君たちに頼もう」
「ははー、ありがたき幸せ。ほら、シャオラも頭を下げて!」
ちょっと芝居がかってきたが、考えてみれば人間そっくりの人形である彼女がもっとも芝居じみているのだ。
なんかだんだん、訳がわからなくなってくるな。
話は決まったので、契約の話に入る。
ようは予算だ。
肝心のメイフルが神殿地下の売店にこもっているので、今日の交渉役はイミアだ。
チェスチャンピオンであると同時に、陸運商の孫娘として、ちゃんと学校を出て経理などもやっていた彼女は数字に強い。
しかも、度胸もあって勝負事にも強い。
メイフル曰く、
「彼女は根っからの商売人ですわな、チャンピオンにさせとくのが惜しいですわ」
とのことだ。
「……ですから、当方の見積もりといたしましては、このようになっておる次第でありまして」
営業担当で実は人形だったリックルちゃんの説明を聞きながら、イミアは素早く書類に目を通す。
「この、素体に瑕疵があった場合の保証額の上限なのですが……」
「それはですね、えーと、我々の慣例ではこのように……」
などと必死に商談している。
大金だしなあ。
事前に聞いたメイフルの話によると、
「そもそも、人形のメインターゲットである労働人形、いわゆる木人足は束でいくらで仕入れますねん。すぐ壊れますしな」
「そうなのか、なんか残酷なような気も」
「けど、木人足は愛玩用の人形とちごうて、コアに魂がおまへんからな。言われたとおりに動くだけですねん」
「ほほう」
「せやから、一体あたり、そうですな、安いのやと数万から仕入れますな」
「そんなもんか」
「もちろん、百体一括とかでの単価ですけどな」
「ほう」
「それに引き換え、愛玩用の意思を持った人形の場合は、やすうても一体百万からはしますな」
それだけあれば庶民が一年暮らせる額だ。
「随分と差があるな」
「そりゃまあ、あれですわ、見るにせよ撫で回すにせよ、所有者を満足させるだけのクオリティがいりますからな」
「なるほど」
「それに、コアの入手も重要ですわな。だいたい、天然の精霊を捕まえてきて調教して封じる、みたいな感じらしいですな。そっちはそっちで、エレメンタリィトちゅう専門職があるんですけどな。フューエルはんみたいに精霊を使役する術の特殊な奴ですな」
「ふむ」
「ま、今回こっちはいりまへんやろ。ちゅうわけで、特殊なオーダーメードの素体ですさかいに、最低三百、上限で五百までは即金で用意しときますんで、あとはイミアはんに任せますわ」
とのことだった。
「では、諸々のメンテの費用も込みで、こちらの額でよろしいでしょうか」
と営業のリックルちゃん。
どうやら話はまとまったようだ。
「よろしいですか、ご主人様」
イミアの問に、黙って頷く俺。
ちなみに、額は確認してない。
高すぎてうっかり文句言っても気まずいし、逆もまた然り。
それにしても、商談は結構長引いてたな。
概ね即決のメイフルとは結構違うもんだが、イミアがそういうタイプなのか、あるいは相手のリックルちゃんの見積もりが甘いのか。
「それでですね、人形と引き換えが当然だとは思うのですが、何分、炉に火を入れる予算が必要でして、いくらかを前金で……」
と急に揉み手をするリックルちゃん。
よほど困ってるんだな。
「分かりました。いくら御用達すればよろしいでしょう?」
「炉に火をおこす当面の精霊石の費用で、ひとまず二十万ほどあれば……」
「では、お待ち下さい。用立ててまいりますので」
「え、今いただけるのですか?」
「その方が、すぐに仕事に取り掛かっていただけるでしょう」
「あ、ありがとうございます」
ヘコヘコ頭を下げるリックルをあとに残し、イミアはお金を取りに行った。
あとに残った俺とリックルは、何も喋らずにじっと待つ。
ちなみに商談の間、人形師であるシャオラ・べレース本人は、奥でクントと面談していた。
中に入るコアが決まっている場合、そのコアの性格などに素体の方向性を合わせたほうが、うまく馴染むそうで、その為に直接話をするのだそうだ。
やがてイミアが封筒を持って戻ってきた。
「では、当座の資金として為替と現金で百万用意しました」
「そ、そんなに?」
「よろしくお願いします。年明けには成果を確認できるということで、よろしいですね?」
「は、はい。誠心誠意、当たらせていただきます」
「それから……」
と別の封筒を取り出す。
「これは、本日の足代です。予算とは別ですので、遠慮無くお納めください」
「こ、これは誠にかたじけなく、ほんとうに、ありがたく、ほんとにがんばります、がんばらせますので!」
と涙ぐむリックルちゃん。
苦労してそうだ。
商談が終わる頃には、人形師のシャオラとクントの面談も終わったようだ。
「あのね、すっごいボインにしてって言ったら、だめだって。ネールよりおっきいのが良かったのに、良かったのに!」
クントが俺の頭の上でくるくる回る。
「ははは、いいかクント。胸ってのはな、だんだん大きくなるからいいんだ。まずは平らなところから初めて、大人の体になる頃には凄いボインちゃんになる、それでこそ有り難みも増すってもんだ」
「すごい! そうする! そうする!」
納得したクントと一緒に、二人を見送る。
営業のリックルちゃんは何度も振り返って頭を下げていた。
「楽しみだな、クント」
「うん、あのね、体ができたら、みんなとかけっこする! あとね、御飯食べる!」
「そうかそうか、俺も一緒に走るぞ」
「やった! やった!」
嬉しそうにくるくる回る。
元気だねえ。
「イミアもご苦労さん。結構難航してたな」
「ちょっと営業のリックルさんの見積もりは甘そうでしたので、そこのところを確認していたら……」
「素人っぽかったもんな」
「はい。彼女は人形作りの助手として人形師のシャオラさんに仕えていたそうですが、先代の死後、他の弟子は引きぬかれ、事務員もいなくなり、あの二人と人形を作る炉だけが残ったとか」
「なるほど」
「あと、シャオラさんとはあまり話せませんでしたが、たぶん予算が見積よりオーバーしそうな気がしますね、こちらの想定よりは若干低めだったので、多少なら大丈夫だと思いますが」
「と言うと?」
「なんというか、あくまで印象なんですが、人形師のシャオラさんはサウと同じタイプに見えたんですよ。こだわりすぎて納期や予算が見えなくなるタイプですね。サウは今、カプルが手綱を引いているのできっちり回せているようですが、元々彼女は絵を書き出したら食事も睡眠も忘れるタイプなので、商売として自分をプロデュースとかはまったく向いてないんです」
「ほほう、まあ、そんな気もするな」
「だからカプルがいなければ、彼女は職業絵師としてはまったくダメなままだったでしょうね。ほんとうに相性というものはあるんだなあ、と思います」
「そんなもんか」
「はい。で、今の二人の場合は、そのあたりが弱そうなので、定期的に監査しないとダメでしょうね」
「ふむ、まあ俺としてはクントが喜べばそれでいいから、任せるよ」
「かしこまりました」
いやあ、イミアはやっぱりしっかりしてるな。
メイフルがうちを任せているだけのことはある。
なんにせよ、目下一番の優先事項であったクントの体の目処が付いてよかった。
今、探索に出ているネールも戻れば喜ぶだろう。
「では、早ければ年明けにも体が?」
帰ってきて話を聞いたネールは我が事のように喜ぶ。
「ああ、なんでも体とコアをマッチさせるのに時間がかかるそうだが、まず素体が年明けには完成して、それにコアを封じてから、時間をかけて慣らすらしい。あとは一年おきに擬似的な成長にあわせて素体を調整して大きい物に変えていくとか」
「大変なものなのですね。それは随分と、費えもかかるのでは……」
「まあそうなんだが、払う金があってよかったよ。メイフルには感謝しないとな」
一緒に報告を聞いたメイフルは、
「せやけど、いくらかは例の白象のお宝でっせ?」
「お宝ってあの墓場の奥にあった?」
「そうでっせ」
「いつの間に、あの時全部冒険者にやっちまったかと思ったよ」
「そないなもん、全部くれてやりますかいな。うちとエレンはんで冒険者としての自分らの取り分はしっかり頂いときましたがな」
「さすがだな」
「でまあ、折角なんでその使いみちとしては、これが一番、よろしゅうおますやろ」
とのメイフルの言葉を聞いて、ネールは涙ぐんで答える。
「はい、きっとジャムオック達も喜ぶかと。特にクーモスはクントをかわいがっておりましたので」
「そうか、なによりクントが喜んでるからな」
「あの子はずっと、私を励ましてくれました。私が十分な幸せを得た今、あの子を幸せにしてやることが、私の勤めではないかと、そう思えるのです」
しみじみと語るネールを見ていると、なんだか俺までもらい泣きしそうになるな。
歳のせいかねえ。
そんな俺の感慨にはお構いなしに、少し離れたところで、例のごとく酒を飲みながら話を聞いていたフューエルが、口を挟む。
「ところで、その人形師というのはアンチムの紹介だとか」
「ああ、君の従弟殿のおかげだよ」
「では、その旨をあの子の母に伝えておきましょう。人様のお役に立ったと知れば、少しは喜ぶでしょうし」
「アンチムはそんなに問題児なのか?」
「さあ、人形趣味がどの程度特殊なのかはわかりませんが、壺だの甲冑だの、物を集める趣味というのはそれほど珍しいものではないでしょうし、資産を食い潰すほどでもなければ別に構わぬとは思うのですが」
「ですが?」
「アンチムの母親は、どうも過保護すぎるようですね。もっとも、あの子は幼いころから内向的で、長じるまで屋敷に引きこもっていたので、そのせいもあるのかもしれません。私も幼少の彼はほとんど記憶にありませんので。むしろエマなどは呼ばなくても遊びに来ていました。家柄の違いもあるのでしょうが」
アンチムはフューエルの母方の従弟で、エマはフューエルの腹違いの兄の娘だったか。
ややこしいな。
「そういえば、エマちゃんは最近見てないな。学校はそろそろ終わりじゃ無いのか?」
「だと思いますよ。兄の屋敷に戻っているのでは? 来年は社交界にデビューするので、少しは立ち振舞の稽古をさせねばならないでしょうね」
社交界デビューというのはよくわからんが、要は貴族の子女が成人して国王への謁見をはじめて許されることらしい。
そのへんは建前で、要は公のパーティとかに参加できるようになることだとか。
まあ、うちにはあんまり関係ないな。
「お姫様も大変だな」
「紳士様は自由闊達で羨ましい話ですよ」
「ほめられると照れるな。そういや、昨日の後始末はどうなってた?」
「今日は残党狩りに終止していたようですよ。まだ、奴らの進入路は見つかっていないのですが。それよりも、あのフロアはいたるところに血の匂いが残っていますね。ウジやネズミがわき出す前に死体を処理したいと騎士団では話していましたが、人手が足りないとかで」
「ははあ、人手な。それこそ、土木ギルドあたりの人足の出番じゃないのかな?」
「土木ギルドがどうしたのです?」
「いや、ダンジョン内の人足をどうこうって話がな」
「先日、いらしていたアフリエールの祖父母の話でしょうか?」
「まあ、その延長だな」
「またなにか、悪巧みを考えていそうな顔ですね」
「そういうのは、今までに考えたことのあるやつに向かっていってくれ」
「考えたことがないんですか?」
「俺はいつでも世の中の福利と正義を慮っているよ」
「で、どうなんです?」
俺の言うことを軽く聞き流して、再度尋ねるフューエル。
厳しいなあ。
土木ギルドといえば、あれはどうなったんだろう?
「おいクロ、あれどうなった?」
クロを呼び寄せて尋ねる。
「アレトハ、アレカ?」
「そうそう、アレだよ」
「明朝、先遣隊六十体ガ到着予定」
「六十体って三分の一以下じゃねえか、残りはどうした?」
「海ノ広サニ、心モ溶ケル。大海原ニ解キ放タレタ同胞ノ可能性ハ無限大」
「つまり、遊び呆けてるのか」
「シカタナイ、外ノ世界ハ、楽シイ。ワタシモ、毎日、タノシイ。ボス、サマサマ」
「まあいいか、じゃあ、明日にも来るんだな」
「タブン、オオムネ、アシカラズ」
そこでフューエルが、
「来るとは何が来るのです?」
「いやあ、実は……」
と説明する。
「ガーディアンが何十体も……、それは大丈夫なのですか?」
「みんなクロと一緒だよ、たぶん」
「たぶんって……、しかし、パニックになりませんか?」
「大丈夫じゃないかなあ。ガーディアン単体で出歩かせなければいいと思うんだけど。常にうちのものを付けるか、土木ギルドに貸し出すときに、ちゃんと人を付けさせればどうにか」
「またいい加減な。言っておきますが、世の中はそうそう楽天的な人ばかりではないのですよ? 私も領地のくだらない紛争の調停で苦労ばかり。先日も隣同士で境界に植えた庭の柿の木がどちらのものかと言い争って刃傷沙汰に」
「そういや、領主が裁判もするんだなあ」
「当たり前ではありませんか、またトンチンカンなことを」
いかん、また余計なことを言ってしまった。
どうもフューエルと喋ってると、色々繕うのが無理な気がしてくるぜ。
そろそろ正体をバラしてもいいんじゃなかろうか。
なんにせよ、この場は退散するとしよう。
エールの残ったジョッキを飲み干して、そそくさと逃げ出すように席を立つ。
「あら、どちらに?」
「ちょっと酔いを覚まそうと思ってね。裏庭のスィーダ達の様子を見てくるよ。一緒に行くかい?」
「遠慮しておきます。やっと、体があったまってきたところですし」
そう言って、フューエルは暖炉に体を寄せる。
まあ、寒いよなあ。
俺は手近なところにあったローブを羽織って裏庭に出る。
こちらでは、スィーダのテントの周りに騎士連中と年少組が集まり、バーベキューをしていた。
楽しそうだな。
「あ、ご主人様!」
猿娘のエットが細長い尻尾を振りながら寄ってきて、俺の手を引く。
焚き火の側にすわると、いい匂いが漂っていた。
外は寒いが、激しく燃える焚き火のおかげで、ここは十分暖かい。
焚き火の上には大釜が吊り下げられて、野趣あふれるスープが煮立ち、その周りには肉や魚を刺した串が何本も突き立っている。
「ご主人様、肉と魚、どっちがいい?」
エットが目の前にある串を指差して聞いてくる。
「うーん、魚かな」
「やっぱり! これ、さっき釣ったやつ! たぶん、すごく旨い」
「たしかに、うまそうだな」
「きっと確実! でも、違うかもしれない」
そういうエットの口元には少しよだれが垂れている。
俺にあげたい気持ちと、自分が食べたい気持ちが葛藤しているな。
「じゃあ、ちょっとお前が味見してくれよ」
「いいの? そうな、味見したほうがいいな! あたしが味見してみる!」
そう言ってエットはがぶりとかぶりつく。
「もぐもぐ、むぐむぐ……んっ!」
「どうだ?」
「うまい! すごく旨い、ここ、この辺かじると最高にうまい」
「どれどれ」
言われたところを控えめにかじる。
「おう、こりゃうまいな。次はエットの番だ」
「そう!? じゃあ、食べる。もぐ……もぐもぐ……うまい!」
うまそうに食べるエットから、目線を焚き火の対面に移すと、クメトスとスィーダの師弟コンビが、仲良く肉を焼いていた。
「もう、食べられるのではありませんか?」
と聞くクメトスにスィーダが、
「まだだめだ、師匠は肉を育てるのヘタだな」
「肉を育てる、とは?」
「こうやって、手をかけて食べられるように焼くこと! ほら、もっとこまめに回すの、じゃないと、火の通りにムラが出る」
「こ、こうですか」
「そう」
「料理というものも、難しいものですね」
「はい、師匠。焼けたからあげる」
「え、それはあなたが、その、育てていたのではないのですか?」
「うん、上手に焼けたから、たべて」
「そうですか、では、頂きます」
そう言ってスィーダが手渡した串焼きの肉を頬張る。
噛み締めた瞬間にほとばしる肉汁が、見るからにうまそうだ。
「あふ、これは、おいひぃ……はふ、はふ……」
「あはは、師匠、もっと落ち着いて食べないと」
「ふふ、そうですね。しかし、こうやって食べるのも実に美味しいものですね」
そう言って感心して頷いたあとで、クメトスは俺に見られていることに気がついたようだ。
「あ……これは、その、お恥ずかしいところを」
そう言って頬を染めるクメトスは可愛いねえ。
爽やかに微笑み返して、視線を湖の先に向ける。
太陽はすでに西の彼方に沈んでいるが、空は僅かに紫に染まっている。
雲一つないな、明日は寒そうだ。
翌朝。
まだ暗いうちにレルルが起こしに来る。
「クロの話では、そろそろ着くそうであります」
「ん……なにがだ?」
寝ぼけ眼で尋ねると、
「ガーディアンでありますよ。本日早朝到着予定であります」
「ああ、そうだったな。なら、出迎えないとな」
のそのそと布団から出ようとすると、俺に絡みついていたエンテルのムッチリした肢体が邪魔をする。
それをどうにかはずすと、今度は足元でモアノアとレーンが俺を枕にしていた。
まったく、皆行儀悪いな。
どうにか布団から脱出すると、すでにアンは起きていた。
朝の挨拶をしながら、アンが茶を出してくれる。
「はやいな。ちゃんと寝てるのか?」
「ええ、遅くとも十時には寝ますし、今朝は少し早いですが、いつも七時間は寝ていますよ」
「それだけ寝てれば十分か」
「テナが来てくれたおかげで、日々の段取りが格段に良くなりました。おかげで最近は色々な事に余裕を持って取り組めています」
「彼女にはいずれしっかりお礼をしないとな」
「ご紹介いただいたフューエル様にも、感謝が絶えませんね」
「まったくだ」
しばらく待ってから、裏庭に出るとべらぼうに寒い。
まだ暗いので、手にしたランプをかざして湖面を眺める。
真っ暗な湖は、波ひとつない。
凍ってるんじゃないだろうな。
汽水湖であるエッサ湖は、簡単には凍らないらしいが、それにしても酷い寒さだ。
ランプを向けないように注意しながら、スィーダのテントを見るとかなり霜が積もっている。
テントって外から照らされると、すごく眩しいからな。
「ツイタゾ」
足元のクロがそう言った。
水面を見ると、ぷくぷくと泡立っている。
次の瞬間、桟橋の付け根辺りから、ワラワラと四足の平べったいガーディアンが這い上がってきた。
次々と裏庭に這い上がると、俺の目の前で整列する。
ほんの数分で上陸を終えた六十体のガーディアンは綺麗に隊列を組むと、先頭の一体が話しかけた。
「ガーディアン先遣隊、本日ヲモッテ、ボスノ指揮下ニ入ル。コンゴトモヨロシク」
「おう、長旅ご苦労だったな。ひとまず中にはいってくれ」
そう言って家の中に招き入れ、そのまま地下室に誘導する。
ミラーも未だ大半が地下で待機中だ。
たぶん、この子たちも、常時稼働するのは数体になるのではなかろうか。
地下に降りて、空き部屋に誘導する。
ここは二十四時間明かりがついてて便利だよな。
空調も完璧だし。
常識的に考えて、こっちに住むべきなんだが、どうも上のほうが生活しやすい。
なんというか、やはり冬は冬らしく過ごすべきだよな、とそう思うわけで。
この世界が地球に似た、というより日本に似た気候で良かったよ。
「あら、もうガーディアンたちが着いたんですのね」
大工組の事務所から出てきたカプルがそういった。
「おう、まだ仕事か?」
「いいえ、今起きたところですわ。一昨日壊れたご主人様の盾を、もう一度確認しようと思いまして。今日は出かけるのでしょう?」
先日の乱戦で、ノズの槍をもろに受けた俺の盾は、少し凹んでいたのだった。
カプルは軽量化しすぎたのかも、と言っていたが、軽さと頑丈さはトレードオフだからな。
いくら頑丈でも取り回しが不便だと、肝心なときに防げないかもしれないし。
「ところで、この子たちの名前はなんですの?」
とカプル。
また、名前か。
白っぽい素体に黒いラインで装飾された四角く平べったい座布団ほどの本体の四隅から、カニのような足が四本生えている姿はクロと同じだ。
それが六十体。
全部鏡写しのようにそっくりなので、ミラー……ってネタはもう使ったな。
えーと、どうしよう。
クロにそっくり……クロ……クローン。
クローンでいいか。
「えーと、それじゃあ、クロっ…クロン」
ちょっと噛んだ。
誰かさんのがうつったか。
「クロックロン、どういう意味ですの?」
「えーと、分身みたいなもんだ」
「良いのではありませんか? ミラーと被っているようですけど語感はだいぶ違いますし」
それを聞いていたクロが、こう言う。
「諸君、ボスカラ名前ヲ頂イタゾ、拝領」
「クロックロン! クロックロン! クロックロン!」
全員が一斉に与えられた名前を叫ぶ。
ちょっと怖いな。
まあ、無事に名前が決まってよかった。
予定と若干違うけど。
名前はあんまり汎用的な単語より独創的な方がいいよな。
クロックロン六十体は、そのままミラーが控えている部屋にはいり、縦に十体ずつ積み上がって待機する。
知らなかったが、足は内側にスライドして収納できるようだ。
一体の厚みが十センチ程なので、ざっと一メートルの座布団タワーだ。
省スペースだな。
「よし、体に問題はないか? 可能なら早速今日から何体か働いてもらいたいんだが」
「七体ガ自己修復中、残リハ即時行動可能」
クロックロンの一体が答える。
「よし、じゃあ、一旦待機しててくれ、後でまた来る」
「了解、ボス」
クロックロンをそこに残し、上に戻る。
すでに半数は起きだして、朝の支度をしている。
今日は俺もダンジョンに潜る予定だ。
目的はガーディアン達の……じゃなかった、クロックロンだったな、ちょっと呼びにくい名前をつけてしまったが、まあいいや、彼女たちの初仕事の斡旋だ。
例の魔物の死体運搬をやらせてみようかと思っている。
昨夜その旨をエレンと相談してみたところ、
「いいんじゃないかな、やっぱり冒険者はガーディアンに抵抗あるだろうし、そうした汚れ仕事をかってでれば印象も変わると思うよ」
「なるほど、そこまで考えてたわけでもないが」
「僕ら盗賊がボランティアで炊き出しをやるのも、つまる所が売名行為だしね。いくら女神様お墨付きの職業とはいえ、やっぱり世間的には嫌われるもんだからさ」
「なるほどねえ、とりあえず、十体ぐらいつれてけばいいかな?」
「それでいいと思うよ、クロとレルルも連れてって現場を任せたほうがいいんじゃないかな。あの二人もコンビ組んで長いし、ガーディアンの扱いにも慣れてると思うよ」
「ふむ、そうしよう。搬入はミラーを増やせばいいか」
搬入とは、売店に商品を納める仕事のことだ。
今はレルルとクロが中心になってやっている。
その辺りの段取りは昨日のうちに決めておいたので、今日はそんな感じで実行だ。
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