第144話 協力

 街中はともかく、郊外ともなると夜は真っ暗だ。

 ポーンは見えているのかわからんが、闇の中、猛スピードで馬を駆る。

 はっきり言って怖い。

 恥も外聞もなく、彼女の胴にしがみつく。


 やがて前方に無数の明かりが見えてくる。

 湖に浮かぶ船の灯だ。

 うちの裏庭からも見えていたやつで、祭りの間は漁師たちもああやって祝う。

 その中の幾つかは白象騎士団のボートのはずだ。


 東港につくと、焚き火を囲んで漁師や騎士たちが大勢酒盛りをしている。

 彼らは客と見て歓迎しようとするが、それが赤竜の鎧を着た騎士とわかると空気が変わる。

 白象が街に入れないように、赤竜にとっても、ここは縄張りの外なのだ。


「これは紳……もとい、サワクロ殿。友人のあなたは歓迎いたしますが、無粋な真似は、如何なものかと」


 そう言って前に出たのは第二号隊隊長ことクメトスだ。


「祭りの最中に悪いが、今はそれどころじゃないんだ、実は……」


 俺が説明しかけた瞬間、ポーンが大声を張り上げる。


「赤竜騎士団団長代理として、皆々様にお願い申し上げる! 街を襲わんとする悪漢共から街を守るため、皆様のお力をお借りしたいっ! 重ねてお願い申し上げる!」


 そう言ってポーンは深々と頭を下げた。


「なっ……」


 突然の発言に、クメトスは絶句する。

 他の騎士たちも同様だった。


「な、何を勝手な……そのようなこと、できるはずが……」

「そこを曲げて、お願いに参上した!」

「し、しかし……」


 ポーンがここまでした以上、もはや俺が口を挟む余地はない。

 だが、クメトスは戸惑うばかりで、返答に窮している。

 何か言わなきゃならないんだろうが、俺も言葉が出てこない。

 というよりも、もはや俺の出る幕じゃないよな。

 何しに来たんだよ、俺は……。


「話はわかりました」


 突然、澄んだ声が響き渡る。


「ポーン殿、あなたのお申し出、お受けしましょう」


 奥の天幕から出てきてそういったのは、白象騎士団団長メリエシウムその人だった。


「だ、団長、何を……」


 慌てて詰め寄るクメトスを制して、


「民の一大事に駆けつけねば騎士の名折れ、そうでしょう」

「しかし、街に我らは入れませぬ」

「入れぬのは白象の紋章のみ、ならば鎧を捨て、身一つで乗り込めば済むこと。皆に強制はしません! 我に続くものは剣のみを手に、友のために馳せ参じましょう!」

「おうっ!」


 回りにいた騎士たちは立ち上がり、一斉に声を上げる。

 よかった、俺は役に立ってないけど、どうにかうまくまとまったようだ。


「ご協力、感謝いたします」


 そう言って、メリエシウムに頭を下げるポーン。


「今の我らは名も無き義勇兵。あなたの指示に従いましょう。さあ、ご命令を」

「では……」


 ポーンは手短に話を伝える。

 七月の血風団のことは、白象でも認識していた。

 だが、街に潜伏していることまでは知らなかったようだ。


「それで、襲撃する商家のめどは立っているのですか?」

「いいえ、それゆえに人手が足りず……」

「わかりました、我らは街中に不慣れです。ご指示のとおりに動きましょう」


 ポーンはその場で作戦を立てる。

 ここは街の東のはずれだが、すこし街に入ると大きな邸宅が並んでいる。

 高台の一等地で湖の眺めもよく、高級住宅街になっているのだ。

 フューエルの屋敷もこの中だ。

 白象はそこを中心に手分けして巡回することにする。

 だが、それじゃあ闇に潜んでいればわからないだろう。

 頼りない話だが、後手に回った以上、やるしか無いのだ。

 腕に覚えのある漁師たちも、それぞれ街を見まわってくれるという。


「血を好む強盗集団と聞きます。決して手を出さずに、大声で助けを呼んでください。倒す必要はありません、ただ邪魔をすればよいのです。良いですね」


 そう言ってメリエシウムは漁師達に言い聞かせる。

 とにかく、派手に動き回れば強盗たちも諦めるかもしれない。

 抑止力ってのは警察力の基本だしな。

 ポーンは一足先に戻って指揮をとるという。


「折り返し、この地区の担当騎士を回します。街の案内はその者達にさせましょう」

「かしこまりました」


 とメリエシウム。


「それでは、ご協力感謝いたします。我らの道程に、共に女神の加護のあらんことを」


 走り去るポーンを見送り、俺はメリエシウム達と一緒に警護することにした。


「ではまいりましょうか、紳士様」


 メリエシウムの言葉で、俺達は小走りに街に向かった。

 街中はまだ祭りのまっただ中で、いたるところに人があふれている。

 高級住宅街と言ってもそれは同じで、酔っぱらいに貧乏人も金持ちもないのだ。

 その中を歩きまわるが、どうにも埒が明かない。


「やはり街に入るのは緊張するものですね」


 並んで歩くメリエシウムが不意につぶやく。


「時々、参拝には来ていたのでしょう?」

「ですが、あれは顔を隠してのことでしたし、こうしていると、どこか後ろめたさを感じます」

「失礼ながら、そういう心構えもまた、壁を作る要因だとおもいますよ」

「そうかもしれません」

「しかし、こうして歩き回っていてもキリがないな。奴らの襲いそうな場所がわかれば……」

「とはいえ、どれも立派な屋敷ばかり。私などが見ても、一様に裕福そうに見えてしまいます」

「たしかに……」

(ご主人ちゃーん、きこえる?)


 そこに燕の念話が届く。


「どうした?」

(あー、場所は把握したわ。今赤竜の詰め所に居るんだけど、これからそっちに担当騎士が行くわね)

「おう、それは聞いてる」

(あとエレンとエーメスがそっちに向かってるから、適当に合流して)

「おう」

(なんかあったら私を呼んでくれればいいわ、ここに控えてるから)

「了解」


 念話を終えたところに、馬に乗ったエーメスとエレンがやってきた。


「団長、よくぞご決心を」


 エーメスはメリエシウムに駆け寄ると、その手を取る。


「あなたのご主人のお陰です。こうして立ったからには、ぜひともお役に立ちたいもの」


 感動する二人の騎士をよそにエレンは、


「ふう、やっと見つけたよ、旦那」

「エレン、傷はもういいのか?」

「寝てるわけにも行かないからね、レーンにぴぴっと直してもらったさ」


 そうは言うが、この寒空の下で汗ばんでいる。

 骨折などはすぐには治らないというし、たぶんまだ痛いんだろう。

 エレンにも確認したが、すぐにこの地区担当の騎士がやってくるらしい。

 合流次第、俺達は彼らの護衛として家々を回り、注意を促していく事となる。

 いかに屈強な騎士といえども、人殺しを生業とする連中に複数で囲まれては命が危ない。

 ヒーロー物じゃないわけで、頭数はどうしても必要なのだ。

 それまでは引き続き巡回だ。

 普段着に大きな剣をぶら下げた集団がウロウロしていると人目を引くようで、祭り見学の人々もおっかなびっくり俺たちを遠巻きに眺めている。

 まあ、これだけ目立っていれば、それだけでも意味があるだろう。


「それにしても、まだこれだけ人がいるのに、襲ったりできるもんかな?」


 エレンに尋ねると、


「逃げるには有利だからねえ」

「そうかもしれんが、襲ってる最中に叫ばれたらかえって人が駆けつけやすいだろう」

「沈黙の術でも持ってるのかな?」

「何だそりゃ?」

「物音を消す呪文さ。遠目、遠耳、沈黙、遮蔽。魔法を使う盗賊なら誰もが欲しがる術でね。これらをひとつでも持ってりゃ、そりゃあ便利なもんさ。もっともベテランほど術は邪道だって言うけどね」


 物音を消すのか。

 ノイズキャンセリングヘッドホンみたいなもんかな?


「しかしそうなると、ますますどこを狙うかわからんな。そうだエレン、お前ならどこを襲う?」

「そう言われてもねえ、そもそも、僕がやるなら早朝皆が寝静まった頃、誰にも見られずにそっと忍びこむだろうし」

「芸術的にってやつか」

「そのとおりさ。そうだなあ、なにかヒントがあればねえ……」

「ヒント?」

「あの規模の強盗だとね、いきなり押し込んだりはしないんだよ。事前にスパイを送り込んで下調べをするもんさ」

「皆殺しにするんでもか?」

「そりゃあね、まずはお宝がちゃんとあるかどうかを調べるのさ。金持ちと言ってもみんながみんな現物を貯めこんでるわけじゃないし。盗むならお金や宝石じゃないと」

「なるほど」

「そうじゃないと無駄骨を折るかもしれないし、腕の立つ用心棒が居るかもしれない。皆殺しだってそういうリスクはあるからね」

「ほほう」

「だから、そうだな……不審な人影をよく見るとか、胡散臭い使用人が急に暇を貰った、みたいな話があると怪しいねえ……」

「ほほう……」


 なんかどっかで聞いたな?

 どこだっけ?

 あれは……。


「イミアだっ!」

「なんだい、藪から棒に」

「イ、イミアが言ってたぞ、雇ったばっかりの人間がすぐにやめちまったとか何とか、祖父がぼやいてたって」

「ほんとかい?」

「ああ、つい先日だって」

「それだよ! 彼女の実家はここ数十年程でメキメキでかくなってて、金蔵はお宝で唸ってるって評判だよ。しかも運送屋は現金の用意も多いし」

「まじかよ」

「はずれでも構わないから急ごう、彼女の家はここからすぐだ、旦那は燕に連絡を! 彼女は今、赤竜の詰め所に居るよ」

「わかった!」


 燕に連絡を入れて、俺達はイミアの家に向かう。

 駆けつけた時には間一髪だった。

 物乞いに扮した男が裏口から声をかけ、追い払おうと使用人が出てきたところに強盗の集団が押し寄せたのだ。

 まさに中に押し入ろうとしたその瞬間、俺達が駆けつけたわけだ。

 いくら手練の強盗とは言え、背後から屈強な騎士集団に襲われればひとたまりもない。

 半数がその場で切り捨てられ、残りも全員、取り押さえられた。


 こちらは騎士が数名、かすり傷を追っただけでほぼ無傷だった。

 家のものは応対に出た使用人が重傷だというが、幸い命は取り留めたらしい。

 突然の事態に家中が混乱していたが、片付いたと知って家長でありイミアの祖父であるボーアがメリエシウムに礼を述べる。


「よもや儂等のような成り上がりのエィタに、高名な騎士様から救いの手を差し伸べていただけるなど、感謝の言葉もございませんわい」

「騎士の盾は地上の民すべてを守るもの。それに、今の私どもは見ての通りの義勇兵、通りすがりの腕自慢に過ぎないのですよ」

「ほほ、これは一本取られましたな。では、無粋なことは申しますまい。ただ、命の恩人に商人なりのお礼を差し上げたいと申しても、お断りはしますまいな?」

「ええ、喜んで。事が片付けば、お受けいたしましょう」


 メリエシウムは思ったよりも融通がきくな。

 そこは団長の器ってやつか。


「サワクロさん!」


 そう言って駆け寄ってきたのはイミアだった。

 すでにうちに戻っていたらしい。


「ようイミア、怪我はなかったかい?」

「どうしてここに?」

「なに、心配で駆けつけたのさ。サウは? 一緒じゃないのかい」

「今夜は徹夜で準備するって言って、サワクロさんのお宅に」

「そうか、まあ無事ならいい」

「びっくりしました。強盗なんて……」

「ああ、怖かったろう。でも、もう大丈夫。悪い奴らはあの頼もしいレディがやっつけてくれたからね」

「あのお方は?」

「通りすがりの正義の味方さ。しっかり礼を言っといで」

「はい」


 メリエシウムのもとに駆け寄るイミアと入れ違いに、祖父のボーアがやってくる。


「お主がサワクロか。孫達から話は聞いておったが」

「はじめまして、お孫さんにはお世話になっております」

「ふむ、あの方のお話では、お主のおかげで助かったようじゃな」

「とんでもない、全ては彼女のご決断のおかげ」

「じゃが一応礼は言うておこう。商売で困ったことがあれば、一度ぐらいは手を貸してやらんでもない」

「ありがとうございます」


 うーん、手強そうだ。

 その後、駆けつけたポーン達によって、七月の血風団はしょっぴかれていった。

 後で聞いた話だが、全員が一網打尽となったらしい。

 つまり、隠れ家に向かっていたエディの方は空振りだったというわけだ。


 イミアに別れを告げて、俺達は引き上げる。

 せっかくなので、商店街に白象のご面々を招待してご馳走しようと考えたわけだが、団員たちは港に戻るという。

 ダメ元でメリエシウムだけ誘ってみたら、なんとOKだった。


「せっかくですから、祭りの見学など、してみたいのですが」


 控えめな彼女の提案を受け入れる。

 怪我が治りきっていないエレンをエーメスの馬で帰して、二人っきりのデートと洒落こんだ。


「賑やかですね、こうして祭りを見るのは何年ぶりでしょう」

「本当に賑やかだ、私は今年が初めてですが、とても活気がある」

「ええ、いつも湖越しに眺めていましたが、またこうして歩ける日が来るなんて……」


 たわいない話をしながら、祭りの街を練り歩く。

 彼女はただ、こうして歩いているだけで満足しているようだった。

 祭りの明かりに照らしだされる彼女は、随分と眩しくて、俺はなんだかのぼせてきちまったようだ。

 彼女の魅力に、頭がポーッとしてくる。

 恋かな?

 いや、まてよ?

 なんか……変かも。


「紳士様?」


 あたまが、ふわっと……。


「紳士様? 紳士様!?」


 メリエシウムの声がグルグルと頭のなかでこだまする。

 なんだか意識がふわっと飛んで……あとは覚えてない。




 お囃子が聞こえる。

 祭りの太鼓……盆踊りだ。

 俺は誰かに手を引かれて歩いている。

 懐かしい手の感触。

 そうだ、懐かしい……懐かしい夢だ。


 女学生の背中を見つめながら、俺は小走りに手を引かれていく。

 この先には楽しい祭りが待っている。

 綿菓子にヨーヨー、打ち上げ花火。

 きらびやかな提灯に、立ちこめるソースの香り。

 あの懐かしい祭りを、もう一度見てみたい。

 もう一度、みんなで……。




 ひんやりと冷たい感触。

 体がすっと楽になる。


「具合はどうかしら、ハニー」


 エディの声だ。


「ああ、だいぶ楽になった」


 だがまだ、まぶたが腫れぼったくて重い。

 あれか、風邪だったのか。

 どうりで朝から妙にけだるいと思ったんだ。

 緊張のせいで動悸が乱れてるのかと思ってたよ。

 風邪なんて何年ぶりだろうな。


「そろそろ起きられそう?」


 ふたたびエディの声。

 どうやら、俺は彼女に膝枕されてるらしい。

 この頭の感触は膝枕だ。


「うーん、もうちょっと……」


 そう言って太ももを撫でる。

 うーん、結構細いな。

 見た目はもっと太かったのに。


「見た目より細いんだな、ダーリン」

「ばかね、それは私の足じゃないわよ」

「あの、紳士様……こまります」


 この声は……メリエシウム!?

 ガバリと飛び起きると、顔を真っ赤にしたメリエシウムが座っていた。


「あ、いや、こりゃ、その、どうも……」

「いえ、その」


 思わず言葉に詰まって、二人で赤くなる。


「まったく、人がとんぼ返りで戻ってみれば全部片付いてるし、目の前でいちゃつかれるし、散々だわ」


 とエディ。


「ち、ちがいます、これはその……」

「そうだぞ、エディ。これは不可抗力だ」

「まあいいけど」


 どうやら俺たちは、街の酒場の一室にいるらしい。

 突然倒れた俺を抱えて動揺するメリエシウムのところに、遠征中、連絡を受けて戻ったばかりのエディが駆けつけたんだそうだ。

 あとはメリエシウムが回復呪文で風邪を直してくれていたところだった。


「さて、ハニーが起きたところで、改めて礼を言わせてもらうわ。本当にありがとう、おかげでどうにか街は守れたわ」

「そんな、顔をおあげください、エンディミュウム様。今の私はただの私人……」

「ええ、私も見ての通り私服だもの、だからいいのよ」

「ふふ、そのようですね、エンディミュウム様」

「そのようよ。せっかくだから、プライベートではエディと呼んでもらえると嬉しいわ」

「では、私もメリーと」

「了解よ、メリー」

「ありがとうございます、エディ」


 二人の団長が仲良く打ち解けたところで、俺はまた気分が悪くなってきた。

 こりゃ、本格的に風邪だなあ。


「私の術では、これ以上は無理です。医者か僧侶にお見せしたほうが」

「そうしよう、悪いが引き上げさせてもらうよ。明日も忙しいんだ」

「送ってくわ、メリーも一緒にいらっしゃいな。彼を送り届けたら、祭りを案内したいわ」

「よろこんで、エディ」


 名残惜しいが、俺はうちに帰ると二人と別れて早々に寝込んでしまった。

 寝ている間にレーンとハーエルが交代で治療してくれたようで、朝にはほとんど治っていたが、あのあと二人はどうしたんだろうな。

 そっちも気になるが、今日は祭りの正念場、チェスの大会とライブがあるのだ。

 こいつを全力で成功させるのが、今の俺の仕事だ。

 やるで!

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