第36話 狩り
狭い部屋のど真ん中、俺の目の前にお姫様がいる。
なんだかすごく豪華なドレスを着て、優雅にウェーブしたブロンドで、ガラス細工みたいにほっそりと繊細なようでいてナイスバディな、まごうことなきお姫様だ。
でもって、首には奴隷の印である、隷属の首輪をつけている。
ただし、前にアンから貰ったやつではなく、金ピカのゴージャスなものを。
どうしてこうなった?
「それはー、ご主人様がクレナイほどの人形を賭けるのですからー、相手もそれにふさわしい対価を賭けるのが当然ですよー」
とデュースが説明してくれた。
俺はてっきり紅を賭けての勝負だと思っていたので全く想像もしてなかったよ。
たしかに、紅は俺のものになっていたんだから、俺が差し出すだけだと不公平なのか。
よくわからんが。
決闘の間中、紅の隣に座ってたらしいがまったく目に入らなかったからなあ。
とにかく、オルエンのことが心配で動揺してたからだけど。
「でも、この子、人間だよな?」
「はいー、ナアスス家といえばー、極上の娘を諸家に差し出すことで影響力を持つー、古い家柄ですねー」
なんだろう、ハプスブルグ家みたいなもん?
「いや、そうじゃなくてほら、君たちみたいに相性とかそういうのは……」
「大丈夫ですよー、完璧に教育されていますから、私達とは違った意味で主人に絶対の忠誠をちかいますよー」
「そうなのか。でも、昨日まではあのボル野郎に忠誠を誓ってたんじゃ?」
「あの方は筋金入りの人形好きなのでー、生身の人間には手を出さないそうですよー。手を出していれば価値も下がりますしー」
そ、そんなものか。
なんかこれ以上聞かないほうがいい気がしてきた。
「そうですねー、折角なので無心で楽しむべきですねー。一流のテクニックを身につけているはずですから、きっと凄いと思いますよー。私達も後で教わりたいですねー」
という訳で、楽しんでみた。
はい、凄かったです。
紅も凄かったんだけど、あれはなんというか、クラスメートの中で誰がかわいいだの胸がでかいだのを比べてるところに、突然アイドルが転校してきた、みたいな凄さなのよ。
この姫奴隷のエクの場合は、そんなこと言い合ってる童貞少年の前に突然ラスベガスの高級コールガールが現れてもてあそばれる、みたいな。
いや、なんの話だっけ?
とにかくだな。
なにこれ、俺の体ってこんなふうになっちゃうの?
ってぐらい、あの手この手で楽しませてくれました。
いやあ、人間の体って奥が深いなあ。
周りで見ていたメイドたちもあっけにとられる程なので。
俺、この先どうなっちゃうんだろう。
ただし、姫奴隷のエクは、ご奉仕しか出来なかった。
そもそも、陽の当たる場所に出たことが、二回しかないらしい。
ボルボルの元に贈られた時と、今日の試合の時だ。
「私は愛玩物でございます。この体をお楽しみいただくことしか出来ぬ、愚か者でございますれば、あるじ様のお情けを頼みに生かされるのみでございます」
などと意味不明の言葉遣いでしなだれる。
はかなくてエロい。
何をどうやったら、こんな人間が出来上がるんだろう。
ちょっとこの娘は俺にはまだハイレベルすぎる気がしてきたぞ。
とにかく、今日の主役はオルエンだ。
オルエンの勝利を祝おう、そうしよう。
そういえば、エレンはうまくやったんだろうか?
「それがもう、すっごく儲かっちゃってさー」
とエレンはいつになく悪い顔で微笑む。
そうかそうか、お前もちょっと別方向でレベルが高いな。
あがりは後日入るようだが、すでにアンに差し押さえられているらしい。
「これで、何かあっても旅には出られます。エレン、あなたの忠誠を頼もしく思いますよ」
などと、ことさらかしこまって言われたら、エレンも逃れられなかったそうだ。
それでも、今日はアンのへそくりから凄いごちそうが出た。
しかも、近所の料理屋から出前。
子供の頃、出前のお寿司みたいなのに憧れてたんだよなあ。
色々あって、子供の頃は食べる機会がなかったからな。
学生時代は金がなくて出前なんて贅沢はできなかったし、就職してからは食いに出たほうが早かったしな。
しかも、へそくりからごちそうって、なんだか凄くアットホームな気がしませんかね。
という訳で、しこたま飲んで食ってナニして寝た。
これでいいのだ。
それから、数日が過ぎた。
紅とエクの二人が増えた以外、特に変わりはない、と言いたいところだが、実は変化があった。
店にオルエンのファンが現れるようになったのだ。
美しい女騎士が、これまた美しい人形を賭けて決闘したのだから、話題にならないわけがない。
貴族の若い女性の間では、オルエンのファンクラブも出来たとか出来ないとか。
二人は運命で結ばれた恋人だという説も流れているそうだ。
そそるシチュエーションだな。
当のオルエンはあの口下手なので、若い娘に囲まれたら身動きが取れなくなってしまう。
その結果、部屋に引きこもることが多くなってしまった。
気の毒に。
見かねたメイド長のアンが、狩りにでも行ってきてはどうでしょう、と提案するので、行ってみることにした。
狩りは騎士にとって、修行と娯楽を兼ね揃えた、欠かせないものらしい。
夜が明ける前に街を出て、以前アフリエールの祖父母の依頼で登った、ズドウ山の麓まで来た。
今日は山には登らずに、森に入る。
秋にはまだ早いが、一部には色づく木もある。
夏も終わるんだなあ。
以前知り合った猟師を尋ねると、色々教えてくれた。
どうも鹿が増えているらしい。
鹿って美味しいのかな?
「土地に……寄りますが、ここのは癖が少なく、食べやすい……かと」
とオルエンが教えてくれる。
久しぶりに取り巻きから開放されて、健やかだ。
今日のメンツは、オルエンの他にエレンとデュースとフルン、あとは珍しくペイルーンだ。
「アフリエールが結構仕事を覚えてくれたので、たまにはね」
とのことだ。
デュースに学んだ魔法の練習もしたいらしい。
「獲物を丸焦げにするなよ」
「丸焦げにできるほどの魔力があればねえ」
たしかに、デュースだと骨も残らなそうだけどな。
今日のオルエンは弓を持っている。
エレンのものより一回り大きい。
矢も太い。
試しに引かせてもらったが、俺には引けなかった。
同時に試したエレンの弓でも引くだけで精一杯だったので、そりゃそうか。
弓も魔法も使えない俺とフルンは、追い立て役らしい。
犬耳のフルンは、まるで猟犬のように駆け回りながら、獲物を追い立てる。
一方の俺は、おろおろと走り回るだけ。
そもそも俺はどこに獲物が潜んでいるのかわからない。
指差されても、ただの茂みにしか見えないので、正直、全然役に立ってなかった。
俺ってやつは……。
途方に暮れているとペイルーンが黒焦げになった鳥をぶら下げてきた。
「みてみて、思ったよりパワーアップしたみたい!」
気の毒なことを。
ちゃんと食えよ。
そうする間にも、オルエンは軽快に駆けまわり、狩りを楽しんでいた。
大物の鹿も仕留めたようだ。
色々あったが、オルエンがすっかり元気になったのでよしとしよう。
他にもおまけがあった。
思った以上に肉が入手できたことだ。
凄いぞ、肉って買わなくても狩ればいいんだ。
そういう発想がなかったぜ。
昼時になると、火をおこして捉えたばかりの獲物を捌く。
オルエンが目の前で大きな鹿を木に吊るして、内蔵をドバドバと引き出しているのをモロに見て腰を抜かしかけた。
「旦那も、うぶだねえ」
隣で同じくうさぎの身をそいでいたエレンが冷やかす。
「すんません、そういうのはちょっと刺激が強いです」
「村では、獲物の切り分けは一家のお父さんの仕事だったんだよー、ご主人さまもがんばらないとー」
フルンにまで言われてしまった。
サバイバルも大変だな……。
だが、解体されて肉になってしまえば平気だった。
うまい。
「しっかり焼いてくださいねー。冷凍できれば生でも美味しいんですけどねー」
生肉かー、寄生虫とかが怖いもんな。
凍らせれば平気なのか、知らなかったぜ。
となりでもぐもぐ食べていたペイルーンがエレンに話しかける。
「私も弓の練習をしようかしら。いるわよね」
「そうだね、クロスボウとかでいいんじゃないかな?」
「クロスボウ?」
「知らない? こう、機械的に弓をひく仕組みがあって、引き金を引くと矢が出るんだ。力もいらないし、狙いもつけやすいので便利だよ」
クロスボウか、便利そうだな。
「機械弓はー、ずいぶん前に合戦での使用が禁止されたことがありましてー、今でも地位のある人が使う武器ではないですねー」
とデュースが説明する。
「つまり、俺は使わないほうがいいということか」
「ですねー」
「面倒だな、俺も飛び道具が欲しいぜ。そういえば鉄砲とかないのかな?」
「鉄砲ですかー?」
「こう、火薬で弾を飛ばす武器だけど」
「ははあ、機械式の銃ですねー、聞いたことはありますよー。昔はあったそうですがー、精度は悪いし威力も魔法ほどではないのでー、あまり流行らなかったようですねー。精霊銃ならありますけどー」
精霊銃ってなんかカッコイイな。
機械式じゃない銃なのか。
「精霊石に魔法を込めて打ち出すんですよー。簡単な魔法しか込められないので実戦向けではないですがー、手に入れば護身用にいいかもしれませんねー。お高いですけどー」
そうなのか。
やっぱ魔法があると色んな所が変わってくるもんだな。
持ちきれないほどとれたので、猟師に頼んで荷馬車で家まで運んでもらうことにする。
馬車も便利だなあ。
「旅に出るときはー、大きな幌馬車で行こうと考えてますよー」
とデュース。
「そうなのか、馬車って高くないのか?」
「安くはないですけどー、それも予算のうちですよー」
「そうだったのか」
「私達はともかくー、長旅が向かない娘もいますからー」
「そうかもしれん。とくにエクなんか自分で歩くと足が折れそうだ」
「年が明けたら、そうした支度も始めないといけませんねー」
そうだな。
もう、半年もないのか。
ほんとに大丈夫なんだろうか。
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