紳士は異世界でメイドハーレムの夢をみる

むらのとみのり

1章 紳士と従者

第1話 プロローグ

 二日酔いの頭をもたげて時計を見ると昼過ぎだった。

 せんべい布団に再び顔を埋める。

 体がだるい。

 やはり酒は楽しく飲むに限るな。

 俺達はよくやったと思うよ。

 でも、それも昨日で終わりだ。

 会社は潰れ、俺達は路頭に迷った。

 社長のつらそうな顔が忘れられないよ。


 どうにも眠れなくなって起き上がった。

 シャワーで水とお湯を交互に浴びて、どうにか頭も覚めてくる。

 冷蔵庫を開けるとビールが二本ほど入っていたが、迎え酒という気分でもない。

 かわりに冷えた水で、胃薬とビタミン剤をまとめて飲み干した。


 そうそう、俺の名は黒澤久隆くろさわひさたか

 歳は三十を幾つか過ぎたところ。

 まあ、平凡な独身サラリーマンってやつだ。

 昨日まではな。

 しかしどうしたもんか。

 取引先や友人からの誘いはあるが、ちょっと違うことを始めてみたい気もする。

 金は、実は結構ある。

 祖母の遺産にも手を付けてないしな。

 その前に旅行でも行こうかな。

 外国でもぶらぶらしてくれば、気分も切り替わるかも……。


 ああ、だめだ。

 考えるのも面倒だ。

 呼び鈴が鳴る。

 職場に近いというだけで借りたこの安アパートにくるのは、宅配か勧誘のどちらかだ。

 前者は覚えがないので、どうせつまらない勧誘だろう。

 新興宗教だと、今の俺ならうっかり聞き入ってしまうかもしれない。

 無視を決め込んでいると、更に数回、激しく押される。


「黒澤さーん、いませんかー、いるんでしょー、返事をしなさーい」


 子供っぽい女の声だ。

 どこか聞き覚えが有る。

 たしか、隣の女子高生……、いや中学生だったか?

 今時、毎朝挨拶する感心な娘だ。

 不審者には自分から挨拶するように子供に教えるところもあるそうだが、俺が不審者だった試しはないので、いい娘に違いない。

 はて、回覧板か?

 顔を出すと、はたして隣の娘だった。


「やあ、判子はんこちゃん。どうしたん……」


 俺が話し終わるより早く、娘は俺をひきずり出した。


「うわっ!」


 小柄な体のどこにそんな力があるのかわからなかったが、ゴミ袋でも放り投げるかのように、俺は通路に引きずり出され、そのままマウントポジションに持ち込まれる。


「あー、もう、お酒臭い」


 そう言って俺を押し倒した彼女の手には、何やら図太い注射器のようなものが!


を埋め込む時間がないので、応急ですがいいですね!」

「え、ちょ、ま……」


 そう言ってその図太い注射器を俺の心臓に突き立てた。


「ぎゃああああああっ!!」


 とっさに大声で叫んだものの、あまり痛くない。

 それよりも、なんだか急に体が軽くなって……。


「ふう、どうやら間に合いましたね」


 それが俺が聞いた彼女の最後のセリフだった。


 次に気がつくと真っ白いの中にいた。

 ここはどこだ?

 どうにも意識が定まらない。

 ぼんやりしている。

 まだ、酒が抜けてないのかな?

 どこからともなく声が聞こえる。


「なんじゃ、主殿あるじどの、また寝ぼけておるのか?」


 ドスの利いたハスキーボイスは、なんだか懐かしい気がする。


「そうみたいだな」


 と、答えてから、はて今の声は誰だったかな、と首を傾げる。

 聞き覚えはあるんだけど……。


「寝ぼけておると、枝から落ちるぞ。ほれ、掴まれ」


 そう言って、モヤの中から腕がとびだし、俺の手をつかむ。

 その手は俺をグイグイと引っ張り、明るいほうへと連れて行く。


「うん、どうした主殿。シーサのメス犬の臭いがするのう、浮気はイカンぞ」


 シーサ?

 それに……君は誰だ?


「呆れた主殿じゃ、まだ出会っておらぬというだけで、わしのことを忘れるとは、あとでたんとお仕置きじゃな、フフフ」




 凄みのある笑い声に、ちょっと身震いして、俺は目が覚めた。

 目覚めた場所は、ジメジメとした石畳のうえだった。

 はて、なんでこんな所に。

 記憶が曖昧だ。

 最初に思い出したのは、会社が倒産したこと。

 IT系の小さな会社で受託なんかで細々とやっていたが、自社開発に切り替えた途端に景気が悪くなったり、某証券会社の不祥事があったり、あとあれやこれやで、急に業績が悪化。

 気がついたら、会社がなくなってしまった。

 まあ、この業界だとよくある話だ。

 十年からの付き合いだった同僚や仕事場と別れを告げ、駅前の居酒屋でやけ酒した挙句、ここで酔いつぶれてたのか?

 いや、家に帰った記憶はあるが……、もっともあれは夢だったのかもしれない。


 体を起こす。

 どうやらここはどこかの路地裏のようだ。

 この場所は薄暗いが、空を見ると明るい。

 まだ、昼間なのだろう。

 そして妙に寒い。

 よく見るとパンツ一丁だった。


「まじかよっ!!」


 身ぐるみ剥がされたのか!?

 どこか知らんが、いくらなんでもそりゃないだろ。

 盗むならせめて財布だけにしといてくれ。

 まさか、男の子の大事なものまで奪われてないだろうな。

 二、三発くしゃみをして、凍えながら場所を移動する。

 とにかく、交番にでも駆け込んでどうにかしないと。

 それにしても体がだるい。

 やはり二日酔いか。

 思うように動かない体を引きずりながら、表通りを目指す。

 こっちであってるんだろうか?

 よくわからないが、こっちに誰かいるような気がする。

 なぜだろう。


 だいたい、なんでパンツ一丁なんだよ、追い剥ぎにしてももう少し……。

 あれ、そういえばやっぱり俺、パンツだけで部屋で寝てたような?

 で、隣の判子ちゃんが来たから……やべ、俺、女子中学生の前にパンツ一丁で出ちゃったよ、不審者過ぎる。

 取り乱しかけた俺の前に、急に人影が現れる。

 小柄な少女だ。

 しかもメイドさんだ。

 どこかの客引きか。

 にしてはちょっと幼くみえる。


「あ、あの……」

「ごめんよ、近くに交番はないかい? 身ぐるみ剥がされちゃってね、ははは」


 驚いている少女に愛想笑いを浮かべつつ、取り繕う。

 パンツがあっただけまだましか。

 いやいや、パンツ一丁でも十分不審者だ。


「紳士様、なんてひどい目に……。さあ、お手を」


 少女は健気にも手を貸してくれようとしたが、さすがにこの格好では気が引ける。

 それにしても紳士様か。

 メイドってご主人様じゃないのか?

 まあ、色いろあるんだろう。


「いや、大丈夫。それよりも警察を……」


 と言いかけた所で、地面につまずいてよろめく。

 靴もないのだから仕方がない。

 とっさに手を差し伸べた少女の体が俺に触れ……次の瞬間、真っ赤に輝きだした。


「あ!?」

「うわ」


 俺は思わず驚いて身を引く。

 少女も驚いていたようだが、自分の輝く身体にではないようだ。

 輝く体の少女は、驚きと喜びの表情をうかべて、こう言った。


「あなたが、私のなのですね」

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