窓際アニメ研究会
我が校にて三十年の歴史を持つ「窓際アニメ研究会」(通称:窓研)には三人の部員がいる。三年生で部長の私、二年生で副部長のハルちゃん、同じく二年生のカズ君だ。後継者不足という研究会の存続に関わる課題を抱えながらも、私たち三人は日々つつましく窓研の活動にいそしんでいる。
窓際の一番後ろの席というのは、これまで数多のアニメにおいて主人公およびヒロインに与えられてきた名誉ある席である。その席は教室の端でありながら学校生活という青春物語の中心地である。そして数多くの生徒たちが隣の席の女の子(あるいは男の子)に胸をときめかせてきた由緒正しき恋愛の聖地でもある。私たち窓研の表向きの活動は、主人公が窓際の後ろの席に座っているアニメの鑑賞、アーカイブ、およびその研究である。私たちはこうしたアニメを「窓際アニメ」と呼んでいる。
窓際アニメという研究分野において、ハルちゃんほど知見に富んだ研究者はいない。ハルちゃんは古今東西ありとあらゆる窓際アニメを網羅し、その特性を独自にジャンル分けして記録している。
彼女によれば、窓際アニメの起源は産業革命時代のイギリスにさかのぼる。十八世紀後半のイギリスでは蒸気機関を用いた製造業が手工業にとって代わり、それと同時に工場での労働力とするための人材を育てる教室型の学校教育制度が急速に整備された。ここで初めて、窓際の一番後ろの席という相対的な座席の位置づけが可能となった。この時期に活動したジャーナリストであるソンナバ・カーナ氏が1790年に出版した小説『うしろのロッカー』こそ、窓際アニメの起源であるとハルちゃんは主張している。『うしろのロッカー』は、1)主人公が窓際の一番後ろの席に座っていること、2)主人公の隣あるいは前の席に異性の生徒が座っていること、3)その二人の恋愛模様が描かれること、という三つの窓際アニメの条件を満たした最古の物語である。
こうしてハルちゃんは窓際アニメに関する諸問題の研究に日々没頭しているわけだが、この活動は窓研の表向きの活動に過ぎない。したがって、表には出せない裏の活動が存在するのである。それはずばり、窓際の一番後ろの席の引き当て代行である。
前述のとおり、窓際の一番後ろの席は多くの学生の憧れの的である。しかしその席を獲得するには、月に一度開催される席替えというギャンブルに勝利しなければいけない。一クラス四十名のうち、その名誉ある席を獲得できる人間はたったの一人である。しかも、運よくその席を獲得できたとしても、翌月には再びギャンブルが行われせっかく獲得した席を追われるのが世の常だ。いかに長く窓際の一番後ろの席に居続けるか、ということが生徒たちの学校生活で最大の関心事なのである。
そこで暗躍を見せるのが我が窓研である。我々は生徒から賄賂を受け取り、その生徒が席替えで窓際の一番後ろの席を獲得できるように便宜を図るのである。
後輩のカズ君はこの活動のスペシャリストである。容姿端麗で文武両道の彼は、誰からも愛される天才的八方美人の才能を持っている。その才を活かし、彼はまず各クラスの席替えを取り仕切る学級委員に接触する。瞬く間に学級委員に心を開かせると、それとなく席替えのくじを工作の話を持ち掛ける。もちろんそのためには正当な理由をでっちあげる必要がある。例えば、誰それは目が悪いから黒板の近くの席が良い、誰それは頻尿だから廊下側の席が良い、誰それは座高が高いから後ろの席が良い、という風に、クラス全体の利益のためにくじの工作を提案するのである。カズ君にすっかり心を許している学級委員は、彼の建設的で親身な提案を快く受け入れてしまう。すると魔法にかけられたように、賄賂を贈った生徒が窓際の一番後ろの席を獲得している、という寸法である。
カズ君はこの手法で何億円もの富を我が窓研にもたらしてきた。その富の一部は表向きの研究活動の費用に回され、残りの大部分は我々三人の野望のために使われるのである。その野望とは、国産のあらゆるアニメを窓際アニメにすることである。窓際アニメを主な栄養源としている我々に言わせれば、日本には窓際アニメがまだまだ足りていない。日本アニメの窓際化を進めるため、私はアニメの製作委員会への出資を行い、そのプロットに対する啓発活動を行っている。アニメはすべからく窓際たれ、というのが私のモットーだ。北海道から沖縄まであらゆるアニメ製作委員会に出席し、アニメの窓際アニメ化を推進するのが私の活動である。
我が窓研はまだまだ発展途上にある。これからもハルちゃんは表向きの研究活動を進め、カズ君は席替えの工作を行い、私は製作委員会への出資を続ける。目下の窓研の課題は後継者の不足である。我々の野望に賛同する強い心の持ち主を探すため、私は秘密裏に一年生全員のステータスを洗い出す任務を背負っている。未来の窓研の繁栄、そして日本アニメ業界の栄光のため、誠意をもってこの任務にあたる所存である。
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