第77話 ばんざーい
「新しい武器が出来るまでの間にリーネが使う剣、俺が創るよ」
「ん?」
「え?」
当然のごとくルナリアの頭を撫でながら告げるトモヤの提案に、リーネとフラーゼは要領を得ないかのようにきょとんと首を傾げる。
より詳しく話すことにする。
「いや、前からちょくちょく俺が創造のスキルで剣を創ることがあっただろ?」
「はい? 創造の……スキル?」
何を言っているんだこの人、といった感じで訝しげな表情を浮かべるフラーゼ。
先程の話の中では、途中でリーネがフラーゼの首根っこを掴んで連れて行ったため、トモヤが創造のスキルを持っていることまでは話せていないのだ。
そのことについての説明をする前に、リーネが口を開いた。
「ふむ、たしかにトモヤの創った剣には何度も助けられたが……数度振っただけで壊れるようでは、常時使用するには耐久性に問題があるだろう」
「それもそうだ。けどそこで、俺は一つの解決策を思いついた」
「解決策……?」
「ああ」
頷き、トモヤは虚空に両手を浮かべる。
そして集中する。
これまでは素材などに対して深く思慮することなく、通常の鉄などで剣を創造していた。
そんなもの、トモヤやリーネの力で使用すればすぐ壊れるに決まっている。
ならばどうすればいいか。
簡単な話だ。壊れない素材で剣を創ればいい。
そのためのヒントも、つい先ほどフラーゼの話からもらった。
「創造Lv∞――発動」
トモヤがこの世界に来て見てきた中で最も硬い素材をイメージし、創り上げる。
刀身から鍔、柄に至るまで、素材はそれだけでいい。
そして数秒後――トモヤの手には、“透明の剣”が生み出されていた。
「それは……」
その剣の素材がなんなのか、リーネも気付いたのだろう。
心から驚いたような表情を浮かべている。
(けど――まだ驚くのは早いぞ)
心の中で呟き、トモヤはその剣を構える。
そして言った。
「リーネ、何でもいいから魔法を放ってくれ」
「あ、ああ。分かった――ファイアボール」
リーネから放たれる小さな炎の球。
それに向けてトモヤが透明の剣を振るうと、なんと炎の球は消滅した。
斬られたのではない。その剣に吸収されたのだ。
わずかに、刀身が赤く染まる。
「よし、成功」
トモヤがにっと笑うと、リーネが言った。
「ふむ……トモヤ、やはりその剣は」
「ああ、終焉樹の核の素材を基に創ってみた」
そう、トモヤが考えるこの世界で最も硬い素材とは終焉樹の核のことだった。これならば、リーネが使用しても壊れはしないだろう。
さらに、終焉樹の核にはもともとの性質として魔力を吸収する効果がある。フラーゼによるレッドドラゴンの牙の持つ性質の説明から、トモヤはそのことを思い出していたのである。
世界最硬かつ、尋常ではない魔力吸収能力。
それが、この透明の剣に備わった力だった。
世界最高峰の武器が仕上がったと言ってもいい。
「えっと、その、ちょっと、ちょっといいっすか……?」
ただしその代償として――
「素材なんかの細かいことは分からないんで、長年の経験による直感なんすけど……それ、間違いなくあたしが創る剣より優れてるっすよね。もう、あたしがリーネさんの剣を創る必要なんてないんじゃ……?」
「……あ」
――フラーゼさんのプライドがお亡くなりになった。
「ち、違うんだフラーゼ、べつにお前の創った武器を馬鹿にしようと思ったわけじゃ……」
「いいんです、もういいんですトモヤさん、あたしの価値の程度が知れました。あたしが一生かけて創り上げた武器なんて、トモヤさんの思い付きと作製時間数秒の武器に大きく劣るんです……そうっすねえ、もうそろそろ、鍛冶を生業とするのも潮時っすかねぇ」
「ふ、フラーゼぇぇえええ!」
透明の剣をとりあえずリーネに預け、トモヤはフラーゼを慰めるのに全身全霊をかけていた。
しかし、ちょっとやそっとじゃトモヤの言葉はフラーゼの耳には届かない。ここまでネガティブな思考の持ち主だとは思っていなかった。
いや、職人である以上、自分の努力が否定されるような出来事によってショックを受けるのは当然ではあるのだろうけど。
他にどんな方法で慰めればいいのか。
悩んだ末、トモヤは壁にかけられてある複雑な形をした斧を手に取る。
「いや、俺なんてさ、ほんとに単純な形の武器しか創れないんだよ! ほら、見ててくれ。これみたいに複雑な形をしてたらさ、俺なんかの貧困なイメージ力じゃ創れな――あっ、出来た」
「うぎゃぁあああああ! もうやだぁああああ!」
うっかり才能を開花させてしまったトモヤは、なんとその斧を創造することに成功する。
それを見たフラーゼが絶望の叫びをあげていた。
「こらっ、トモヤ、フラーゼをいじめちゃだめだよっ!」
「ち、違うんだルナ……これは別にイジメてるわけじゃ――あっ、こっちの槍も創れた」
「うわぁぁああん! もう嫌っす! トモヤさん嫌いっす!」
「もうっ、トモヤ!」
「……どうしようこの状況」
トモヤを叱るルナリアに、悲しみの雄叫びをあげ続けるフラーゼ。
混沌と化したその中に飛び込んでくる一つの声があった。
「すまない、トモヤ。どうやら私にはこの剣は使いこなせそうにない」
「えっ?」
それは、三人から少し離れた場所で剣を試しに振っていたリーネの言葉だった。
「確かに耐久性に関しては申し分ない。しかし、問題は魔力の吸収についてだ。どうやらこの剣は、敵の魔法だけでなく、自分の魔法まで吸収してしまうようでな。空斬などが使えない」
「……ということは」
「ああ、残念だが私にはあっていないようだ。すまないな」
二度目の謝罪と共に、リーネはその剣をトモヤに手渡しで返す。
まさかそんな弊害があるとは考えていなかったと、トモヤは反省し――
その瞬間、天才的発想がトモヤの中に降り立った!
「そうだよ……俺はしょせん武器にしろ何にしろ、その外見をなぞって創造するしかできないんだ。そんな物はただの贋作でしかない」
「ど、どうしたんだ急に」
「……トモヤさん?」
「?」
突然の芝居がかったセリフに、リーネたち三人が訝しげな表情を浮かべる。
今だ――と、トモヤはフラーゼに視線を向けた。
「けどフラーゼ、お前は違う!」
「ふぇ?」
何を言われているのか分からないと、フラーゼは素っ頓狂な反応を見せる。
トモヤは剣を投げ捨てそんなフラーゼに歩み寄ると、勢いよくその両肩を掴む。
「なっ、ななっ、なんですかトモヤさん!?」
「聞いてくれフラーゼ!」
「は、はい!」
フラーゼの深い琥珀色の双眸が揺れるのもおかまいなく、トモヤは続ける。
「さっきも言ったとおり、俺なんてせいぜい、世界中に存在するありとあらゆる素材で、どんな形の武器でも創りだせるだけだ!」
「そ、それが化物染みてすごいと思うんすけど……」
「いいや、それは違う! だって俺は、フラーゼが言うような性質の付与なんてできない!」
「えっ?」
きょとんとするフラーゼの前で、トモヤは床に落ちる透明の剣を指さす。
「この剣の魔力吸収だって、初めから素材が持っていた性質でしかない! 俺にはフラーゼのように、いくつかの素材の性質をうまく融合させるなんてできない!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そうだ!」
試したことがないだけで実際はできるのかもしれないが、お構いなくトモヤは続ける。
「けど、フラーゼは違う! お前がこれまで得てきた経験、そして生まれ持った才能は、誰も生み出したことのないような素晴らしい武器を創りだせる!」
「……そ、そうっすかね?」
「そうだ! そうに決まってる! ほんとそうだし絶対そう! それしかないまである!」
「け、けど、やっぱりしょせんあたし程度じゃ――」
「フラーゼ!」
「~~~!!」
どれだけ説得しようとも決定打にならない。
そこでトモヤは、これまでで一番の想いを込めて叫んだ。
「それでも俺は、お前を信じてる!」
「――――あっ、あうぅ」
その魂の叫びを聞き、フラーゼは真っ赤に染め上がった顔からぷしゅーと蒸気を発する。完全におちた瞬間だった。
トモヤがゆっくりと両肩から手をどけると、フラーゼはトモヤから逃れるようにいったん後ろを向く。
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく顔を前に向けた時、まだ赤く染まってはいるものの、その瞳には力強い意志が込められていた。
「そそ、そうっすよね! あたしは天才っす! トモヤさんが言うんなら間違いないっすよ!」
「そうだ! フラーゼは天才だ!」
「あたし、ばんざーい!」
「フラーゼ、ばんざーい!」
「「ばんざーい! ばんざーい!」」
トモヤとフラーゼは向かい合って何度も両手をあげて喜びを露わにする。
これまで長い時間をかけて築き上げてきたキャラが根本から瓦解していく気がするが、トモヤはもう深くは考えないことにした。
そんな光景を離れたところから見る存在が二人。
「うんうん、なかよしなかよしっ!」
「……ルナ、君だけはいつまでもそのままのルナでいてくれ」
「ふえっ?」
嬉しそうに微笑むルナリアと、はぁと溜め息とつくリーネがいた。
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