第59話 砂遊び

 結局あの後、ビーチボールは計10個壊れた。

 リーネが叩くたびに弾け、それを見たトモヤが何だか悲しくなって、自分でも殴って壊してみたりした。彼なりの慰め方だった。

 その度にルナリアに物は大切に扱わなくちゃダメなんだよと怒られるのだった。


「ねぇ、トモヤ。あれなに?」


「ん? ああ、砂で城を作ってるんだよ」


 ルナリアが指を向ける方には、幼い子供たちが協力して城を作る姿があった。

 それを見てルナリアは興味を持ったように目を輝かせている。自分もしてみたいのだろう。

 ルナリアの考えを理解し、トモヤはその頭にぽんっと手を乗せる。


「よし、じゃあ俺達もやってみるか」


「っ! うんっ!」


 その後、トモヤ達は海から出て遊ぶ場所を砂浜に移動した。

 ルナリアに数回怒られてしょぼーんとしているリーネも遅れてついてくる。


「砂遊びで必要な物といったら……スコップや霧吹きくらいか?」


 あまり砂遊びをした経験はなく知識もあいまいだが、なんとか思い出せる限りの物を創造する。

 スコップ、霧吹き、バケツ……この程度でどうにかなるだろう。

 ひとまずバケツに海水を入れ、そこからさらに霧吹きにも入れる。


「見たことのない道具だが、これは一体……」


 リーネはその中から霧吹きを持つと、馴染みがないらしく興味深そうに色々な角度から眺める。


「――ッ!? なっ、これは新たな攻撃か」


「いやただの自爆だ」


 その途中で噴射口を自分の顔に向けたままレバーを引き、目に海水が入るという事件が起きたりもした。


「目が痛い……いや、うん、気を取り直そう。トモヤ、ルナ、やるからには立派な城を作るぞ!」


「うん、がんばるっ!」


「ああ」


 やる気満々の二人に合せるように、トモヤは静かに頷くのだった。




 数十分後。


「できたっ!」


 これまで集中して無言だったルナリアが、ぱぁっと表情を輝かせてそう叫んだ。

 彼女の前には高さ50センチ程の城が建っていた。土台は広くしっかりとしており、そこから四角錘状に上に伸び、様々な意匠が施されている。

 大きさは大したことはないものの、クオリティについては数十分で作ったとは思えない良い出来だった。


「ふー。案外、私ほどの年齢になっても熱中できるものなのだな」


「リーネも楽しんでたね!」


「うん、ルナと一緒だったからな」


 ルナリアとリーネはハイタッチしてお互いに喜びを分かち合う。二人で協力してその城を作り出したからだ。

 美少女二人が嬉しそうにする様は外から眺めても十分にその尊さが分かる程の素晴らしき光景である。


 その光景を、トモヤは少し離れたところから三角座りで見ていた。

 

「わーい、すっごーい」


 完全に覇気を失った声。目は死んだ魚のようだった。

 その様子を見かねたリーネがはぁと溜め息をつく。


「こらこらトモヤ。そろそろ機嫌を直してもいいだろう」


「いや別に機嫌悪くないけど」


「30分近くじーっと座り続けている者の言葉じゃないだろう、それ。説得力がなさすぎる」


 なぜこんな状況になっているのか。それは簡単だ。

 数十分前、つまりは砂遊びを初めてすぐ、トモヤは画期的な方法を思いついた。

 そう、地魔法を利用すれば巨大な城が作れるのではないかと。


 結果としてその目論見は成功した。まずは手始めに高さ5メートル程の城を作り出し――そして、この海水浴場の監視員的な人に、他人の迷惑になるので大規模な魔法行使は止めてくださいと怒られた。

 ついでにルナリアにすら、「周りに迷惑かけちゃダメだよ。めっ!」と叱られたので、しょぼーんとしている訳である。まるで先程のリーネのようだ。

 

「よし、復活!」


「うわいきなり跳び上がった」


「そんな虫に対するみたいな反応しなくても……」


 気を取り直しぴょんっと立ち上がると、リーネが小さく驚き呟いた。特に含みのない純粋な反応だっただけに、余計にトモヤの胸にくるものがあった。

 別に新しい扉が開かれそうだとか、そういった類のものではない。


 トモヤはゆっくりとルナリアのもとに歩いて行く。


「それにしても、本当にしっかり出来てるな」


「ほんとう? トモヤにも手伝ってほしかったなっ」


「任せろ、今すぐ地魔法で――」


「それはだめだよっ」


「はい」


 上げた腕を静かに下ろす。

 ルナリアに叱られてまで自分の意思を押し通すつもりはないトモヤだった。


「さて、これからどうするか……」


 しかしそうなると、問題はこれからについてだ。

 ルナリア達の作った城はこの大きさ、形で完成しているし手を加えるべき場所はない。

 となると、砂浜ではなくもう一度海の中で遊ぶのがいいだろうか。水の掛け合いやビーチボールでは遊び終えた。他には何が……


「なあリーネ、何かいい考えはないか? ……リーネ?」


 さっきまでリーネがいた場所に、彼女の姿がないことにトモヤは気付いた。

 さらに広く見渡すと、少し離れた場所にリーネはいた。何やら、ガラの悪い二名の男性と話しているようだった。


(ナンパか何かか? 危ないな……もちろん、男性側が)


 リーネに聞かれたら怒られるようなことを内心で思いながら、もしものことを考えてトモヤはそこに駆け寄っていった。


「ああん? だからちょっとくれぇいいじゃねぇか。俺達と一緒に遊ぼうって言ってんだろ?」


「断る。先程から言っている通り、私には連れがいるからな」


「そんな奴より俺らと遊んだほうが楽しいって。な?」


 言いながら、男性たちはリーネに向けて腕を伸ばす――が。


「――――はいストップ。そこまでだ」


「……トモヤ」


 その直前で、トモヤが割り込んで止めるのだった。

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