第46話 感謝

 最下層から地上まで開けた一本の道。トモヤとリーネが地を蹴り跳び上がり、少し遅れてトレントが生み出した木の螺旋階段を駆けていく。

 地上に出るまで時間は10秒もかからなかった。

 日がちょうど沈みかけており、夕焼け色の風景が視界に飛び込んでくる。


 人が大勢いる。怪我をしている者はいないし、終焉樹が暴走した様子もない。

 そんな中でトモヤは必死に周囲を見渡し、ようやくルナリアを見つけた。

 無事だ。安堵し、彼女の名前を呼ぶ。


「ルナ、無事か――ん?」


 そこでふと気付いた。ルナリアの隣に何かがいた。

 体長5メートルにも至りそうな、白い毛を携えた巨大な狼。

 間違いなく魔物だろう、ただし敵意は感じない。

 その証拠にルナリアはその狼に全身でもたれかかり、もふもふ感を謳歌し、狼も嫌がる素振りを見せはしなかった。

 自動で鑑定発動――《フェンリル》、Sランク上位指定。


「フェンリル!?」


 トモヤは驚きのあまり思わず大声をあげる。

 隣にいるリーネもぽかーんとしている。

 というか周りにいる冒険者達も驚いていた。

 とりあえず事情を尋ねることにする。


「あの、何があったんですか?」


「そ、それが……さっき、いきなり終焉樹が暴れだして俺達に攻撃してきたんだよ。誰も敵わなくて困ってたんだが、突然あの嬢ちゃんが魔法紙からフェンリルを呼び出しやがったんだ。そんで、全部片付けちまったんだよ。いや、自分で言ってて全然何言ってんのか分かんねぇぜ。だってフェンリルだぜ!? 南大陸フルーナ三大神獣の一柱の!」


「そ、そうですか。教えてくれてありがとうございます」


 興奮する冒険者に礼をいいトモヤはその場を後にした。

 終焉樹が暴走した様子がない理由は分かった。既にルナリアたちが片付けた後だったのだ。

 そして考える。どうしてルナリアがそれほどの存在を呼び出すことが出来たのか。つい先ほどまではCランクの魔物を召喚するのが精いっぱいだったはず。

 ――ふと、トモヤはその可能性を思いついた。


「まさか……」


 本当にまさかとは思いつつ、トモヤは再び鑑定を使用した――ルナリアに。


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 ルナリア 12歳 女 レベル:178

 職業:白神子

 攻撃:8500

 防御:9500

 敏捷:9200

 魔力:29000

 魔攻:23600

 魔防:24400

 スキル:治癒魔法Lv5・召喚魔法Lv6・神聖魔法Lv4・隠蔽Lv3・神格召喚


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「………………空が青いなあ」


「いや夕暮れ時だぞ。何を言ってるんだトモヤ」


 突然の不可解なトモヤの呟きに、リーネが変人を見るような目を向けてくる。

 それに対応するほどの余裕はトモヤには存在しなかった。


 いや、こうなった理由自体は察しが付く。

 トモヤは今回の一連の騒動で10体を超えるSランク魔物、そしてランク測定不能というフィーネスをも倒してしまったのだ。その10分の1の経験値がルナリアに渡った結果……このようにステータスが上昇したのだろう。

 召喚魔法のレベルもグンッと上昇し、それがフェンリルを召喚することを可能にしたのだ。


(ノーム……お前まさか、ここまで想定していた訳じゃないだろうな?)


 ルナリアの戦力向上に最適な場――そう言っていたノームのことを、トモヤは思い出すのだった。


『我が主よ。此度の危機は去った。我は住処に戻るが、また何時でも呼び出すがよい』


「うん、わかった! ありがとね、フェイ!」


『うむ』


 頭痛に悩むトモヤはともかくとして。

 そんな会話を残し、フェンリルは白色の光に包まれてその姿を消した。

 それを見届けたルナリアはきょろきょろと周りを見渡す。


「っ! トモヤ!」


 するとルナリアはようやくトモヤ達の存在に気付いたらしく、満面の笑みを浮かべ嬉しそうに駆け寄ってくる。

 トモヤは反射的に膝を曲げ、両腕を広げ待ち構え――そこにルナリアは飛び込んできた。


「る、ルナ?」


 ルナリアはトモヤの胸に顔を強く押し付けたまま言葉を発することはなかった。トモヤの背中に回された細い両腕で、ぎゅーっとトモヤを抱きしめる。

 そんなルナリアの姿を見たトモヤも、何も口にすることなく、彼女を抱きしめながらゆっくりと柔らかな白銀の髪をすくように頭を撫でる。

 するとルナリアは呼応するように頭を左右に揺らしすり寄せてくる。その可愛らしい姿にトモヤからはふっと笑みが零れた。


 どれだけの時間が経っただろうか。暫くそのままの状態が続いた後、ルナリアはすっと顔を胸から離し、トモヤに向けて笑いながら言った。


「おかえり、トモヤ!」


「……ああ、ただいま」


 その挨拶を終えると、もう一度ルナリアはにへへーと笑みを零した後、次はリーネのもとに飛び込んでいった。

 トモヤと交わしたものと似た会話劇が繰り広げられている。


「あの、トモヤさん!」


 一人残されたトモヤのもとに駆け寄って来たのはアンリだ。

 彼女は焦燥感に満ちた表情のまま口を開く。


「そ、その、お父さんは……?」


 トモヤとリーネが二人だけで帰還したことからよくない結果を想像したのだろうか、彼女は不安げな表情を浮かべていた。

 トモヤはそんなアンリを安心させるように、頭の上に手をポンッと乗せた。


「大丈夫だ。ズーヘンさん達は助かったよ……ほら」


「……え?」


 タイミングぴったり。

 終焉樹の中から、ズーヘン達300余名が姿を現す。

 トモヤ達が去った後、トレントが無事送り届けてくれたのだろう。

 その光景を見たアンリは表情を輝かせる。


「お父さん!」


「おお、アンリ!」


 アンリは真っ先に父のもとに向かい全力で抱きしめていた。

 ズーヘンもまた嬉しそうに娘の頭を撫でる。

 アンリ達以外の冒険者も、知り合いたちと抱擁を交わし無事を喜んでいる。


 そんな光景を外側から眺めながら、トモヤは自分の行動が間違っていなかったことを確信するのだった。


「リーネ」


 トモヤはふとそう呼びかける。

 ルナリアを抱きしめていたリーネは、どうしたんだと言ってトモヤを見つめる。

 トモヤは優しく微笑みながら言った。


「今回はまあ何ていうか……ありがとな、色々と」


 もしリーネがいなければ、最下層に向かう際やトレントと出くわした時に正しい判断が出来ず、救助が遅れた可能性もあった。

 リーネはそんな不甲斐ないトモヤを支え助けてくれた。だから伝えたいと思ったのだ。

 そんな様々な含みを込めた感謝の言葉に、リーネは少しだけきょとんとしたあと……かっこよく、だけど可愛らしい笑みを浮かべる。


「どういたしまして……いや、私の方からも感謝を言わせてくれ。ありがとう、トモヤ」


「……? ああ」


 何について感謝されたのかは分からないが、リーネの真っ直ぐな視線を受けて、そう悪いことでもないだろうと、トモヤはゆっくりと、けれど大きく頷いた。



 こうして、後に終焉樹暴走事件として語り継がれる一連の騒動が幕を閉じたのだった。

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