第7話 赤騎士

 突如として割り込んできた声に反応し、トモヤとシンシアの両者は振り返る。

 するとそこには銀色の鎧に身を包んだ、燃え盛る炎のような赤髪を腰下まで伸ばす一人の女性が立っていた。


 翡翠ひすいの眼が興味深そうにトモヤに向けられる。

 というよりも、視線はトモヤの手の中のステータスカードに向けられていた。非常に整った顔立ちには不遜な笑みが張り付けられている。

 そんな彼女の登場に真っ先に反応したのは受付嬢のエイラだった。


「リーネさん! たしか長期依頼に出ていたはずでは」


「その依頼完了を伝えに来ただけだ。Bランク上位指定、《ディオブラドアスラ》の討伐は無事終えさせてもらった。素材は既に運んでもらっている」


「なるほど、分かりました。依頼完了の処理はしておきます……それで、どうしてこのタイミングで現れたんですか?」


「いや、興味深い話が聞こえたから気になっただけだ」


 リーネと呼ばれた女性はエイラとの会話が終わると、再びトモヤ達の方を向く。


「失礼、私はリーネ、一応Bランク冒険者だ。名を尋ねてもよいだろうか」


「トモヤだ」


「私はシンシアです!」


「うん、貴女のことは存じてる。エルニアーチ伯爵家のご息女だな。北区に赴いた際に姿を見たことがある。お父上と顔を合わせたことも何度かあるよ」


 リーネの問いに答えるトモヤとシンシア。

 しかしシンシアが名乗ったときのリーネの反応に対し、シンシア本人はまさか自分のことを知られていると思っていなかったのか目を丸くしていた。


「本当ですか!? ……いえ、待ってください、となるともしかして貴女は赤騎士さんですか?」


「うん、まあ一部の界隈ではそう呼ばれているな」


 だが心当たり自体はあったのか、シンシアの言った予想にリーネは頷いていた。どのような関係なのかとトモヤが疑問を抱いていると、それに気づいたシンシアが教えてくれる。


「えっとですね、トモヤさん。リーネさんは赤騎士という通り名を持った、この町を拠点に活動する有数のBランク冒険者なんです。実はお父様が直々に依頼を要請したこともあるらしくて、エルニアーチ家と縁深い人なんです。タイミングが悪く、これまで私が顔を合わせたことはありませんでしたが……」


「依頼の話は基本的に南区で行われていたからな。貴女のお父上は君をここに連れてくるのを嫌がっているようだったし、仕方のないことだろう……さて、そろそろ本題に戻ろうと思うが」


 そう言って、リーネはトモヤに視線を向ける。

 赤い髪に対してその肌はとても白くきめ細やか、精微に整えられたその容貌は美少女と称する他ない。

 トモヤは自分の胸が高鳴るのを感じながらも、何とか冷静に努める。


「トモヤ、君がキンググレイウルフを一撃で倒したという話は真だろうか? もし本当なら協力してほしい依頼があるのだが」


「それはまあ、本当の話といったら本当だけど」


「よし決まりだ。今日か、明日か。予定はいつから空いている?」


「いや、簡単に信じすぎじゃないか? リーネもさっきの話は聞いていたんだろ? ステータス的にそんなことはあり得ないって」


「ステータスが全てなわけじゃないさ。それ以上に私は自分の目を信じる。その点、君にはそれくらい可能な力を感じるよ」


 そう言うリーネの真っ直ぐな瞳を見てしまえば、トモヤはそれ以上否定することはできなかった。彼女が本気でトモヤの実力を信じているらしいということは痛いほど分かる。

 少しの時間どう答えるか考えるも、実際に答えるときには迷いはなかった。


「ああ、いいよ。誰かと一緒に依頼を受けた方が色々と勉強になると思うし。ただ、何の依頼を受けるのかだけは事前に教えてくれ。それ次第では断ることになるかもしれないしな」


「うん、それは勿論だ。臨時的にパーティを組むことになるが、それについても構わないか?」


「構わない」


 そのトモヤの答えに、リーネは満足そうにうんうんと頷く。

 トモヤ自身それは心からの気持ちだった。トモヤには確かにステータス上は馬鹿げた力を与えられているが、それを生かす場であるこの世界についての知識があまりにも少ない。

 馬車の中でシンシアに聞いた話だけでは全てを賄えたとは到底言うことは出来なかった。


「はぁ、リーネさんにこれ以上何を言っても無駄なのは分かってますが、ユメサキさんがCランクになったのは異空庫のスキルがあるからだけですよ。本当にステータス面ではそれ程の実力はないんですから、きちんと守ってあげてくださいよ」


「うん、分かってるよ」


「……本当に分かっているんですかね。まあ、いいです。それで何の依頼を受けるんですか?」


「レッドドラゴン」


「……へ?」


 リーネの言葉にエイラは素っ頓狂な声を漏らす。トモヤの隣にいるシンシアも、リーネが何を言っているのか分からないといった表情を浮かべていた。

 リーネはそのまま説明を続ける。


「南の山脈にレッドドラゴンが出て生態系が壊れているから、倒してほしいという依頼が領主から出ていただろう。それを受けようと思う。実はレッドドラゴンの牙が新しい武器を作るためにどうしても欲しくてな、うん。レッドドラゴンはAランク中位指定だが何とかなるだろう!」


「むむむ無茶ですよ! BランクとCランクの二名でAランク中位の魔物を倒すなんて! それも一名はステータスだけなら実力はEランク程度……」


「そうです! いくらトモヤさんが強いと言っても、Aランクはさすがに……」


「分かった、それじゃいつ行こうか」


「「えぇー!?」」


 絶対に無理だと主張する二人をよそにトモヤはリーネの申し出を了承する。


「正気ですかトモヤさん!? レッドドラゴンは本当に強いんですよ!」


「その通りです! このギルドで対等に渡り合える人なんていないレベルの魔物です。止めておいた方がいいかと……」


「いや、たぶん大丈夫大丈夫」


 必死に止めようとするシンシアとエイラだが、トモヤは迷わず問題ないことを告げる。

 そのあまりにも緊張感のない様子に二人は言葉を失う。

 その間にこんな状況の生み出した当人であるリーネとトモヤは向かい合い。


「よし、それではよろしく頼む、トモヤ」


「ああ、リーネ」


 お互いに手を交わし、結束を固めているのだった。

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