宗次、また明日な

藤田桜

1


 朝、目が覚めて、この手に抱きしめていたはずのお前の頬に口づけを落とそうとしたとき、その顔に蛇が這っているように見えて、目を疑った。


「宗次、お前、それ……」


 触れてみると、瘡蓋めいた感触が伝わってくる。痣、なのだろうか。柔らかな産毛に覆われていた頬には大きな亀裂が入っている。痛ましかった。赤と黒の渦巻き模様が絡まり合う様はどこか妖しかったけれど、それを遥かに越えるレベルで憎く思う。お前がこんなつらそうな顔をしているのを、見たくはなかった。


「うん。今日もダメやった。怖かった、嫌な夢やった。なあ、ハルくん」


 俺は「どうした」と尋ねる。お前の頬はひどく冷えていた。肩も、背中も。「とりあえず布団被り直せ。風邪引いたら余計しんどくなるぞ」毛布の端を掴んで動かしてやろうとすると、甘ったるい、纏わりつくような匂いが漂った。お前から、嗅いだことのない、知らない匂いがするようになったのは、何度目の晩からだろう。まるで異国の花のようなそれは、汗の臭いでも、二人で使っている柔軟剤の匂いでもなかった。


「ハルくん、もっかい抱きしめて。なるべく強く。ぎゅうって」


 俺は、お前の細い体をへし折るくらいの気持ちで抱きしめる。もしくは、幼い頃、必死に母に縋りついたのと同じように。「お前がどこかにいなくなってしまいそうで」なんて不確かな恐怖ではない。現実に、お前は俺の前から消え去ろうとしていた。望むと望まざるに関わらず、少しずつ、少しずつ、この世のものではなくなっていく。


「もっと、もっと強くして。ハルくん、僕怖い。毎晩体ん中何かが入ってくる」


 ようやくできた返事は「ああ」一つだけだった。こういう時、なんて言えばいい? 分からない。泡のように浮かんだ言葉は、どれもすぐに価値を失っていく。だから俺は力の限りお前を抱きしめる。俺には、それしかできない。お前をここに引き留めるために叫ぶ腕は、まるで幼子のように無力だった。


 お前の息が上がっていく。苦しいんだろう。当たり前だ。こんなことをして、お互い愉快なわけがない。お前が必死にしがみついてくるのが分かる。同じなのだ。離れたくない。でも俺たちはどうしようもないくらいの力で引き裂かれていく。背中に走った灼けつくような痛みはお前の爪だ。お前の犬歯が俺の肩に突き刺さる。もっと、もっと強く。俺の全ての肉や皮膚が剥がれても、お前が残ってくれればそれでいい。


 ──俺は、俺たちは。

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