第6話 ヒロインと結末

 ヒロインは遅れてやってくる。いや、元々はヒーローは遅れてやってくるだったか。それすらも、天災は忘れたころにやってくるの派生だったらしいが。


 とにかく、ゲームの主人公であるはずのヒロインは、エディを捕縛してから更に日数が経過したのち、今更私達の前に現れた。


「えっと~。シライヤ様、ですよね?図書室で勉強されてる姿を、ずっと前から見てました。その時から憧れてて、良いなって……きゃ、言っちゃった!」


 両頬を押さえて恥ずかしがるように身体をくねらせるヒロイン。学園に復学したシライヤと共に、図書室で自主学習を行っている時、ヒロインが小走りで駆け込んで来て、突然声をかけてきた。


「名を呼ぶ許可を出していない。不愉快だ。話しかけるな」


 スパーンと音でもしそうな程爽快な切り捨て方に、私は深く頷いた。これだ、これなのだ。エディはこの爽快さがまったく無かった。優柔不断に女の子にデレデレとしていた。一時でも、あの男を愛そうとしていた自分が恥ずかしい。


「えっ、あっ、あの、でも、良ければ勉強を教えて欲しくて…っ、そう、あの、『私は妾の子なんて噂は気にしません!シライヤという人間と、仲良くなりたいだけなんですから!』」


 しどろもどろになりながらも、ヒロインは負けじと台詞を言ってのけた。それはゲームで、シライヤの心を射止める為の台詞の一つだった。が、だっただけだ。


「俺は無礼な女と、仲良くなどなりたくない。まさか面と向かって、妾の子と言われるとは思わなかった。不遇の時代でも、陰口のようにされていただけだったというのに、お前は頭がおかしいのか?」


 頭がおかしいというより、馬鹿なのだろう。学生公爵となった彼に、今更妾の子なんて言う人間はいない。彼こそが、現在のブルック公爵家の正当なる血統になったのだから。彼の血を持って生まれる子こそが、直系となる。


 ヒロインの台詞だって、ゲームでは先にシライヤが「俺は妾の子だから……」と気をふさいだ時に、慰めの言葉としてかける為のものだ。


 私という愛する婚約者に満たされ、婚約者との二人の時間を楽しんでいる時に、無理矢理入ってきて言う台詞では絶対にない。


「なんで、好感度上がんないのよ…っ。学力上げしないとなのにっ」


 困り果てたようにヒロインは言葉を漏らす。もう後が無いので焦っているのだろう。



 ゲームの強制力でも働いて、シライヤにちょっかいをかけられてはたまらないと、実はヒロインの行動を見張っていた。


 ヒロインは、学園を退学するエディでは将来性が無いと気づいたようで、早めに見切りをつけていた。

 そうして、ゲームの攻略対象である男子学生、果ては保健医にまで声をかけに行ったようだったが、あの恋愛アプリゲームは、転入初日にルートを選ぶ必要がある。一度エディルートで動き出した彼女に、他の攻略対象とのイベントは起こらず、それどころか話も噛み合わなかった。

 人生とは、本当にわずかな変化で変わってしまうのだろう。そして人生とは、時を戻すやり直しは利かないものだ。ゲームと違って、リスタートはできない。


 私がエディと婚約を解消した事で、ゲームの流れとかなり違っていたとはいえ、ヒロインはもう、エディを選ぶしかなかったのだろう。どちらにしろ、彼女の望んでいそうな幸せは掴めないだろうが。


 ゲームの通りなら、私は学園の卒業と共に婚約を破棄され、エディは学園の卒業資格と、ルドラン子爵家で培った人脈を使って、富豪になれそう……な、ニュアンスを含んだ終わり方だった。実際になれるのかは、いまいち信憑性が無いが。


 今思えば、あのゲームは先の未来については、詳しく表現されていなかった。人の婚約者を横取りして、幸せに暮らせる未来というのは、原作者も思い浮かばなかったのだろうか。それならば、それは本当にハッピーエンドとして扱って良いのだろうか。


「よろしければ、エディさんの行き先をお教えしましょうか?彼と仲良しのお友達でしたものね、エリー嬢」


「いらないわよ!今更あんなやつ!てか知ってるわよ!公爵とその婚約者に無礼を働いて、王太子の通う学園で騒動を起こした罪で、一生鉱山奴隷になったんでしょ!?なんでこんな事になるのよ!あんたが、エディと婚約破棄しなければ、上手く行ってたのに!」


 半泣きになりながら叫ぶヒロインだが、今正に、エディと同じ行動をして、己の身が危うい事には気づいていないのだろうか。馬鹿だから気づけないのか。哀れな。


 シライヤがいよいよ怒りを見せて立ち上がろうとしたが、図書室へ新たな入室者が現れた事で、私もシライヤも居住まいを正して静かに立ち上がった。他の利用者の生徒達も、同様に立ち上がる。己に声をかけられる事は無いと解っていながらも、それが貴族というものだから。


「やぁ、シライヤと、シンシア嬢。皆も楽にしてくれ」


 殿下の許しがあって、学生達は再び元の席へ戻る。こちらを気にしていないフリをしているが、図書室にいる全ての者達の意識はこちらへ向けられていることだろう。


「アデルバード殿下、お待ちしておりまし……」

「わっ!本物!作画良い!さすがメインルートの攻略キャラ!」


 爵位的にも、シライヤが一番にお応えするのがマナーであるはずが、ヒロインはシライヤの言葉を遮るように前へ出て興奮と共に言った。


「私、エリーって言います!男爵家の!転入生なんです!アデルバード王子様って、とっても素敵ですね!」


 最近ではすっかり殿下の表情を読み慣れたせいか、外面のにこやかな笑顔の中に、冷たい視線が交じった気がした。殿下の言っていた、愚かな事を実行するのに、エリーのような頭の軽い女というのは、最高の駒だったろうが、グリディモア公爵令嬢と上手く行っている今は、必要の無い人材だろう。


「学園は、家名を背負って社交界に出る前の学びの場。少々の無礼があるのは、仕方の無いことだ。だから君の無礼は許そう。帰って男爵家のご両親に、何がいけなかったのか教えて貰うと良い。解ったら席を外してくれるかな?」


 殿下がそう言ってくれる間に、退散した方が良い。と教えてあげたくなったが、私が彼女に何か言っても、悪く取られて事態が悪化しそうだ。それにそこまでしてやる義理も無い。まったく。黙しているに限る。


「なんだっけ……あの婚約者の、グリー…モア?公爵令嬢様と上手くいってないんですよね!わたし、アデルバード様を癒やしてさしあげたくて!グリモア公爵令嬢様と違って、私とってもよく笑うんです!私の笑顔で心を癒やしてください!」


 ゲームでは確かに、王太子殿下がヒロインへ向かって「久しぶりに、本当の笑顔を向けられた気がする。君の笑顔は癒やされるよ」と言っていたな。だがヒロイン自ら、自分の笑顔で癒やされろと言うなんて、信じられない程に、お高く留まった事を言うものだ。


 あと高位貴族の家名を間違えるのは、学生だろうとありえない。まずいぞ、ヒロイン。グリモアではない。グリディモアだ。平謝りしてこの場を去れば、まだなんとかなるかも。


「……酷い言いがかりは止めて貰おう。エステリーゼと私は、お互いを想い合っている。彼女の笑顔は至高の宝だ」

「やだ、王太子ルートもバグってる!なんなのよこれ、バグだらけじゃん!運営ちゃんとしてよ!そだ、バグだらけなら……!」


 ヒロインは何かを思いついたのか、再びシライヤの方へ振り返った。そして期待を込めた目で、シライヤを熱く見つめた。


「ヤンデレキャラのシライヤも、ヤンデレじゃないかも!!よく解んないけど、公爵とかになったみたいだし!ね、そうなんでしょ!ヤンデレじゃ無かったから、あんたもシライヤ狙ったのよね!なら私も狙うわ!あんたが攻略できたんなら、ヒロインの私なら楽勝でしょ!ゲームの時より更に美形っぽいし!かなりタイプ!シライヤルート開拓する!」


 ウキウキと希望を見つけたようにはしゃぐヒロインへ、どう現実を教えてあげるべきかと考えていると、シライヤに強く抱き寄せられた。


「いい加減な事を言うな!俺はヤンデレだ!シンシアに対して、ヤンデレであるつもりだ!俺ほどヤンデレな者はいない!」


 そういえば、シライヤに適当な事を教えた気がする。なんて言ったんだったか。確実に本来の意味は、教えていないはずだ。


「は、はぁ!?ヤンデレなの!?ヤンデレ設定は同じなの!?」


 混乱するヒロインは、説明を求めるように私へ視線を移したので、微笑んで頷いた。


「ええ、彼はとてもヤンデレですの。それはもう、死ぬ程に愛されていて。わたくし、とても幸せですわ」

「ば、馬鹿じゃないの!?ほんとに死んじゃうわよ!?あんた、やっぱり趣味悪い!」

「貴様!シンシアに対して、馬鹿だと!我々へ対する不敬の数々、見逃せる限度は超えている!」

「ひっ、や、やだっ、シライヤ怖い!」


 シライヤの怒声にヒロインが怯えて身をすくめた所で、殿下が大きくパンパンと手を叩いた。


「警備の者、連れて行ってくれ。この者は心をおかしくしている」


 ここまで騒いだのだから、殿下の子飼いでなくても、彼女を連れて行くだろう。とはいえ、一番に駆けつけて連れて行ってくれたのは、やはりあの子飼いの彼だったが。王太子ともなれば、とても優秀な者を持っているようだ。


「二度とその者の顔は、見たくないものだな」


 殿下はポツリと言ったように見えて、よく通る声で図書室に響く。これでヒロインは、学園に戻れなくなった。心の病と判断され、修道院行きは確実だろう。


「あっ、警備員もイケメンかも!警備員ルートでも良い!」


 図書室を出て行く時にそんな声が聞こえたので、彼女ならどこに行ってもそれなりに楽しく暮らせるのではないだろうか。さらばヒロイン。今度こそ、これでお別れだ。お互いに関わらない場所で幸せになろう。

 ……でもきっと、その警備員も狙うのは無理だと思うぞ。


 静けさを取り戻した図書室で、私達は恒例となった自主学習会を始めた。


 結局シライヤは、私と殿下二人分の勉強を見る事になったのだが、シライヤ本人の成績が下がる事も無く、更に私達の成績は上がった。殿下の成績が上がると同時に、グリディモア公爵令嬢の成績は落ちたのだが、最近学園で見かけるようになった彼女はよく笑っている。学年が違うので、今は会話をする機会が無いのだが、私が公爵夫人となった時、お話しさせて頂く事が多くなるだろう。その時は仲良くできれば嬉しい。同じ悪役令嬢キャラとして……。もちろんこれは、本人にお伝えできないが。


 元ブルック公爵夫妻は、三男への日常的な虐待行為に加え、シライヤが裸で監禁されていた事から、性加害行為の罪も加算された。親が子へ行う性加害行為は、単純な虐待行為よりも罪が重く、なにより元ブルック公爵は、王族へ虚偽の発言をする重罪を犯した。彼等が象徴的な公爵という立場であった事も問題視され、長く裁判が続いた結果、かなり重い罰が下された。


 三日間王都を引き回されたのち、額に罪人の入れ墨を彫られ、夫妻共に国外追放となる。処刑にはならなかったが、どちらにしろ同じ事だろう。余程運が良くなければ、彼等は生き残れない。


 刑が言い渡された日、シライヤは確認したい事があるからと、元公爵夫妻の捕らえられている牢へ赴いた。私も彼を支える為について行った。もし、元公爵夫妻に酷い言葉を投げかけられて、彼が再び傷ついたら、すぐに慰めなければと考えていたのだが、それも杞憂に終わった。


 元公爵夫妻が、今更シライヤに媚びを売るように縋って、許しを請う態度を見せたのもあったが、それよりも、シライヤはしばらく夫妻を見つめた後、とても嬉しそうに、頬を桃色に染めて笑った。


「良かった。もう貴方達に、何も感じない」


 幸せそうにそう言ったシライヤは、私の手を取ってエスコートするようにして牢を後にした。夫妻の助けを求める悲鳴がいつまでも聞こえていたが、シライヤは安堵したように微笑んだまま前だけを見て歩き続けた。


 物心ついてからずっと、シライヤは夫妻に認めて貰いたくて、愛されたくて、大切にして貰いたかった。その想いを断ち切れたのかどうか、自分でも解らなかったのだろう。そして確認にきて、確信した。もうシライヤの心に、あの人達の居場所は無い。


 ブルック家の長男と次男だが、三男への虐待行為という罪に問われる事は無かった。兄弟間では、虐待の罪を適用するのが難しい。兄弟喧嘩だと、いくらでも逃げられるのだから。

 よって、公的な罰を与えられる事は無かったが、現当主となったシライヤに屋敷を追い出された。


 母方の方の侯爵家へ一度は身を寄せたらしいが、シライヤに何もかも押しつけて暮らしていた分、彼等は本当に何もできなかった。単純な仕事も任せられない兄弟に、侯爵家もタダ飯喰らいはいらないと追い出したそうだ。その後の彼等がどうなったのかは解らないが、良い暮らしができていない事は確実だろう。


 ある日ブルック公爵家の屋敷の庭で、シライヤが色々な物を火の中に放り込んで焚き火をしていた。何をしているのか尋ねると、今まで兄達に取り上げられた物や、兄達にしか与えられなかった物を燃やしているのだと言う。


 楽しいか聞くと「とても楽しい」と返ってきた。なので、私も一緒に焚き火を楽しんだ。使用人に言って、イモを持ってきて貰い、焼き芋も楽しんだ。あれは良い。またやろう。



 ゲームでは、エンディングになる卒業パーティー。ヒロインが大活躍していたら、ここで必ず誰かが婚約破棄をするのだが、とても穏やかにパーティーは進行され、皆が笑顔で楽しんだ。グリディモア公爵令嬢は一つ上で、先に卒業をしていたのだが、殿下の出席に合わせてお越しになり、幸せそうに殿下とのダンスを披露した。その後で、私達も踊り出す。二人で揃いの衣装を着てシライヤとするダンスは、一生忘れられない想い出になった。



 学園の卒業後は、慌ただしく日々が過ぎていき、それでも着実にやるべき事を進め、予定通りの結婚式を迎える事ができた。


 宣誓を終え、誓いのキスをすると、シライヤはなかなか離してはくれなかった。かなり長いキスに、招待客が少し気まずそうな顔をした頃、ようやくキスを終える。


「やっと……、キスできた」


 漏れるようなシライヤの呟きを聞いて、私は小さく笑いを零し続けた。あんなにキスを拒んでいたシライヤの方が、本当はずっとしたかったのだ。今日まで、よく我慢していたものだ。


「今日からは毎日できますよ。私のヤンデレさん」

「あぁ、俺はシンシアにずっとヤンデレだ」


 悪役令息のヤンデレキャラは、今日、私の最高の旦那様になってくれた。そして、これから先の未来もずっとだ。


 どうだろうか、ゲームの原作者。


 これが本当のハッピーエンドというやつだろう!



HappyEnd

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