第62話 アリシア、撤退する
誰かが、ダレイノーム侯爵とゲノザリアス子爵に『常識改変』スキルを使用して、違法ハーブの栽培に疑問を持たないようにしている。
そしてその犯人はエヴァちゃんではない、と。
これが最後にわかった衝撃の事実。
まだ登場していない人物の介在?
どうするのこれ……。
とりあえずわかることと言えば、この場で2人を成敗する流れにはならないってことね……。
一旦引いて仕切り直しするしかないかな。
あーでも、そうなると連れてこられる子どもたちをどうしたら良いか……。
下手にその部分にエヴァちゃんの『常識可変』スキルを入れて、真犯人に勘付かれると困るし。このまま何もできない? 子どもたちがひどい目に合っているのを見ていなきゃいけないってこと?
あ!
今ハーブ農園を燃やしたりしたら大変なことになっちゃう!
≪そちらはナタヌさんにストップをかけましたので問題ないです≫
セーフ。
ありがとね、エヴァちゃん。
ナタヌ……納得していた?
≪もちろん納得されていませんでしたが、「アリシアの命令」の一言で黙らせました≫
うん……ごめんね、ナタヌ。
あとでちゃんと説明するから。
じゃあ、わたしたちも一旦引きましょ。
ナノ様も連れて離脱!
エヴァちゃん、わたしたちの記憶を消したり、うまいこと情報操作をよろしくね。
≪Yes, My lady.≫
「スレッドリー! 何してるの⁉ 行くよ?」
ぼさっとしていないで!
「行く? もう成敗か?」
何言ってるのよ!……って、ずっと脳内で会話していたから、スレッドリーには何も伝わってなかったわ。ごめんごめん。
「ちょっと状況が変わったの。一時撤退する」
スレッドリーに近づき、耳元でそれだけ伝える。
「おう。わかった」
スレッドリーは小さく頷くだけで、理由は何も聞いてこなかった。
内心納得いっていなかったとしても、きっとわたしの雰囲気を見て、わたしがやりたいことを尊重してくれたんだと思う。こういうところはホント助かる。あとで手くらいは握ってあげるね!
≪手……キスくらいはしてあげたらどうですか? さすがにドリーちゃんが気の毒です≫
ちょっ、何言ってるの⁉
キスなんて……わたしとスレッドリーはそんな関係じゃないんだからね!
≪そんな関係でしょう。今どき3歳児でもキスくらいしますよ≫
あーあー、聞こえませんー。
わたし、転生者なのでこの世界の事情なんて知りませんー。
と、とにかく! 今度こそ離脱!
あ、そうだ! スーちゃん、リンちゃん、ありがとう!
もう一度ちゃんと情報を集めてからこの問題に結論を出すね!
『ああ、そうしろ。お前が決めれば良い』
『宴会があるならいつでも呼ぶぉ。結婚式にも参列するぉ』
ありがとう。
いろいろ片付いたら宴会するからよろしくねー!
でも結婚式はしませんから!
ミィちゃんもまたねー!
『はい、また。いずれ近いうちに、愛についてじっくりと講義してあげます』
うへぇ。
ミィちゃんのお説教……。時間ができたら、ね……?
よーし、ナタヌとラダリィのところに戻るよ。
ナノ様も一緒に来てください!
「ナノ~? もうちょっとここで遊びたかったナノ~」
きっとまた来ますから! その時までのお楽しみです!
「わかったナノ~! アリシアと一緒に帰るナノ~」
* * *
『ダレイノーム』と『ゲノザリアス』の中間辺りの地点。
街道から少し離れた草むらに緊急ベースキャンプを設置し、全員で集まった。
「というわけなの。どうやらダレイノーム侯爵とゲノザリアス子爵を操っている何者かがいる……」
派手に怒っているナタヌと、静かに怒りの炎を燃やしているラダリィ、そして何も言わずについてきてくれたスレッドリーに対して、ここまでにわかったことを説明。許しているわけではないけれど、まずは真犯人を突き止めて、そっちの処分が先だということをわかってもらいたい。
「……話はわかりました」
「私も! アリシアさんがそう言うなら従います!」
2人とも100%納得しているわけではなさそうだけど、わかってはくれたみたい。2人とも大好きだよー。
「ああ、それで問題ない」
スレッドリーはこの件に関しては終始こんな感じだね。そんなに熱くなるわけでもないし、非協力的ってわけでもない。わたしたちの好きにして良いよ、って雰囲気をずっと出している。何を考えているんだろうなー。
「それで、わたしたちのほうは途中までで終わっちゃったんだけど、そっちの首尾はどうだったの?」
ハーブ農園は燃えずに済んだってところだけは聞いたんだけどね。ほかはどれくらい計画が進んでいたのかなって。
「こちらはほぼすべて完了していました」
「はい! 長屋から子どもたちは救出しましたし、長屋と農園にいた警備の兵士たちはすべて無力化しました!……ラダリィさんが」
最後にぼそり。
とても悔しそうなナタヌ。
「ごめんね、ハーブ農園を燃やすところがナタヌの見せ場だったんだもんね……」
それはいろいろ片付いたら何とか実現させるからね!
「あ、子どもたちはどこへ? それと無力化って……もしかして兵士のみなさんは……
死んじゃった?」
≪死亡者はゼロ。兵士側に重軽傷者多数。子どもたちにケガはなし。全員、まとめて反省室送りになりました≫
「良かった……って、全員反省室⁉ 子どもたちも……?」
≪はい、全員です。ケガをした兵士とともに、全員眠らせて治療を施しています。子どもたちには主に栄養剤の点滴を投与しています≫
「なるほど……。反省室ってそういう使い方もあったのね」
拷問部屋みたいなものかと思っていたのに。
「じゃあ今って、長屋も農園ももぬけの殻状態? このまま放置すると怪しまれちゃう。たぶん定期的に行商人が来ちゃうよね? 次の孤児が届けられたり、違法ハーブの買い付けに来たりする……」
≪そこの偽装も問題ありません。子どもたちの代わりにチビエヴァシリーズを、兵士たちの代わりにエヴァシリーズを配置しています。送られてきた孤児がいれば即座に回収し、反省室でほかの子どもたち同様、栄養剤の投与を行います。ハーブの売買はこれまで通りに行い、販売ルートの目視確認を行います。ただし、ハーブの性質は変化させ、依存性が出ないように調整済みです≫
何もかもが完璧だった……。
わたし、何も指示していないのに。
≪問題がありましたでしょうか?≫
「何もないよ。なさすぎてちょっとショックを受けているだけー」
わたしの存在っていったい……。
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