第42話 アリシア、シャーベットを振る舞う

「オ、オレオマエノタメニツクッタクエ」


 ガーランドレモンシャーベットの容器を取り出して、スレッドリーの胸に押しつける。べ、別に深い意味はなくて……そう、きっかけ! みんなとはなしをするきっかけ作りのために用意しただけなんだからね!


「なんだこれ? 冷たいぞ」


 スレッドリーが不思議そうな顔をして、シャーベットの容器を眺めている。


「と、とにかく作ったの! ごめんね、いっぱい作ったからみんなで食べよう!」


 調理場のイスを指さす。伸ばした人差し指がちょっと震えてしまっているかも……。


「アリシア、何かおいしそうなものを作ってくれてありがとう。とても良い香りね。みなさま、せっかくですからいただきましょう」


 メルティお姉様がわたしの指を包み込むように手を握ると、そのまま調理場の休憩スペースのほうへと歩き出す。温かい手。安心する手だ。


「あの……」


「いいのよ。無理に関係を進めようとしなくてもね。焦らず。私は見守りますわ」


 メルティお姉様がほかの誰にも聞こえないように、わたしの耳元でそうつぶやいた。



「お嬢様、こちらへどうぞ」


 ラダリィがイスを引き、メルティお姉様が座る。


「ありがとう。それをいただくのに何か器が必要かしらね?」


「あ、はい。食器はどこかな……」


 辺りを見回しても食器棚らしきものが見当たらない。知らない調理場だとどこに何があるかすぐにはわからないなー。


「こちらの部屋ではないでしょうか?」


 ラッシュさんが調理場の奥にある小部屋を指さしている。さっきはぜんぜん気づかなかった! 調理と盛り付けの工程が分かれているのかも?


「あ、はーい」


 ラッシュさんと一緒に奥の部屋へ入る。


「お、おおー。銀食器がいっぱいだ。さすが侯爵家のお城!」


 どれもピカピカに磨かれていてきれいね。


「どの器がよろしいのでしょうか? 上のほうのものであればお取りします。ご指示を」


 ラッシュさんが食器棚を見上げながら言った。

 そうですねー。小さめの器がいいなーと。手ごろなものがなければ、ワインを飲む時のカップでもいいかも。


「あ、それ! そこの上から2段目にある小さい器にしましょう」


 片手に乗るくらいの小さな小鉢。良さそうなのを見つけましたよー。

 これならシャーベットがおいしく見えそう!


「こちらでございますか?」


「はい、ありがとうございます!」


 ラッシュさんに5人分の器を取り出してもらって、あとはスプーンを借りて、と。

 これでよし。



* * *


「冷たくてさっぱりしていてとてもおいしいですわね。これは何というお料理かしら?」


 メルティお姉様が頬に手を当ててシャーベットの冷たさを堪能している。

 ほかのみんなもうれしそうにスプーンを口に運んでいる。好評みたいで良かった!


「『シャーベット』という料理です。ガーランド産のレモンを使用していて、さっぱりとした酸味をお楽しみいただけるようになっているかと」


「うまいな。アリシアの作るものはなんでもうまい」


「そ、そう? ありがとね」


 スレッドリーがスプーンを振り回して喜びを表現……王子様、喜んでもらえるのはうれしいけど、ちょっとお行儀悪いよ?


「アリシア! 俺のために一生シャーベットを作ってくれないか?」


「ちょっとラダリィ! スレッドリーの声マネするのやめてよ!」


 ちょっと似てるし……。そういうのは心臓に悪いから……。


「あら。それなら私のお城で一生シャーベットを作ってくださらない?」


 メルティお姉様がラダリィのほうを見ながら笑っている。


「いいえ。アリシアは王宮で一生シャーベットを作ってもらう予定なので、お嬢様はご遠慮くださいますようお願い申し上げます」


 ラダリィが返していく。

 それは何かの対抗なんですか? どっちも嫌ですよ? 一生シャーベットを作る人生は送りたくないですし……。


「アリシアは俺の――」


「スレッドリー。ややこしくなるから、今はおとなしくシャーベットを食べていてね」


「お、おう……シャーベットうまいな」


 スレッドリーは参戦しなくていいから。

 ラッシュさん、悲しそうな目でこっちを見ないでくださいって。ガチのプロポーズはちょっとまだ……。



「アリシア。シャーベット、とてもおいしかったですわ。うちの料理人たちにもレシピを教えてほしいくらい」


 スプーンを置いたメルティお姉様から絶賛のお言葉をいただいた。


「そうですねー。氷を溶かさずに入れておけるような保冷庫があれば、たぶん作れるとは思うんですけどー」


 わたしの『冷凍庫』を置いていくわけにはいかないしなー。これ、金属類が手に入らないとなると、最初から『創作』したら、たぶん1週間以上かかっちゃうかも。


「シャーベットは氷のようなものですわね……。うちの調理場だと、氷の維持は短時間しかむずかしいかもしれないわね……」


 メルティお姉様が淋しそうな表情を見せる。

 侯爵家でも食材の保冷はそのくらいの扱いなんですね。『ガーランド』とそう変わりないかな。王宮だとわりと良さげな保冷庫が……あー、あれってもしかして、ノーアさんが大臣をした時に何かやったんじゃ?


「氷くらいの温度を維持して長時間冷やすことができれば、作ること自体は簡単なんですよ。ガーランドレモンの在庫はありますし、このお城に滞在中の間にまた作ります」


「ありがとう。楽しみにしています」


 思いのほか喜んでもらえたみたい。なんかほかの氷菓子も作ってみようかなー。そういえば、ガーランドの領主・セドリックさんはかき氷にビールシロップをかけたやつが好きだったよね。メルティお姉様はお酒飲むのかな。



「ドリーちゃん」


「はい、姉上なんでしょうか!」


 突然名前を呼ばれて、スレッドリーの背筋が伸びる。条件反射というやつだね。お姉様方には逆らえない。絶対にだ!


「私はこれから所要があります。ここ『ラミスフィア』に何度か訪れたことのあるあなたが、アリシアを案内して街を回りなさいな」


「はい! かしこまりました!」


 スレッドリーが立ち上がる。


「アリシア、そういうことなので、しばらくドリーちゃんと出かけてきていただけるかしら?」


「あ、はい。まだ日が落ちるまでには時間がありますし、ちょっと街の様子も見て回りたいなーと思っていたのでいってきます」


 今日はあまり時間もなさそうだから近場だけね。


「それでは全員で街観光と行きましょうか」


 ラダリィとラッシュさんも立ち上がる。


「いいえ。ラダリィとラッシュには頼みたいことがあります。悪いのですが、ドリーちゃんとアリシアの2人で行ってきてくださいな」


 え……。

 2人きり、ですか?


 わたしとスレッドリーは顔を見合わせてから、メルティお姉様のほうに視線を送る。メルティお姉様は何も語ろうとせず、微笑んだままわたしたちのことを見つめていらっしゃった。


 あ、これ……なんかそういうやつだ……。

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