第12話 アリシア、恥ずか死する

 もう1回匂いを嗅いで確かめてみたいかも……。

 でも匂いって、つまりフェロモンのことよね。虫や動物が匂いに惹かれて寄ってくる、みたいな? 求愛行動? 相手の匂いが好ましかったら相性も良いってことなのかな。


「お互いにもう少し近づいてみてください」


 ちょっとだけね。ちょっとだけ嗅いで相性を確認するだけだから……。


「アリシア、さすがにその距離では……」


 ラダリィが不満そうな声を上げた。

 わたしとスレッドリーは向き合って立っている。その距離は約30cmってところかな。これでもけっこう近くまで来たと思うんですけど? スレッドリーがなんかこう、プルプル小刻みに震えていてキモいし、これ以上は近づきたくない、かな。


「わかりました……。殿下、アリシアに背中を向けてください。正面から近づくのはあまりよくなさそうです」


「お、おう? わかった……」


 スレッドリーが指示通り、くるりと回転し、わたしに背中を向けてくる。少しプルプルが止まった?


「アリシア、これでもう怖くありませんよ。いきなり抱きつかれたりしないので、もう少し近寄って匂いや手の感触などを確かめてみてください」


「いや……いきなり抱きついたりはしないが……」


 と小声でぶつぶつ言っている。

 でも、あなた、わりとすぐに感情が高ぶって抱きつこうとしてくるからね?


 スレッドリーの背中にそっと手のひらを合わせてみる。

 わたしが触れた瞬間、スレッドリーの背中がビクンと反応する。


 王族の服って、普段着っぽいのにやっぱりしっかりした生地ね。撫でる程度だと布の感触しかない……。


 ツツツー。

 わざと強めに爪を立てて、背中を上から下、下から上に行ったり来たりさせてくすぐってみる。


 ビクンビクン。

 緊張している様子で、スレッドリーの背中は反応しまくりだ。


 おもしろいー。

 脇はどうかな?


「ヒンッ」


 ウケる。「ヒンッ」だってさ。

 


「アリシア? 殿下で遊ぶのも良いですが、匂いも確かめてくださいね」


「あ、はーい」


 背中に鼻を近づけてみて「スンスン」。匂いを確認してみる。


 んー、あんまりよくわからない。無臭だね。強いて言えば洗濯したての布の匂いしかしない。


「スンスンスンスン」


 しゃがんでみて腰の辺りの匂いを確認。膝の辺りはどうかな?

 うーん。なるほど? 別に臭くはないけど、なんだろう。草の匂い?


「おい、アリシア。あまりそうやって嗅ぎまわられると……」


「嗅ぎまわられると?」


「恥ずかしい……」


「ウケる」


 何を言うかと思えば。


「ウケるって何だよ……」


「えー、だってー。わたしのこと好きなんでしょ?」


「あ、ああ。す、好きだぞ……」


「噛み噛み。好きな子に匂いを嗅がれて困る?」


「困りはしないが……」


「じゃあいいでしょ。もうちょっと黙って確認させてー」


「お、おう……」


 スレッドリーは背筋を伸ばし、気をつけの姿勢で硬直する。はい、良い子良い子。

 

「スンスンスンスン」


 あー、はいはい。

 やっぱり手のひらとか、肌が露出しているところは匂いが強いね。


「ちょっとしゃがんで」


「お、おう……」


 屈んで良い感じに身長が低くなったスレッドリーの首筋に鼻を近づけてみる。


「はひっ。くしゅん」


 髪の毛をちょっと吸い込んじゃった……。

 んー、でも、なんかわかったかも?


「最後にもう1回。スンスン……うん、ありがとう」


 なるほどねー。

 匂いの相性ってこういうことなのかな。


「アリシア、どうでしたか?」


 ラダリィが心配そうに見つめてくる。


「うん、まあ、悪くなかったよ。男の子の匂いを真剣に嗅いだのは初めてだけどね。なんとなくお店の控室の匂いに似てるかな」


 チームドラゴンのみんなが、汗かいて運動している時の匂いだ。

 スレッドリーの首筋からはそれに似た匂いがした。


「お店の控室ですか……。男の方が多いのでしたね」


「そうだね。基本みんな上半身裸でトレーニングしてるかな」


「裸……詳しくっ!」


 ラダリィが食いついてくる。

 好きだねぇ♡


「なんか筋肉のポージングとかね。鏡に映しながらやってるよ。そうすると楽しく鍛えられるんだってさ。よくわからないけど」


「筋肉を間近で……。ローラーシューズショーに興味があるので、ぜひ今度見学にいかせてください……」


 ラダリィ、あなたって人は……。


「まあいいけどさ……。でもエデンは女の人がちょっと苦手なところがあるから……」


「白薔薇のお兄様! お兄様のお邪魔はしたくない……でも匂いは嗅ぎたい……私はどうすれば」


 いや、知りませんけど⁉

 今度控室の空気を詰めた袋でも持ってきましょうか?


 男臭……まさか需要ある? あるなら売れるの、かな……。缶に詰めて販売でもする?


「お、おい……俺はいつまでこうしていれば……?」


 律儀に背中を向けてしゃがんだままのスレッドリーが声を上げた。


「失礼しました。次は殿下の番です」


「「はい?」」


 振り返ったスレッドリーと目が合う。


「次は殿下がアリシアの匂いを嗅ぐ番です」


「いやいやいや、それはさすがにちょっと……」


「なぜです? 匂いを嗅ぐだけですよ? アリシアがやったのと同じです。ですが殿下はおさわり禁止でお願いします」


 おさわり禁止だったらいいってわけじゃ……。


「お、おう! いくぞ!」


 めっちゃ乗り気!

 やめてそれ以上近づかないで!


 わたし、朝お風呂入ったっけ⁉

 臭う? 大丈夫? 臭くない⁉ やだ、やめてー!


「殿下ストップ!」


「おう?」


 ラダリィの大声で、スレッドリーの動きが止まる。わたしとの距離、わずか10cm。


「ドクターストップです。殿下がそれ以上近づいて匂いを嗅いだら、アリシアの心臓が止まってしまいそうです」


「お、おう……」


 シュンとするんじゃないよ……。

 男の人に匂いを嗅がれるなんて恥ずかしすぎて無理でしょ! ホントに死んじゃうよ! 恥ずか死するって!


「つきましては……私が代わりにアリシアの匂いを嗅いで、殿下にお伝えします」


「「えっ?」」


 どういうこと……。


「代わりに匂いを嗅ぎます」


 う、うん……。それなら別に大丈夫だけど……。


「では失礼します」


 ラダリィが正面から覆いかぶさってくる。

 だ、大胆!


「はい……すごく良いです……」


「いいのか⁉ アリシアの匂いはどんなふうなんだ⁉」


「甘くて蜜のような……食べてしまいたい……」


「ひゃん♡」


 ちょっ、首を舐めるのは反則ぅ♡


「なんだ、何があった⁉」


「ついでに味見です……。お世辞を抜きにして最高です。美味です。これまで食べたどんな料理よりも……」


「なんだと……俺も食べたいぞ」


 やめてやめて! やっぱり恥ずかしくて死んじゃう!

 

「もう終わりー! ラダリィ嗅ぎすぎだし、評価がおかしいから!」


 高速で飛びのき、ラダリィから距離を取る。


 もう、やっぱり女の子でも匂いを嗅ぐのは禁止!

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