第19話 アリシア、なでなでされる

「もう私たち立派な成人よ。大人なのよ」


 わたしはロイスのその言葉を反芻する。


 人族の15歳といえば、この世界では立派な成人とみなされる。

 ロイスはこの5年半という時をまっすぐ生き、身も心も成長してきた。だから当たり前に成人であることを受け入れられている。ってことなのよね。


 でもわたしは、その大切な5年半をすっ飛ばしてここに来てしまったわけで……。


 ううん、でもそれは自分自身で決めたことだから。これからわたしはみんなに高速で追いつく。みんなにはあって、わたしにはない空白の時を埋めていくって決めたの。


「そう、よねー。わたしってば、ちょっと異空間に行っていたものだから、時差ボケ、みたいな感じ? たまに昔の感覚に戻っちゃったりしてるのかもー」


「不思議ね。アリシアと話をしていると、出会ったばかりの頃のような、まるで仮成人の時のような感覚にとらわれるわ。ショーに出たての頃の若い私が戻ってきたみたい」


「えー、ロイスは今でも若いしすっごくきれいよ? なんで年取ったおばさんムーブしてるのよ。ハハハ」


 今のわたし、うまく笑えているかな……。顔が引きつっているのがバレないかな……。


「私そろそろ行かなきゃ。これ、結婚式の招待状。ちゃんと渡したわよ。出席してくれるということでいいわよね?」


 手触りの良い紙、いかにも高級そうな封筒を押しつけられる。


「もちろん行くけど……」


「詳しい場所はそれに書いてあるわ。式は5日後よ。お店のみんなと一緒に来てね」


 そう言い残すと、ロイスはお茶も飲まずに雑貨店の入り口のほうから出て行ってしまった。


 5日後にロイスが結婚か……。

 急すぎて、正直思考が追いつかない。


 わたしと同い年のロイスが結婚。

 そっか。わたしももうそういう年齢なんだ……。


「恋してみたい」なんて言って、ソフィーさんに恋バナをせがんでいたのが、わたしの体感ではつい1週間くらい前なのよ。無理でしょ。そんな時の差、受け入れられないよ……。


 あーあ。

 ロイス、雰囲気もグッと大人っぽくなってたな……。


 強制的に体だけが成長したわたしとは大違い。

 きっとこれがホントの時間を生きた重みなのね。



「お姉ちゃん、泣いてるの?」


 不意に声をかけられて、自分が涙を流していることに初めて気づく。


「ケビンくん……ちょっと目にゴミが入っちゃっただけよー。泣いてない泣いてない。お姉ちゃん元気よー」


 スーズさんの息子・ケビンくんを抱き上げて、無理やり笑顔を作って見せる。するとケビンくんがわたしの頭に手を置くと、ゆっくりと撫でてくれた。


「よしよし。ボクがそばについててあげるから大丈夫だよ。泣かないの。元気出して」


「うん……ありがと……」


 ああ、スーズさんの子だ……。

 まっすぐ育ってとっても良い子。

 そんなにやさしくされたら、お姉ちゃん余計に泣いちゃうよ……。

 

「アリシア。ロイス様はお帰りになってしまわれたの? 結婚式の招待状は受け取れたかしら?」


 お店とリビングの間の通路から、スーズさんが顔を覗かせていた。


「はい。受け取りました」


「ママ。お姉ちゃんが痛い痛いで泣いてたから、ボクなでなでしてあげてた!」


「なでなでされてました……」


「ケビン、えらいわよ。女の子にはやさしくね」


 スーズさんが笑いながら近づいてきて、わたしの腕からケビンくんを引き取る。ケビンくんがわたしにしてくれていたのとまったく同じ動作で、スーズさんがケビンくんの頭を撫でていた。


「ねえ、アリシア。今すぐみんなに追いつくのは大変だと思うけれど、いずれ時が埋めてくれるわ」


「はい……」


 そっか。スーズさんはミィちゃんからわたしの事情について話を聞いているのね。ロイスは知らなかったみたいだけど。


『ロイスには、アリシアが自分の口から説明するのが良いと思い、詳しいことは何も伝えていません』


 ミィちゃん……。

 そう、よね。ずっと心配してくれたロイスには、わたしからちゃんと説明しなきゃね。いろいろありがとうね。



「ひさしぶりに会うのだから緊張するなっていうほうが無理なのよ。ぎこちなくていいの。でも避けてはダメよ」


 スーズさんがケビンくんを床に下ろしながら言う。


「はい……」


「時が経てば経つほど会いづらくなるものなの」


 わたしの肩を掴む。


「だから、今すぐに『龍神の館』のほうにも顔を出しなさい」


「今すぐ……」


 でもわたし……もうちょっと後にしようかなって。ロイスと会ってみて、まだほかのみんなと会うのはちょっと早いって思ったというか……。


「ほら、グズグズ余計なことを考えない! これは命令!」


「は、はい!」


 スーズさんの強い口調の言葉に反射的に背筋が伸びる。

 そう、よね。まずはみんなのところに行かなきゃ!


「勇気を出して! 照れくさくても、挨拶はちゃんと大きな声ではっきりと。わかったわね!」


「はい、がんばります!」


「良い声。もう大丈夫そうね」


 一転してやさしい声。


 わたしに必要なのは一歩踏み出す勇気。ただそれだけだったんだ。


 親方のそばで、たくさんのお弟子さんを育ててきたスーズさんだからわかることもあるんだなって。


 ありがとうございます。

 みんなに会って、元気に挨拶してきます!

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