第17話 アリシア、ガーランドに帰還する

「うぅ……緊張する……」


 ガーランドの街に戻ってきたのはいいんだけど……。


『ロイスも、みなさんもアリシアを待っていますよ』


 うぅ……ミィちゃん。

 わたしだって、わかってはいるのよ? でも、みんなにとっては5年半ぶり。そんなに時間が経ってから会うのだと思うと緊張で体が震えてしまう……。


『大丈夫です。みんな変わっていませんよ』


 そう、だよね。

 ガーランドの街並みも何一つ変わっていない。

 懐かしい景色。匂い。行きかう街の人々。


 だけど、誰もがわたしなんて見えていないかのように素通りしていく。

 

 ソフィーさんのお店『龍神の館』が繁盛しだしてから、わたしはちょっとした街の有名人になっていたのよね。10歳の『暴君幼女』がプロデュースして、劇的に生まれ変わったリッチでカジュアルな料理店ってね。

 

 ガーランド伯爵――ロイスのお父さん・セドリックさんのバックアップもあってか、ちょっとした街のアイドル、みたいな感じ? ウソじゃないって、ホントだってば! 街をローラーシューズで爆走すれば、「アリシアちゃん今日もかわいいよー」って、みんなが声をかけてくれる。そんな存在だったんだよー。盛ってませんって!


 わたしからしたら、1カ月ほどしか時が経っていないというのに、誰もわたしのことを見ようともしない。もう覚えていないのね……。


『アリシアの姿が少しだけ大人びたので、まだ気づかないのかもしれませんね。もう幼女というよりは……立派な淑女ですからね』


 淑女! つまりレディ! ステキな響き! おしとやかに振る舞わないとね! 

 まあ、それなら仕方ない、かな?


『そろそろお店が見えてきましたね。さあ、覚悟を決めて、笑顔で挨拶ですよ』


 うん……。

 わたし、がんばる!

 ここまで付き合ってくれてありがとね、ミィちゃん!


『いいえ、好きでやっていることですから』


 ホントにありがとう。

 あらためて、ミィちゃんのこと好きだなーって思う!


 よし、気持ちが上がったところで一気に行こう!


 お店『龍神の館』の裏口に回り、呼び鈴を鳴らす。

 いきなり入っても良かったんだけど、一応ね……。緊張する……。


 すぐに扉が開いて、天使ちゃんが顔を覗かせた。


「あ、えっと……」


 知らない天使ちゃんだ――。


「何か御用でしょうか?」


 あくまで事務的な対応。

 高めてきた気持ちが一気にしぼんでいく。


「えっと……ソフィーさんいますか?」


「……あいにく本日は不在となっておりますが、お約束などございましたでしょうか」


 うわー、めっちゃ警戒されてる……。

 どうしよう。


「そうですか……ではまた後日……」


 疑いの目が濃くなる。


「アリシアが来たと。そう伝えておいてください……」


 消え入るような声で何とか絞り出す。


「承知いたしました」


 静かに裏口の扉が閉まる。


『アリシア……あと一歩の勇気ですよ』


 お店の中に入ればわたしのことを知っている天使ちゃんだってたくさんいる……。エデンもエリオットもセイヤーも、ネーブルも。

 

 でもお腹痛い……。もう帰りたい……。

 そうよ、親方ならわかってくれる! 誰とも会えなくても大丈夫! 工房のほうに帰る!



 会いたい……。

 誰かわたしのことを覚えている人、いませんか?


 お店を後にし、重たい体を引きずりながら歩く。


 活気のある広場を通り過ぎる。

 子どもたちの遊ぶ声。

 変わらない風景。


 街の中央広場では、見たこともない天使ちゃんたちが移動販売でナゲットクンを提供している。その姿を横目に、のそのそとした動作で工房のある通りを目指して歩く。


 知っているのに知らない街。

 知っているのに知らない人たち。


 ノーアさんが感じているのはこんな気持ちなのだろうか。


 1000年という途方もない年月を1人で過ごす。

 たった5年半でこれなのに、1000年って……。ノーアさんはきっとこの後の1000年も、その後の1000年もずっと……。


 わたしにそんなことができるとは思えない。


 会いたい……。

 誰かわたしのことを覚えている人、いませんか?



* * *


 時間をかけて、なんとか工房の前に到着する。


 アザーリンの雑貨店。そして隣に併設された工房。


 まだちゃんとあった……。良かった……。


 深呼吸を2回してから、雑貨店のほうの敷居をまたぐ。


「いらっしゃいませ~」


 奥から懐かしい声が聞こえてくる。

 

「スーズさん!」


 思わず入り口から大声で呼びかけてしまった。


「その声……アリシアなの? アリシア⁉ アリシアじゃないの! まぁまぁ、大きくなって~」


 スーズさんが駆け寄ってきて、わたしのことを抱きしめた。わたしはその心地良さに、ただ身を預ける。


「心配したのよ……」


「ごめんなさい……」


「違うでしょ。ここはあなたの家でしょ」


「……ただいま」


 涙交じりの声で何とか捻り出す。


「おかえりなさい。アリシア、よく戻ったわね」


 わたし、帰ってこれた……。

 ここはわたしの家。わたしの街なんだ……。


「ママ~。だ~れ~?」


 小さな男の子がスーズさんの足元にまとわりついていた。


「アリシアお姉ちゃんよ。パパの自慢のお弟子さん」


 スーズさんはわたしから体を離すと、男の子を抱き上げる。

 目元は親方に似てる。ほかのパーツはスーズさんそのままだなー。将来有望!


「こ、こんにちは。アリシア=グリーンです。キミのお名前は?」


「……ケビン」


 それだけ言うと、ケビンくんはスーズママに抱きつくようにしてわたしから視線を外してしまった。


「よろしくね、ケビンくん」


「あらあら、ケビンったら。アリシアお姉ちゃんが美人だからって照れてるのかしらね」


 スーズさんが笑いながらケビンくんのほっぺたをつつく。

「やめろよー」とその手を払いのける姿がとてもかわいらしかった。


「アリシアの用意してくれたベッドや布団のおかげで、この子も無事大きく育ったわよ。本当にありがとうね」


「いえ、たいしたこともできず。いつもお世話になりっぱなしですから」


 できることは何でもしたい。

 何者でもなかったわたしを受け入れて、まるで我が子のように温かく見守ってくれる第2のお母さん。ホントにホントに感謝しています……。


「あ、そうだ。親方は工房ですか?」


 親方にも帰還の挨拶をしたい!


「今日は寄り合いで遅くなるそうよ」


「そうですか。残念……。じゃあ、ゆう……ドレフィン先輩に挨拶しておこうかな」


 元気に幽霊してますかねー。

 まあついでにステンソンの顔も見てやるか。ってこの間見たばっかりだからあんまり新鮮味はないけど。


「ドレフィンは独り立ちして王都近くに店を構えたのよ」


「なんと! そっかー。先輩も1人前かー」


 そりゃそうよね。

 5年半だもの。

 あの時すでに免許皆伝間近だったんだもん。そうなるよね。


「元気にやっているみたいで、たまに手紙が届くわ」


 うれしそうでもあり、淋しそうでもある。そんな表情だ。


「ステンソンは……」


「さあ……。裏庭で石積みかしらね」


 ヤンス(本物)は、あいかわらずだなー!

 いっちょ顔を見てやるか!

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