第19話 アリシア、セイヤーにせっけんを売りつける

「ねぇねぇ、セイヤー」


 朝、昼営業の開店前。もうわたしが指示することもなくなってきたねー。暇すぎるのでセイヤーに絡んでみてる。


「なんすか?」


「セイヤーはどうしてこのお店で働いてるの?」


「料理の修行がしたかったからっす」


「『火入れ』のスキルを鍛えるため?」


「それもあるっすけど、将来自分の店を持ちたいんす」


 おおー、すごくまっすぐな夢があるんだ。

 見た目チャラいのに、中身はしっかりしてる……。なんだこいつー。


「良い目標だね。貯金もしっかりしてるんだ?」


「ぜんぜんっす。給料っていつの間にかなくなるんすよね~。不思議だ~」


 セイヤーがとぼけた顔で首をひねっている。

 ああ、見直したのにやっぱりダメなやつだった……。一瞬上がった株が一気に地の底へと落ちていったわ。上がった分、むしろマイナス。


「しかたないなー。わたしね、お金持ちになるとっておきの情報を知ってるんだ。セイヤーだけに特別に教えちゃうよ」


「なんすか⁉ とっておきっすか⁉」


 セイヤーが前のめりに食いついてくる。

 やっぱりセイヤーっておもしろいわー。


「絶対儲かる話があるんだよねー。セイヤーがわたしに毎月給料の半分を預けてくれたら、1年後に10倍にして返してあげられるよ」


「ほんとっすか⁉ ぜひお願いするっす!」


 ああ、セイヤーって頭がちょっと弱い子なんだね。

 かわいそうに……。でも、給料半分くれるならそれはありがたくもらっておくね。


「暴君……かわいそうなことしないであげて」


 たまたま通りかかったエデンが悲しい目でこっちを見ていた。

 

「ちがっ! これは半分冗談で!」


「冗談っすか? 自分の給料増えないっすか?」


 なんて純粋な目なのかしら。

 ああ、そんな目で見つめられたら……。


「さっきの給料増やす話はちょっとリスクあるから、別の……確実な儲け話をしてあげる! わたしが作った特別製のせっけんをセイヤーに1個11銀貨で売ってあげるよ」


「せっけんに11銀貨っすか⁉ それは高いっすよ……」


 セイヤーが渋る。

 まあ、そうよね。この国でせっけんの相場といったらせいぜい1銀貨だもん。

 だけど出回っているものは、あまり泡立たないし、正直汚れ落ちはぜんぜん良くないのよね。

 

「いやいや、そんじょそこらのせっけんとはわけが違うよ。ちょっと水をかけるだけで、ほら! この泡立ち! この香り!」


 セイヤーの目の前で実際にせっけんを泡立ててみせる。

 実演販売ってやつだね!


「おお、すごいっす! こんな泡見たことないっす! うわ~、しかも良い香りだ~」


「それだけじゃないよー。煤で汚れたこの真っ黒い鍋も……泡をつけて1回擦るだけで……ほら、一瞬でピカピカに!」


「すごいっす! このせっけんほしいっす!」


「毎度ありー。11銀貨になりまーす」


「でもやっぱり高いっす……」


「このせっけんはなんと、肌荒れも防止してくれるのよ! 水仕事の多い料理人には必須のアイテムだね!」


「ぐぅ……買うっす……」


 セイヤーが震える手で財布から11銀貨を取り出す。


「ちょっと待って。このせっけんは月契約するとお得になるんだ。1年契約でなんと1個10銀貨に! 毎月3個買わない?」


「え、月契約は良いっすけど、3個はいらないっすよ」


「えー、もったいない! ほかの2個を誰かに売ればいいじゃない。今なら特別情報! セイヤーがほかに月契約してくれる人を見つけてきてくれたら、その人がせっけんを1個買う度に10銀貨の10%で1銀貨を報酬としてあげちゃうよ。2人契約者を見つけてきたら2銀貨もらえちゃうよ」


「ええ、すごいっす! 10人見つけてきたら毎月せっけんがタダになるってことっすか⁉」


「そういうこと! 頭良いー! さらにさらに! そのセイヤーが見つけてきてくれた契約者の人が、ほかの契約者の人を見つけてきたら、その分もセイヤーに1銀貨あげちゃうよ」


「そんなにもらっていいんすか⁉」


「いいよいいよ。せっけんがたくさんの人に広まってくれたらわたしはうれしいだけだからね」


 なんちゃって。

 マルチ商法が法規制される前に稼ぎまくろう♪


「暴君……その会員ビジネスはすでに国から禁止令がだされています」


「え、マジぃ⁉ わたしが発見した金鉱脈だと思ったのに!」


 ギャンブルは規制してないくせに、マルチ商法は規制してるのか! やるな、パストルラン王国!


 ちぇっ。せっけん作っているだけで国家予算超えちゃうぞシステムは発動しないのかー。ちぇっちぇっ。なんかほかのことを考えるかなー。


「セイヤー……やっぱりそのせっけんはタダであげるよ。調理場にもっていってみんなで使って。あ、ついでに、この液体タイプのせっけんも作っておいたから、良かったらこっちも使ってー」


「良いんすか⁉ 10銀貨もするせっけんがタダっすか⁉」


「ああ、うん。みんなの手荒れを守るのもプロデューサーのわたしの役目だよー」


 商売にならないならもうどうだっていいわー。

 みんなで使ってくださいな。


「暴君なのに女神っす!」


「やだもー。女神は言い過ぎだよ♡ ミィシェリア様に怒られちゃう。あ、せっかくだから、せっけんを使う時には、必ずミィちゃんにお祈りを捧げるんだよー」


 愛の女神……いや、美の女神にね♡

 きっと女神の加護でお肌つるつるになれるからねー。


「わかったっす!」


『我は水の女神なわけだが、水を使うなら我にも感謝をするべきなのじゃ』


 あ、うん、たしかに! マーちゃん、こんにちはー。


『はい、こんにちはなのじゃ。我の肌もアワアワのつるつるにするのじゃ』


 女神様だからマーちゃんはすでにつるつるだよね?


『それならアワアワな飲み物を用意するのじゃ』


 やっぱりそれかー。

 はいはい、今夜は新作のスパークリングなお酒をお供えしますよー。


『お供えだけでは嫌なのじゃ。我は飲みたいのじゃ……』


 うーん。しかたないなあ。

 お店は予約で満席だから、まだオープン前の2階のカジノのスペースに席を用意しておくね。


『楽しみじゃの……』


 お酒を楽しみにしてるマーちゃんはかわいいな♡

 鳥皮煎餅でも用意しておいてあげよう。

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