第19話 脱出

 ふいに、私の手首を大きくあたたかな手が掴んだ。

「琴菜ちゃん! 一緒にここを出るぞ!」

「え……!」

「社長! 異星人のかどわかしは重罪です!」

「かどわかしじゃねぇ! この子を本来の場所へ戻してやるだけだ!」

(本来の場所?)

 私は首をかしげたが、タロクさんは得心がいったようにうなずく。

「あぁ、そういう……。ならばまず、当人の意思確認を」

「確かにな。琴菜ちゃん!」

「は、はい!」

 エイロックさんの瞳に、強い光が宿っていた。

「君は、生まれ育ったこの世界に留まりたいか? それともこことは異なる愛の形がある、だけど慣れない外の世界に飛び出したいか?」

「……!」

 ――異性愛も同性愛も異種間愛も、更にもっと多様な関係も、ここから出れば普通のことだ

 彼の言葉を思い出す。私は迷わなかった。

「ここから、出たい……」

 私が同性と恋愛できないと知って以来、両親は私を見放した。皆も私を異物扱いするようになった。

「連れて行ってください! 未練はありません!」

「よし、分かった! おいで!」

「はい!」


 船に乗り込むと、中には作業服の人が大勢いた。

 彼らが船の修理を頑張ってくれた人たちなのだと、初めて知った。

「あ、あのっ……!」

 忙しく指示を出すエイロックさんに、私は問いかける。

「宇宙服とか着なくていいんですか?」

「へ? 宇宙服?」

「だって私たち、地球から離脱するんですよね?」

「宇宙へ出るときは着用しますが、今は必要ありません。ご安心を」

(どういうこと?)

「今は、この島から出るだけですので」

(島?)


「まずったぁあ!」

 エイロックさんが頭を抱えた。

「ここのドックの出入り口、開閉操作をする人間がいねぇ!! まともな出港じゃねぇから、開けてもらえてない!」

 シラフェルさんが、タッチパネルに触れる。

 モニターの一つに、ドックの操作盤とおぼしきものが表示された。

「あそこか。後方の階段を上がったところだな。俺が行ってくる。戻らなければ俺を置いて脱出しろ」

「待て、シラフェル! お前にもしものことがあれば、ウチのメカニックが困る!」

「そうだよ、ここは足に自信のあるボクが」

 彼らのやりとりに、私は思わず叫んだ。

「私が行きます!」

 皆の視線が私に集中する。

 不思議と心は凪いでいた。

「琴菜、ちゃん?」

「私が行って開けてきます。皆は捕まれば何をされるか分からない。でも私は、ここで育った人間ですから、命までは取られないと思うんです」

 私は彼らに笑って見せる。

 異分子とされる私を受け入れてくれた人のためなら、共に連れ出そうとしてくれた人のためなら、何でもやりたい気がしたのだ。

「行ってきます! もしもの時は、私に構わず脱出してください!」

「待ってよ、琴菜ちゃん!」

「いけません、琴菜さん!」

 私は出入り口から飛び出そうとした。しかしそこへエイロックさんが立ち塞がる。

 彼は私の両肩を掴むと、くるりと私の体を反転させた。

「エイロックさん!」

「琴菜ちゃん、あそこのモニターに映ってるの、あの子だよな?」

(あの子?)

 私は彼の指し示す方向に目をやる。

 ドックの操作盤の前に、見知った人物が立っていた。

「千財さん!?」

 千財さんは、何やらコマンドを打ち込んでいる。

「何をする気……?」

 彼女の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

(まさか、出入り口を完全にロックして、みんなを逃がさないようにする気じゃ?)

 千財さんを止めるため、エイロックさんを振り切ろうと身を捩った時だった。

 モニターの中の千財さんが、どこかへ向かって指をさした。

 それと同時に地響き起こり、進行方向に光が射す。

(え?)

「あの子、出口を指し示してる。俺らに、『行け』ってさ」

(千財さんが、ドックを開けてくれた?)

「脱出するぞ!」

 エイロックさんが私をきつく抱きしめ、姿勢を低くする。

「全速前進! 各員、衝撃に備えろ!!」

「はいっ!」

 次の瞬間、強烈なGが私を襲う。

 浮遊感とともに襲い掛かる、激流の中もてあそばれるような衝撃。

 モニターの中から千財さんの姿が消える寸前、彼女の唇が動いたのが見えた気がした。

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