第13話 閑古鳥

「カフェ・ビースト」開店から三日が過ぎた。

(あれから、一人もお客が来ない)

 せめて私だけでも彼らの収入に繋がる事をしようと、毎日通っている。

 無職ゆえ、あまり豪勢とはいかないけれど。

「エイロックさんって、社長さんなんですよね」

 私は代わるがわる話し相手として席についてくれる彼らと、今日も会話を楽しむ。

「そうだよ。見えない?」

「そんなことは。ただ肩書に比べて、ずいぶん気さくな方だなぁ、って」

「あっはっは。社長と言っても、大企業じゃないからなぁ。あちこちの星を巡って、フルーツを中心に食品を買ったり売ったりしてるだけだし。その直営カフェも、社長自ら給仕しなきゃならない程度の会社さ」

 星を巡ってという辺り、十分スケールが大きい気がするが。

「エイロックさんが社長なら、とても雰囲気のいい会社なんだろうな、って思います」

 私は数日前まで勤めていた職場の、こわばった雰囲気を思い出す。

「すごく……、羨ましいです」

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」

 エイロックさんのつるばみ色の瞳は、慈しみに満ちた光をたたえていた。


(雰囲気良くて美味しいカフェなのに、誰も来ないの勿体ないな)

 そんなことを思いつつ、窓の外に目を向けた時だった。

「あ……!」

「琴菜さん、いかがなさいました?」

 私は窓を指差す。

 そこには中の様子をうかがう人影があった。

「ホントだ。よぉし、ボクに任せて!」

 フラウドさんは軽やかな足取りで扉に向かい、勢いよく開けた。

「いらっしゃいませ! よろしければ中に……」

 だが、彼の愛らしい声に続いたのは、予想外の反応だった。

「きゃあああ!」

「不気味!」

「声、キモッ!!」

 あっという間に人影はその場から消えてしまう。

「えぇえ~。怖がられた……」

 フラウドさんは見るも哀れなほど凹んでいる。

 フラフラと戻ってくると、テーブルに突っ伏した。

「ボクこれでも、どこ行っても可愛いって褒められるのに。ショック……」

「ふむ……。客商売で怖がられるのは困りものですね」

「慰めてよ、タロク!」

「これまで女性しかいなかった世界にいきなり異星の男だからなぁ。しかも不時着。簡単には受け入れてもらえねぇよな」

「キモいなんて言われたの初めてだよ! うぅう、自信なくしちゃう」

「無理もないことです。事実、我々は彼女らにとって、得体のしれない不気味な存在でしょうから」

 意気消沈する彼らを前に、私は少しいたたまれなくなる。


「あの……、美味しかったです。ごちそうさま」

「んぁ? もう帰るの? オジさん寂しい」

 おどけるエイロックさんに、私は笑う。

「またおいでよ、琴菜ちゃん。この席は君のための特等席にしておくからさ」

「ありがとうございます」

「琴菜さん。もし可能でしたら」

 タロクさんが退店しようとする私へ駆け寄ってくる。

「この店の宣伝をお願いすることは可能でしょうか?」

「宣伝、ですか?」

「そうそう! ここのカフェいいよ、怖くないよ、店員さんイケメンだよ、って家族や友人に広めてくんない?」

(家族……、友人……)

 エイロックさんの言葉に、胸がキリッと痛む。

(親とは家を出て以来ほぼ連絡とってないし、友人なんて私には……)

 そうは思ったものの、彼らを落胆させたくなくて、私はうなずき店を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る