第88話 それを家出と人は言う

「おおー! やっぱり活気が出てる!」


 あの後、衝動的に着替えてペンダントに魔石をはめ込んだ私は、伯爵夫人メイクをザブザブ水で洗い流してスッピンのまま邸を飛び出した。


 箱入りの貴族令嬢と違って健脚な私には、そのまま走って中心街まで来る事位へっちゃらだ。

 

 ちょっと前はマリーと2人で毎日の様に来ていた街が、お店が沢山開いている事で随分雰囲気が変わって見える。


 今まで開いてるところを見た事がなかったお店も開いてるし、知らない出店も増えているのだ。


 私が街に来れなくなってからもマリーが色々頑張ってくれていたのは知っているけど、こんな短期間に一体何が?

 

 どこかに何か手がかりは無いかと、キョロキョロしながら街を歩いていると、今まで伯爵領では見た事がなかった行列が出来ているのを見つけた。

 


 こ、これは……!!


 好奇心に駆られて行列の先頭まで見に行った私が目にしたのは、あの日の飴細工の出店だった。


 ご丁寧に『伯爵様が買い物したお店はこちら!』とのぼり旗まで立てられ、みんな小鳥の飴細工を買い、さらにご丁寧に出店の横で記念撮影までしている。

 

 聖地化してるーーー!!?


 伯爵領の領民達が旦那様を慕っている事は知っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


「おや! アナちゃんじゃないか、久し振りだねぇ!」


 街に出ていた時によく会った、露天のおじさんに声をかけられる。


「あ、おじさん! これ何の騒ぎ?」

「いやあー、それがね! 1、2ヶ月程前だったかな。突然伯爵様があの店に買い物に来られてね!」


 あ、それは知ってます。


「その時私もいたんだけどね。いやぁー、伯爵様の男前な事! 飴細工職人のトビーなんていたく感動しちゃってね。アナちゃんは見た事ある? うちの領主様!」


 あ、はい。比較的毎日。


「それで、感動したトビーがあちこちで話し回ってさ。『あの日もしお店を閉めてたら、あの感動的な出会いは無かった! これからは俺は毎日店を出す!!』なーんて言い出してな」


 おお、あのお店を開けてる日の方が少なかったトビーさんが!!


「近い内に御成婚のパレードもあるっていうしね! みんな負けてられないってんで張り切って店を開けたり出したりしてるんだよ。ひょっとしたらまた伯爵様やアナスタシア奥様がヒョッコリお出ましされるかもしれないしね!」


 ごめん、おじさん。

 既に目の前にヒョッコリお出ましてますわ。


 ……ていうか、何で既に領民のところにまで成婚パレードの話が広まってんの!?


 手回し良すぎんか? マーカスの仕業か!?



 お客さんに呼ばれたおじさんと手を振って別れ、そのまま人の少ない広場の方まで歩いて行く。

 

 成婚パレード、か……


 旦那様の隣で、笑って手を振れるかなー。

 

 ベンチに座り1人考え込んでいると、いつの間にか側にいたクンツがふよふよ飛んで私の肩にチョコンと乗る。


『アナー、いつまでここにいるのー?』

「うーん、もう少し……かなぁ。ごめんね、クンツ。もしかして探しに来てくれたの?」

『僕達はいいんだけどさぁ、お邸が大騒ぎになってたよ。奥様が家出したー!って』


 ……げ。


 い、家出したつもりは無いんだけどな。


『ユージーンが、真っ青になって馬で走りまわってるよ!』


 何ですと!?


 ま、まさか旦那様、また変装もせずにご尊顔丸出しで街中を走りまわってるんじゃ。


 嫌な予感に背筋にツーっと汗が伝ったその時。



「アナーーーー!!」



 と、私を大声で呼ぶ旦那様の声がした。

 見れば、必死の形相で私に駆け寄って来る旦那様。

 案の定、素顔丸出しでギョッとする。


「だ、旦那様! 声を抑えて下さい。変装もせずに何をなさってるんですか!」

「いや、だがアナが急にいなくなったのだぞ!? 変装などと悠長な事を言っている場合ではなかろう!?」


 う……確かに勝手にいなくなったのは良くないけど、でもだってあんな話聞いちゃったら……。



「何があったのだ、アナ?……貴族の生活が嫌になったのか?」


 旦那様は泣きそうな顔で私に縋り付いてくるけれど、泣きたいのはこちらの方だ。


 違う。私が嫌になったんじゃなくて……


 えーーーい! もう言ったれ!!



「だって旦那様が、子さえ引き取れれば母親はどうでもいいって」

「? 何の話だ?」

「私、今日聞いちゃったんです。厩舎の前で」

「厩舎?……ああ、あの話か!」


 旦那様が合点がいった様に頷く。

 やっぱりその会話に覚えはあるらしい。


「それで、何故アナが邸を飛び出すのだ?」

「何故って…、若くて健康だから母体として都合いいとか、子供さえ産んだら母親は別にいらないとか、私はそんなの嫌っていうか……」


「…………! そうか!!」


 突然旦那様が納得した様に大きな声を出す。



 え、何? 

 もしかして私が旦那様好きってバレた!?



「すまん! アナはあの牝馬ひんばが欲しかったのだな!」





 ……ひん、ば? …………うま?


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