第80話 誰も悪くない悲劇
「エドアルド、エドアルドと仰いますが、父が一体何をしたというのです?」
「エドアルドがこの由緒正しきフェアファンビル公爵家の歯車を狂わせたんだ! アイツさえ、アイツさえ生まれて来なければ……」
興奮して目を血走らせブツブツ呟く公爵は、もはや危険人物以外の何者でもない。
お外で出会ったら通報一択だ。
「それはまさか、前々公爵夫人が父を産んで亡くなった事を仰っているのですか?」
「何だ、知っておったのか。ああそうだ。アイツの所為でお祖母様は亡くなったのだ! エドアルドは母親殺しなんだよ」
そんな訳ないだろう。完全に論理が破綻している。
「私がここに来たのは、両親の事故について知りたかったからです。随分と父の事を恨んでいる様ですが、公爵家はあの事故と何か関わりがあるのでは?」
この期に及んで取り繕った話をしていてもしょうがない。こうなったらもう直球勝負だ。
今の興奮状態の公爵なら、誘導次第で情報を引き出せるかもしれない。
「お前の両親が死んだ事故か? はっ、そんな事する訳がなかろう。まぁ勝手に死んでくれて清々したがな」
公爵は私を挑発するかの様に話を続ける。
「ああ、以前お前の父親と母親に恨みがあると言って訪ねて来た人間がいたから、こちらが知る限りの情報は全部渡してやった事ならある。お前の両親は色々な所で恨みを買っていたんだな。ハッハッハ!」
何が楽しいのか大声で笑う公爵。
勝手にベラベラ喋ってくれるのは有り難いが、その内容たるや非常に気分が悪い。
私は拳を強く握りしめて話を続ける。
「……その人達は、何者だったのですか?」
「さぁな、言葉に辺境訛りはあったが、詳しくは知らん」
「そんな得体の知れない人間に情報を渡したの!?」
公爵ともあろう者が、相手の素性も調べずに関わりを持つなんてどうかしている。
私の言葉を聞くと、公爵はニチャア……とそれはそれは気持ち悪く笑った。
「いいんだよ、エドアルドが不幸になるならそれでいいんだ」
……ヤバ過ぎる。
話が通じる気がしないが、隣で絶望した様に自身の父親を見つめるお義兄様の気持ちを思うといたたまれない。
何とかもう少し会話が成立しないものだろうか。
「随分と身勝手な事を仰ってますが、そもそも父には何の責任もない事に気付けませんか?」
「……何?」
「神や悪魔の子でもあるまいに、子が勝手に夫人の胎に宿る訳がないでしょう」
私の話は公爵にとって意表を突いた物だったのだろう。
さっきまで興奮状態だった公爵の口が少しだけ開き下にさがる。あれは驚いている時の表情だ。
家族としての関係性など一欠片も築けなかったけど、数年一緒に暮らした間柄は伊達じゃない。
いつも公爵家の人間の顔色を伺って生きてきた私は、小さな表情の変化でもその気持ちが読み取れる様になってしまった。
「自ら宿った訳でもなく、ましてや自ら生まれた訳でもない……。何故、子の方が責められるのですか? 全くもって合理性がございません」
「なんだ貴様、まさかお祖父様とお祖母様が悪いとでも言うのか!?」
ああ、この人達はきっと誰か『悪役』を作る生き方に慣れてしまったのだな。誰も悪くない、なんて思いもしない。
「そもそも、誰が悪いなどと言う類いの話では無いと申し上げているのです。出産とは、その老若を問わず命懸けの物。お祖母様は命をかけてお父様をお産みになった。……非常に残念な事ながら、その結果命を落としてしまった。そういう事なのです」
「煩い、煩い! お前の父など、エドアルドなど生まれなければ良かったのだ! そうすれば、お祖父様が辛い思いをする事も、父と私の関係が悪くなる事も、公爵家が凋落する事も無かったんだ。アイツは疫病神だ。そうだよ、悪魔の子だ!!」
私は、バンッ!!っと音を立ててテーブルを叩くと立ち上がる。
いい加減頭に来た。さっきから『不幸になればいい』だの、『生まれなければ良かった』だの、子供作って産むのはどう考えても大人側の都合でしょうが!!
こうなったらもう容赦はしない。
己が散々見下した下町育ちの元平民に言い負かされるという屈辱を味わうが良いわ!
「為すべき事を為さねば、子など出来ません。いい歳した大人がまさか『キャベツの中から赤子が生まれる』などと信じている訳ではないのでしょう?」
「何だと!?」
「お偉い高位貴族の皆様は、さぞかし高等な教育を受けてるんだと思ってたんですけどねー。避妊って習わないんですか? ヒ・ニ・ン!! 下町じゃ年頃になればみんな習いますよ?」
「げ、下品な!!」
「下品なんかじゃありません。至極真っ当な性教育です。女性の身体の負担も考えず、いい歳をして種を蒔き、挙句できた子供に責任転嫁する方がよほど品が無いですね」
「き、さま……よくも、よくもよくもそこまでお祖父様を愚弄してくれたなぁ!?」
「そっちこそ! 私のお父さんを侮辱しないで!!」
あくまで口答えする私に怒りが頂点に達したのか、公爵は真っ赤な顔をして思いっきり右手を振り上げた。
私の頬を打つ気なのだろう。かつてよくそうしていた様に。
——でも!
私は降ってきた右手をガッと掴むとそのままグルリと背を向け、勢いそのままに——
背負い投げをかました。
ビターーーン!! と愉快な音を立てて今度は公爵が背中から床に叩きつけられる。
「「またぁぁぁーーーーー!!!??」」
……またつまらぬ物を投げてしまった。
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