第78話 因縁の公爵家
詳しい状況を聞きに一階へ降りた私が目にしたのは、何度も頭を下げ憔悴し切ったお店の人達だった。
プロとして顧客から預かった品物を盗まれるなど決してあってはならない。
それはそうなのだが、管理や防犯体制に不備があった訳では無いのなら、彼らが被害者であるのもまた間違いない。
まして、犯人が初めから私のドレスに狙いを定めていたのなら、むしろこの店は巻き込まれた側面すらあるのだ。
私個人としては、とてもでは無いが彼らを責める気にはなれなかった。
悪いのは、間違いなくドレスを盗んだ犯人なのだから。
—— ねぇ、クリスティーナ。あなたが私への嫌がらせでドレスを盗んだのだとしたら、それはこんな風に関係無い人達まで苦しめる行動だと言う事を、あなたはきちんと分かっているの?
翌日。
心配する使用人のみんなに見送られ、私と旦那様は公爵邸へと向かった。
見えて来た公爵邸は相変わらず豪華で優雅で、見かけだけで言えば間違いなく人々が憧れる様な素晴らしい邸だった。
見かけだけは、ね。
かつて自分が虐げられていた場所へ足を向けるというのは、あまり気持ちの良い物ではない。
私は苦虫を噛み潰す思いで公爵邸を見上げていた。
旦那様にエスコートされて馬車から降りると、玄関前には公爵家の私設騎士団の騎士ではなく、国営騎士団の騎士が2人立っていた。
ああそうか、一応クリスティーナは謹慎処分を受けているから、見張りとして騎士が派遣されているんだ。
そんな事を考えていると、玄関の扉が開き中からお義兄様が出て来る。お義兄様に付いて来て貰おうと話していたけれど、付いて来て貰うも何も、考えてみればここはお義兄様の家でもあるのだ。
「お帰り。ごめんね、まさか父上がアナスタシアを呼び出すなんて思わなくて。……無視してくれても良かったんだけど、アナスタシアは父上から聞きたい事があるんだね?」
「はい。大丈夫です、お義兄様。きちんと自分の意思で来ましたから」
「うん、それならいいんだ。……無理はしないで」
そう言うとお義兄様は私と旦那様を邸の中へと招き入れた。
途中すれ違う使用人達が、気まずそうに視線を逸らしたり、驚いた顔をして私を見る。
当然、どの顔も見覚えはある。
例えばあそこにいるメイドは頻繁に私の食事を床に落としていたおっちょこちょいさんだし、さっき逃げる様に隠れたメイドは、いつも私にぶつかったり足を踏んだりする、物の距離感が測れない残念な脳をお持ちの人だ。
公爵家はよほど人材難なのだろう。
ま、人を大切にしない家に、良い使用人は育たないよね。
応接室に通されて座っていると、1人の侍女がお茶を運んで来た。私に嫌がらせを働いてきた使用人の中でも、トップクラスに性質が悪かった人間のうちの1人だ。
おいおい、人選どうなってるんだ。
謝る気絶対無いわー、これ。
私がそんな風に思いながらその侍女を眺めていると、旦那様とお義兄様からは見えない角度でギロリと睨まれた。
ああそうか。ここの使用人達の中では、私はまだここに住んでたあの頃のイメージなままな訳ね。
私はその侍女ににっこりと微笑むと話しかけてみた。
「まぁ、お久しぶりね。お身体の具合はどう?」
まさか私の方から声をかけられるとは思わなかったのだろう。侍女は驚いた顔で口籠る。
「君は、どこか身体の具合が悪かったのかい?」
お義兄様が不思議そうに尋ねると、その侍女は慌てて否定した。病気だとでも思われて、暇を出されると困るもんね。
「あらそうなの? ごめんなさいね、昔いつも私に水を溢していたものだから、てっきり手に力の入らないご病気か何かだと思ってましたの。違ったのね」
それを聞いて、旦那様はかつてこの侍女が私を虐げていたのだという事に気が付いたのだろう。
ギッと敵意を隠そうともしない目で侍女を見た。
部屋の空気がすこぶる悪くなり、侍女はマズイと思ったのか、白い顔をして礼もそこそこに慌てて部屋から出て行ってしまった。
「はぁ……、ごめんねアナスタシア。近いうちに使用人の入れ替えを検討するよ」
「そうですわね。私の事はさておくとしても、使用人の質はその家の品位を表しますもの。お義兄様と公爵家の未来の為にも、そうされる事をお勧めしますわ」
3人だけになった部屋でそんな会話を交わす。
それにしても、呼び出しておきながら公爵が中々来ないってのも結構どうかと思うんだけど、やはり私の事完全に舐めてかかってるんだろうなぁ。
恐らく、私を言いくるめるか脅すかして、虐待の事実なんて無かった事にしたいのだろう。
トントンと扉がノックされ、従者を伴った公爵がようやく現れた。
夜会の時に遠目で見かけはしたけれど、こうやって顔を合わせるのは結婚式以来か。
この状況でも、まだ公爵の方が身分は上だ。
私と旦那様はソファーから立ち上がり公爵に挨拶をする。
公爵は表面上はにこやかに挨拶を受けると、私達に座る様に促した。
「久しぶりだな、アナスタシア。健勝なようだな」
「はい。お陰さまで、伯爵家では良くして頂いておりますので」
ただのなんて事ない会話の様でいて、ピリッとした緊張感が走る。やはり、腐っても筆頭公爵家の現当主。中々の圧をお待ちだ。
でも、ここで怯んでいる訳にはいかない。
私の喉がゴクリと鳴った。
「さぁ、何のお話から始めましょうか? 公爵様」
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