第57話 迎撃準備は完了です

 夜会の前日は、コンディションを保つ為に最低限の手入れをして、後はゆったり過ごす物らしい。


 明日決戦に向けて英気を養う訳ですね。分かります。


 という訳で、私は自由時間にまたクッキーを焼かせて貰った。


 クッキーを焼くのはゆったり過ごす内に入るのか? とミシェルが首を捻っていたけど、私はその方が落ち着くのだとゴリ押した。


 明日の夜会に向けて、精霊達にもたっぷり力を蓄えておいて欲しかったのだ。


 精霊達の力が必要になる様な事態が起こらないのが1番なのだが、何事も備えあれば憂い無し!


 私は事前の準備は怠らない派だ。



 今日も色とりどりの綺麗な花が咲き誇る伯爵邸自慢の中庭で、精霊達とお茶を楽しむ。

 隣には見目麗しい旦那様。


 ここだけ切り取ると私の勝ち組感が凄い。


 ……が、



『やっぱりさ、先手必勝で公爵とクリスティーナは吹き飛ばしちゃった方がいいんじゃない?』

『先手必勝はダメだよ! なんか仕掛けて来たら言い逃れが出来ない様に現場をおさえた方がいい』

「とりあえず、アナに指一本でも触れようとする輩がいれば遠慮なく吹き飛ばしてくれ」

『……ユージーン、それじゃアナが誰ともダンスも踊れないよー』

「私以外の人間とダンスなんて踊らせる訳がなかろう!!」



 会話の内容が絵面と合ってなさ過ぎて辛い。


 とりあえず、フォスとクンツとカイヤには、力を使うのは最終手段だとよーく言い聞かせておかなければ……。

 クッキー食べさせたの失敗だったかな?




 そんなこんなで夜会当日。


 夜会が始まるのは夜からだというのに、私の準備は午前中から始まる。


 揉まれ温められ塗られ梳かされ拭き取られ、お昼は軽食を摘む程度。


 貴族大変だわー。お貴族様は楽しく遊んでるだけじゃないって平民も知っとくべきだわー。



 そうして出来上がった私は、ハミルトン伯爵家が総力を挙げて作り出した芸術品といっても過言ではない姿になっていた。


 自分で言うのも何だがこれは凄い。


 鏡の中には私が未だかつて見たこともない様な超絶美女が映っているのだが、これはもはや特殊メイクではなかろうか!?


 コンコンコンコン、と私の支度が出来上がったタイミングで扉がノックされる。


「アナの支度が整ったと聞いたのだがっ! 入ってもいいだろうか!?」


 旦那様だ。オヤツを待ちきれない下町の子供達みたいなソワソワ感がいっそ微笑ましくなって来た。


「ふふっ、よろしいですわよ、旦那様」


 旦那様は満面の笑顔で部屋に入って来ると、私の姿を見るなり真っ赤になって硬直してしまった。


 うんうん。分かりますよ、旦那様。普段と違い過ぎてびっくりしますよね……。私もこの顔から自分の声がする事に先程びっくりした所です。


 というか、正装した旦那様の方の破壊力も凄い。


 旦那様はいつの間にやら私のドレスと揃いになる様に自分の夜会服も仕立てていた様だ。


 薄翠色の光沢ある生地で仕立てたテールコートとウェストコートには私の髪色である金色の刺繍が施され、私のドレスと同じ上質なレースで出来たクラバットには私の瞳の色を模したであろう翡翠のブローチを付けている。


 こ、これは……2人並んだらバカップル丸出しだ!!


 私は社交界で自分がどう思われているのかを全く知らないのだが、少なくとも良くは思われてないだろうな、というのは想像が付く。


 こんな姿で現れて旦那様の名前に傷が付いたりしないのか心配だが、これはもう私と肩を並べて戦ってくれるという旦那様からの決意表明と受け取ろう!!


 ありがとう、旦那様。背中は任せたぜ。


 使用人総出の盛大な見送りを受け、私と旦那様(とフォスとクンツとカイヤ)は馬車に乗り込んだ。


『アナもユージーンも、綺麗な服だねぇ』

『いいなー! キラキラかっこいいね』


 フォスとクンツが興味津々でドレスを見ている。


 精霊って服は着れるのかな? もし着れるなら作ってあげたいけど、服だけ飛んでるとかになったらホラーかな……。

 

『ねぇアナ、夜会の会場まで僕たちずっと付いてていいの?』


 ふと何かに気付いた様にカイヤが聞いて来た。


「そのつもりだったけれど、どうかした?」

『うーん、考え過ぎかもしれないんだけどね。今日の夜会の参加者の中に精霊が見える人間がいる可能性も0では無いと思って……』


 カイヤの言葉に驚く。そんな事考えた事も無い。


「自分と家族以外に精霊が見える人がいるなんて、考えてもみなかったわ。でも、たまたま私が出会わなかっただけで、実は結構いたりするの?」

『ううん、そんな事は無いよ。アナは特別。でも、全くいない訳じゃない。特に隣国には、この国より多い』


 なるほど、そうだとするなら今日の夜会は危険かもしれない。多分招かれている隣国の貴族もいるだろう。


「隣国の方が精霊が見える者が多い、か。何か理由かあるのか?」

『あるけど、長くなるからこの話はまた今度ね。……一番規格外なのは実はユージーンなんだけどねぇ』

「ん? 私が何だ?」

『それも、また今度教えてあげるね』


 私がどうしたものかな? と考えていると、話を聞いていたフォスとクンツが会話に入って来た。


『じゃあさ、僕たちお庭で遊んでおくよ!』

『そうだね、アナがピンチになったら僕たちにはすぐ分かるから飛んでくし!』


 確かに今日の夜会の会場である迎賓館には立派な庭があるらしい。


 夜会なんて、貴族社会の嫌な面を凝縮した様なシーンがそこかしこで繰り広げられているに違いないので、この子達に見せないで済むならその方がいいだろう。


 最近、精霊達の俗世間化が進み過ぎているので、変な影響は与えたくないのだ。

 なんだか子育てをしている母の気分だな。



「アナ、もうすく着くが準備はいいか?」


 旦那様が少し心配気に私を見ている。


 大丈夫ですよ、旦那様。こちとら、もとより1人で戦う覚悟で貴族社会に飛び込んで来たんです。


 背中を任せられる旦那様と精霊3人が味方なのに、不安な訳ないじゃないですか。


 

「お任せ下さい、旦那様! 戦力充分! 迎撃準備はバッチリですわ!」

 

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