第51話 こうして彼は、ああなった。《前編》(Side:ユージーン)
(Side:ユージーン)
夜会の為のアナの特訓メニューに、ダンスレッスンが加わった。パートナーは勿論私だ。
自分の気持ちを認めたこのタイミングで好きな相手とダンスとは、相当に嬉し恥ずかしい。
が、この際私の気持ちなど二の次だ。アナは真剣に頑張っているのだ。間違ってもやましい気持ちなど持ってはいけない。
例えダンスの為にドレスアップしたアナが最高に可愛くても、例え今までより近い距離で囁くアナからいい香りがしても、例え初めて密着したアナが柔らかくても……って私の阿呆!! これじゃ変態じゃないか!!
「身体を動かすのはいい気分転換になりますね!」
大方の予想を裏切り実はダンスの名手だったアナは、そう言って楽しそうにレッスンをこなすのだが、私の精神はゴリゴリ削られていった。
もうこれはかつて自分が犯した愚行の禊ぎだと思って耐えるしかない。
そんな私の苦悩に追い討ちをかけるかの様に、王都からの早馬がとんでもない知らせをもたらした。
王太子殿下からの遣いが王都の伯爵邸に現れて、『伯爵夫人のドレスを、こちらで用意しよう』と言ったというのだ。
聞いた瞬間、頭の血管が怒りでブチ切れるかと思った。
私がその場にいなくてよかった。穏便に事が運んだ可能性は限りなく0だ。
王太子とは面識も無いというアナも、訝しげに首を傾げている。
新婚の人妻に他所の男が、しかも夫よりも身分が上の者がドレスを贈る。
この行動の意味する所はとんでもなく下衆だ。
どういう事だ?
フェアファンビル公爵令嬢に泣きつかれて、アナに恥をかかせる為に夜会に引っ張り出そうとしたのでは無いのか?
それとも、それだけでは足りず、もっとアナを辱めようとでもいうのか……?
そんな事は絶対にさせない。
何があっても私がアナを守ってみせる。
私はその夜、一通の手紙を書いた。
本当は私一人の力でアナを守りたい所だが、王太子と筆頭公爵家の両方が相手なのだとしたらあまりに力の差があり過ぎる。
私のちっぽけなプライドなんぞ、アナの安全に比べれば塵も同然だ。
「あなたを信じますよ……アレクサンダー殿……!」
段々と王都へ戻る日が近づいてくる。
ドレスも無事に素晴らしい物が完成したし、アナと精霊が契約すると精霊がより強い力を持つという事も分かった。
あの3人の精霊がアナと契約を結び、王都に付いて来てくれるというなら心強い事この上無い。
……問題はアナのネーミングセンスだが……。
精霊にマッスルと名付けようとする感性は一体どこから生まれるのだろうか?
3人分の名前を繋げると、『張り切りマッチョが体当たり』みたいな事になる。大変なパワーワードだ。
……新たなパワーワードの爆誕にも少しだけ期待をしてしまう。ちょっと癖になりそうだな、アナのネーミングセンス。
とりあえず、真っ赤になって恥ずかしがるアナが貴重かつ可愛かったので、暫くは見守る方向でいこうと思う。
王都に着くまでには契約を済ませられるといいのだが、果たして間に合うだろうか?
翌日は、夜会を模したパーティーを伯爵邸で開いた。
夜会に参加した事のないアナの為の予行演習の様な物だったが、使用人達が張り切って準備してくれたので随分と本物らしいパーティーになった。
使用人達もみんな笑顔で、アナも楽しそうで、まるでお母様が生きていた頃のように笑い声に溢れている邸が嬉しい。
綺麗にドレスアップしたアナをエスコートし、ダンスも踊る。まるで夢の様なひとときを過ごしている時に、小さな事件が起こった。
初めて酒を口にしたというアナが、少量のフルーツワインですっかり酔ってしまったのだ。
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