第47話 領地でのパーティー

 それから精霊達に『すみません……時間を下さい』と、どこぞの締め切りに追われた小説家ばりに頭を下げて数日待って貰う事にした。


 どこの世界にネーミングセンスの無さが原因で精霊と契約を結べるという僥倖を棒に振るやつがいると言うのか。

 涙ちょちょぎれそうである。




 翌日は、私が夜会の為に領地で学んだ事を皆の前でお披露目する予定の日だった。


 伯爵邸で夜会を模したパーティーを開くのだ。


 とは言っても招待客は誰もいない。

 私達伯爵夫妻と使用人達だけの小さな、でも暖かいホームパーティーである。


 流石に本番用のあのドレスを着る訳にはいかないけれど、私はきちんとドレスアップをして、旦那様にエスコートされて玄関ホールに入った。


 ここからは予行演習も兼ねて、本番の夜会さながらの振る舞いをしなければいけない。


「ふふっ、みんな張り切ってパーティーの準備をしていましたね。思っていたより本格的なので、何だか緊張してしまいそうです」


 エスコートの為に差し出された腕にそっと捕まり見上げた旦那様は、いつもは下ろしている前髪を上げていて、それだけで何か雰囲気が違う。


 まぁ、美形は何しても美形なんですけどねー。


 これは私、ドレス負けだけでなくパートナー負けの心配もしないといけないかもしれない。大変だなおい。


「少し緊張する位の方が練習になっていいんじゃないか?」

「そうですね、ここからは本番だと思って臨みます。私、どこもおかしい所とかないですか?」


 そう言って笑う旦那様に尋ねると、旦那様は私を上から下までしっかりと確認して頷いてくれた。


「ああ、何もおかしくない。大丈夫だ」


 安心した私が前を向いたタイミングで、『ハミルトン伯爵ご夫妻、ご入場です』という案内の声が聞こえて扉が開かれる。


 私が前を向いたまま、笑顔で一歩足を踏み出そうとしたその時。


「……綺麗だよ」


 旦那様の声で隣からそう聞こえて、驚いて足がもつれそうになった。


 ちょ!! 不意打ちはやめて下さいよ!


 気のせいかとも思って旦那様の方を見上げると、耳が赤い。……言ってんな、うん。


 ここからは本番モードだからか? とも思ったが、以前旦那様は『私達が政略結婚で結ばれた夫婦なのは皆が知る所だから、わざわざ仲睦まじい振りをする必要はない』と言っていたはずた。


 もしかして、方針転換?


 それならば緑の目立つドレスを『構わん』と言っていたのも納得が行く。私達が仲睦まじいと思わせておいた方が都合の良い事でも出来たのだろう。


 それならそれで構わないのだが、方針が変わったなら、ちゃんと説明しておいてくれないと……。


 ビジネスでもホウレンソウは大事なんですよ? 

 報告・連絡・相談です!

 この件については夜にでもしっかり確認しなくては。


 私がそんな事を考えている間にも、パーティーはつつがなく進行していった。


 私の社交相手の令嬢役を買って出てくれたダリアとそのパートナーのマーカスとお貴族様的な会話を楽しんだり、みんなにダンスを披露して拍手喝采を浴びたり、ベーカー特製のご馳走を堪能したり、パーティーの楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

 悲しいかな実際の夜会がこんなに楽しい訳はないので、予行演習とは少し離れてしまったけど、このパーティーは間違いなく領地での素敵な思い出の1つになった。


 正直、さっきから楽しくて楽しくて堪らない。


「ふふ、楽しいです、旦那様! もう一回おどりましょうよー!」

「……アナ?」


 旦那様の手をグイグイ引っ張ってホールの真ん中へ連れて行こうとするのだが、何だろう? さっき沢山踊ったからか、足が少しふわふわする。


「あれ? ダンスの音楽が鳴ってませんねー?」

「ちょ、アナ。……酔ってるな? おい! 誰かアナに酒を飲ませたか!?」

「夜会でお酒もお召しになるだろうと、練習の為にほんの少しお出ししましたが本当に少しですよ? アルコール分も少ない物ですし……」


 戸惑う使用人達と、旦那様が慌てて何かを話している。


 んー? なんか、あった……のか、なぁ?


「とりあえず座れ! 水も飲め! そんなに酒に弱かったのか!?」

「はじめてお酒のみましたぁ! 美味しかったです!」


 ケラケラ笑う私を見て、マリーが真剣な顔をして旦那様に言う。


「伯爵様、夜会では絶対! 奥様にお酒を召し上がらせないで下さいね」

「無論だ。とりあえず、私達は部屋に戻る。食事がまだの者もいるだろう。皆はこのまま楽しんでくれ」


 旦那様の声が顔のすぐ横で聞こえたかと思うと、身体がふわっと浮き上がる。


 んー? これはもしや……?


「へあ!? だ、旦那様! 歩けまふ。歩けまふからおろしてくだしゃい!」


 なけなしの理性を総動員して訴えるが、旦那様は全然聞いてくれない。

 

 ふわふわした頭の中と、心地よい振動と、旦那様の腕の中にいる温かさで、段々と私の意識は暗転していった。




 そして、朝。


 チチチチ……という小鳥の囀りで目を覚ました私はガバッとベッドから飛び起きる。

 そこは見慣れた自分の寝室ではなく。


「……なんで私、夫婦の寝室で寝てるの……?」


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