第46話 完成したドレスと精霊との契約

 王都へ戻る3日前、ついにドレスが完成した。


 今日はこれから仕立て屋さん達が完成したドレスを持って来る予定になっている。

 私と旦那様はサロンでお茶を飲みながらドレスの到着を待っていた。


「ドレス、楽しみですね!」

「ああ、そうだな」


 言いながら、お茶請けのクッキーに手を伸ばす旦那様。このクッキーは昨日私が焼いた物だ。

 忙しい毎日の中でも、クッキーを焼くのは良い気分転換になる。


 ……旦那様って、実は甘い物好きだよね。


 少し前にも焼いたのだが、精霊達に混じってクッキーを貰いに来る旦那様を見た時は笑いを堪えるのが大変だった。



「ドレスと言えば、結局王太子殿下は何がなさりたかったんでしょうね」


 嬉しそうにクッキーをサクサクさせている旦那様を眺めながら、私はふと浮かんだ疑問を口にした。


 途端に旦那様が苦虫を噛み潰した様な顔になる。


「分からないが、それだけに不気味だな。こちらでも色々探らせてはいるが、アナも十分気を付けてくれ」

『僕たちもいるから大丈夫だよー!』


 どこからか現れた3人の精霊達が、『お邪魔しまーす』とテーブルにチョコンと座ってクッキーを食べ始めた。


 旦那様が慌ててもう一枚クッキーを手に取る。


「あなた達も、また王都について来てくれるの?」

『もちろんついてくよー!』

『僕たちアナと一緒が楽しい!』

『あのね、気付いたんだけど、僕たちアナと《仮契約》の状態になってるみたい』


 ……仮契約?


『僕たち精霊はね、あまり個で認識ってされないんだけど、アナは僕たちが分かるでしょう?』

『名前を付けると、個になるの。だから契約』

『今、僕たちは名前はないけど個なの。だから仮契約』


 おお、何か分かる様な分からない様な……


「契約するとどうなるんだ?」


『僕たちがパワーアップするの!』

『それぞれ個性が強くなって、得意な物とか出来るみたい。例えば僕は色んな事がわかる様になって、伝えるのも上手くなったよ』

『僕は分かんないなー。あ! 飛ぶのが早くなったかも!』


 確かに他の精霊に比べてこの3人は個性が強いと思っていたし、真ん中の少ーしだけ青っぽい子は随分としっかり話すな、という印象はあった。


『だからアナ! 僕たちと契約しようよ!』

『お名前付けてー!』

「な、名前……実は、名前はちょっと……」


 私が躊躇していると、タイミング良く扉がトントンとノックされた。


「伯爵様、奥様、仕立て屋さんが来られましたよ!」




 私達が客間へ行くと、以前の様に仕立て屋さん達が深く頭を下げた状態で待っていた。

 

 部屋の中心部には恐らくドレスが飾ってあるのであろうトルソーが置かれ、上からふんわりと布が掛けられている。


「頭を上げてくれ。ドレスが完成したと聞いた。早速見せて貰えるか?」


 旦那様がそう言うと、仕立て屋さん達は顔を上げ、恭しくトルソーに掛けられている布を払った。



「これは……素晴らしいな。私も様々な夜会に出てきたが、こんなに美しいドレスは初めて見た」


 旦那様の最大級の賛辞を得て、仕立て屋さん達は感動のあまり泣きそうになっている。


 私も改めてドレスを見る。


 ——凄い、綺麗……


 まさに正統派クラシカルと呼ぶに相応しい仕上がりのそのドレスは、素晴らしいの一言に尽きた。


 ハミルトン・シルクの優雅な光沢。

 繊細な刺繍で彩られた見事なまでのグラデーション。

 緻密な計算から生み出されたであろう美しいライン。


 細部に至るまで極めて上質なレースで飾られたそのドレスは、光の加減でキラキラと輝いて見える。


「これは、間違い無く王都で仕立てるよりも素晴らしいドレスになったな! ははっ! やったぞアナ!」

「はい! 旦那様!」


 その後は、無茶な日程でこんなに素晴らしいドレスを仕上げてくれた仕立て屋さん達を存分に労い、この場にいない手伝いをしてくれた人達にもくれぐれも宜しく伝えてくれる様に頼んだ。


 仕立て屋さん達は、とても誇らしげに帰って行った。


 邸の中もドレスが間に合った安堵感に包まれ、早速王都に早馬を出す。


 セバスチャンやミシェル、他の王都の使用人達にも早くこのドレスを見せてあげたいな。




「はぁー、まだこれからが本番とはいえ、ひとまずほっとしましたね」


 夜、続きの間で旦那様と2人お茶を飲みながら話をする。実は最近、いつの間にかこれが日課になってしまっている。


『ねーねー、アナー。もうお仕事終わったなら僕たちにお名前付けてよー』


 部屋で私達を待っていた精霊トリオは、珍しく昼間の話題から離れない。


「どうした、アナ? やはり精霊と契約を結ぶという未知の行為には不安があるか?」


 心配そうに聞いてくれる旦那様に、ちょっと罪悪感が生まれる。


 違うのだ。いや、本当は『精霊と契約する』なんてもっと慎重になった方がいいのだろうが、幼い時からずっと一緒にいた精霊達が、今更私に害をなすとは思っていない。


 ただ、その、私……


「ネーミングセンスが……無いんです」

「ん?」

「昔から、絶望的な程ネーミングセンスが無いと言われてて、両親からも可哀想だから生き物に名前を付けるのはやめてやれと……」

「……そんなにか?」


 項垂れる様に頷く私の周りを、3人の精霊が励ます様にパタパタと飛ぶ。


『大丈夫だよ、アナ!』

『アナが付けてくれる名前なら何でも嬉しいよ!』

『お名前付けて!』


 ……本当に? 本当に私が名前を付けても良いのだろうか?


 私が顔を上げると、精霊達も旦那様も力強く頷いてくれた。

 それに勇気付けられた私は、思い切って自分が考えていた3人の精霊の名前を口にする。



「ハッスル! マッスル!! タックル!!!」

『『『拒否する!!』』』



「……思っていたより大分酷いな」



 うわーん!! だから言ったじゃないですかー!

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