第41話 私の旦那様は、大物になるかもしれない。

 

「アナ、少し話がしたいのだが……いいか?」


 食事が終わり、そのままの流れで何となく部屋の前まで一緒に戻って来た旦那様がそう言った。


 ちなみに夫婦の部屋は続きの間を挟んで隣合わせにある。王都の伯爵邸と作りは基本的に同じだ。


 ……まぁ、そうですよね。


 今日一日旦那様を見ていて確信したのだが、やはり旦那様には精霊が見えている。


 王都では、あわよくば何とか誤魔化せないかなーと思って過ごしていたのだが、こんな精霊ワッサーな伯爵領にいて流石にそれは無理だろう。


 理由も分からず視界を無数の光が飛び交っているなんて、その内発狂してもおかしくないレベルだ。


 今のところ旦那様は、『なんか変だな?』位にしか思っていなさそうだけど、この場合むしろ旦那様の方がレアケースだと思う。


 初夜に熟睡している旦那様を見た時にも思ったが、この人は余程肝が据わっているのだろうか? それともやはり何も考えていないだけなのだろうか……?


「かしこまりましたわ、旦那様。少し自室で済ませたい事がありますので、30分後に続きの間でもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。それでは後でな」


 そう言うと旦那様は自分の部屋へと入っていった。


 私も自分の部屋に入り扉を閉めると、フーッと細くて長いため息をつく。


 さて、なんて説明しよう。


『そのキラキラ光ってるのは精霊さんですヨ!』


 なんて言って、医者とか呼ばれないだろうか。

 もし反対の立場だとしたら、呼ばない自信がない。


「はー……。大体なんで旦那様には精霊が見えるんだろう? あなた達、なんでか分かる?」


 思わずベッドにボフンっと倒れ込みながら聞いてみた。実は今もいつもの精霊トリオは私の部屋にいて、クッキーを食べながら寛いでいるのだ。


『え? そりゃ、アナとユージーンが結婚したからだよ!』

『結婚! 結婚!』

『2人は夫婦!』


 意外な回答が返ってきて、驚いて飛び起きる。


「え? ええ! 結婚したから見える様になったの!?」


『『『そうだよー!』』』


 そんなのアリ!? 結婚なんていう人間界の制度が、まさかそんな所に影響を及ぼすなんて思いもしなかった。


『昔ねー、見える男と見えない女の夫婦がいたの』


 なるほど、確かにそっちのパターンもあり得るのか。


『精霊が、見える見えないで喧嘩になっちゃってね。さよならしちゃったの』


 あらら。どっちの気持ちも分かるだけにお気の毒だな。


『それで、精霊王様が凄く悲しんでね。夫婦になると見える様にしたんだよ!』


「ちょっと待って『見える様にした』っていうのは、精霊は人間に見える様にしたり見えない様にしたり自分の意思で変えられるって事?」


『変えられるよ! でも、変えられないよ!』

『ルールを決めるのは精霊王様だから』

『ルール守らないと、身体が段々小さくなるの』


 中々に物騒な話だ。


 つまりやろうと思えば能力的には可能だけど、ルールを破るとペナルティがある、という事か?


「ねぇ、それって……


 コンコンコン。


 私が更に詳しく聞こうとした時、続きの間と繋がる方の扉からノックの音が聞こえた。


 しまった! もう30分過ぎてる!


 急いで鍵を回し続きの間への扉を開けると、何とも言えない表情の旦那様が立っていた。


「すみません! 旦那様、お待たせしましたよね?」

「いや。そんな事より……誰かいるのか?」

「え? いえ、(精霊以外)誰もいませんけれど」

「そ、そうか?」


 恐らくさっきまで精霊と話していた私の声が聞こえてしまったのだろう。旦那様は納得いかないといった感じで、私の部屋を覗き込もうとした。


「ストップ! 旦那様、いくら建前上は夫婦とはいえ、私達はビジネスパートナーです。乙女の部屋を覗いてはいけません」


 私がそう言って静止すると、旦那様はますます何とも複雑な表情になった。


「ビジネスパートナー……。そ、それなのだがな」


 何か言いにくい事なのか、旦那様は口を開いては閉じを数回繰り返す。そして、意を決して何か言葉を発しようとしたその時——


『『『呼ばれてないけどジャジャジャジャーン』』』


 旦那様の言葉を思いっきり遮って、精霊トリオが私の前に飛び出して来た。


 突然目の前に飛び出して来た光に、旦那様はビックリして目を丸くしている。


「ア、アナ! この光は喋るのか!?」


 声まで聞こえてる!??


『すごーい! ユージーン声まで聞こえてるよ!』

『精霊と親和性が高かったみたいだね』

『おぬし、なかなかやるのう!』


 キャッキャとはしゃぐ精霊達と、唖然として立ち尽くす旦那様と頭を抱える私。

 中々にカオスな空間である。


「安心して下さい、旦那様。これは危険な物ではございません。その……精霊、です」





 続きの間。


 つまりは夫婦の寝室なのだが、私達はそこのソファーに座って2人でカモミールティーを飲んでいた。


 何だか初夜を思い出すシュチュエーションだ。


 ちなみに旦那様は何故だか耳が赤い。

 私達の初夜の思い出なんて、お色気とか皆無だと思うんですけど何でですかね?


「……つまり、アナは生まれた時から精霊が見えるのが当たり前で、私はそのアナと婚姻を結んだから精霊が見える様になった、とそういう訳か?」

「そうなりますね。俄かには信じがたいかもしれませんが…」

「? 信じるぞ? だって実際見えるしな」


 …………マジで?


 うちの旦那様、意外と大物になるかもしれない……。

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