第33話 婦人達とのお茶会
「奥様ー! 明日のお茶会の手土産は『モチモチドーナツ』でいかがですか?」
以前から私か参加したがっていた伯爵領の裕福な奥様方が開催しているというお茶会。
私はそこで社交の一つとして織られている布に非常に興味があるのだが、先日マーカスがその奥様方にアポイントを取って来てくれた。
そのお茶会の開催日がいよいよ明日に迫っているという訳なのだが……。
いやー、緊張する。これだけ豊かな伯爵領の中で富裕層なんて言ったら、とんでもなくファビュラスな世界が広がっているのではなかろうか!?
楽しみなのは間違いないが、中身が未だ庶民な私にはドキドキである。
「そうね、ご婦人方にも珍しくて楽しんで頂けそうだし、感想も聞ければありがたいもの。そうしましょう。ベーカーに頼めるかしら?」
「はい! むしろベーカーから売り込まれたんですよ。奥様方の感想を聞きたいって言って」
「まぁ、そうだったの。ベーカーは本当に研究熱心ね! 頼もしいわ」
ベーカーはあれからもずっとモチモチパンの改良に余念がなく、いまやモチモチパンは伯爵領に到着した次の日食べた物より、味も食感もバリエーションも格段にアップしている。
モチモチドーナツはその進化版だ。モチモチパンの生地の配分を少し変えて砂糖を加え、油で揚げてある。
甘くてふんわり、でもカリッとモチモチの絶品ドーナツの出来上がりである。
これはイケる……! 売れる!!
と、私は確信している。王都でモチモチ旋風が吹き荒れる日は近い。
翌日。私とマリーはいつもより少しおめかしした町娘風に装い、マーカスにお茶会が開かれるお宅へと案内して貰った。
おおぉぉぉ! 思った通りの立派なお家ー!!
到着したお家は、貴族の邸と言っても十分通用する程立派なお宅だった。
今日のお茶会の主催者で、このお宅の夫人である女性が玄関の前でわざわざ待ってくれている。
マーカスの紹介、という事で最大限の礼儀を尽くしてくれているのだろう。
マーカスとは玄関前で別れ、私とマリーだけがお家の中に入れて貰った。
「エイダよ。よろしくね」
主催者は、マダムという言葉がよく似合う40代位のとても上品で華やかな女性だった。
「アナです。本日はご招待ありがとうございます」
「マリーです。こんな素敵なお家に招待して頂いてとっても嬉しいです。よろしくお願いします!」
婦人達は思っていたより高年層の方が多く、年若い私達の参加を喜び、歓迎してくれた。
「ふふふ、こんな若いお嬢さん達が私達の織る布に興味を持ってくれるなんて嬉しいわ」
エイダさんがコロコロと笑いながらそう言うと、周りのご婦人方も同意してくれる。
お茶会はとてもアットホームな雰囲気の物だった。
良かったー、貴族のお茶会みたいな感じだったらどうしようかと思った! 貴族のお茶会行った事ないけど。
正確に言うと実は一度だけあるのだが、あれはクリスティーナとその取り巻きによるネチネチ義姉貶めパーティーだったので、お茶会としてはカウントしない。私の記憶からも抹消だ。(参加者の顔と名前はしっかり心のメモに残してるけどね!)
私がそんなどうでもいい事をうっかり思い出している間も、マリーは楽しそうにご婦人方とお喋りをしていた。
こういう時、マリーのコミュニケーション能力の高さには本当に助けられる。
特に歳上に可愛がられるタイプのマリーは、あっという間にご婦人方の心を掴んでしまった様だ。
早速近くのご婦人達に布の織り方を教えて貰ってキャッキャとはしゃいでいる。
私はその間に、エイダさんとお話をする事にした。
糸をどこから仕入れているのか等の情報収集もしたいしね!
「うちの娘も、貴女達みたいに布織りに興味を持ってくれればいいのだけどねぇ」
「こんなに素敵な布なのに、お嬢様は関心が無いのですか?」
「そうね、着飾る事にはとても興味があるのだけれど、その材料には興味がないみたい」
エイダさんは肩を竦めるとそう言って笑った。
「私達も、せっかく曾祖母の時代からずっと受け継がれているこの布を失くしてしまうのは勿体無くてこうして趣味として楽しんでいるのだけれど。段々と古い物は淘汰されていってしまうのかもしれないわね……」
「そんな! この布なら王都でも絶対人気が出るのに……失くしてしまうなんて本当に勿体ないです。趣味では無くて、例えばきちんとした事業として技術を継承して行くとか、そういったお考えはないですか!?」
「まぁ、この布が?」
エイダさんは少し驚いた顔をすると、クスクスと笑い出した。
「そんな風に言って下さってありがとうね。でもこんな、素人が織った布ですもの。王都で人気が出るなんて想像も付かないわ」
駄目だ。こんな小娘がそう言ったところで、そりゃ説得力無いよね……。
ここは伯爵夫人としてババーンと現れて、
『この布は素晴らしいわ!』
とか言った方が説得力があったかもしれない。
作戦ミスった~。
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