第20話 女子の恋バナに貴賎なし
領地へと向かう日の朝。
新婚の夫人が単独で領地に向かうのだ。あまり大々的に出かけるものでも無いだろうと思い、私達は朝早いうちから少人数でコソッと邸から出発した。
旦那様もまだ寝ている様だったので起こさなかった。
まぁ領地へ行く許可はとっているし、置き手紙にお土産まで用意したのだ。
私達はビジネスライクな夫婦なので問題は無いだろう。
「それでは行って来ますね! 旦那様」
——そうして始まった旅路が半分程に差し掛かった頃。
初めのうちは魔道馬車の性能の良さや窓から見える風景に夢中だった私も流石に段々飽きてきた。
ハミルトン伯爵領へは王都から馬車で最短でも一週間はかかるのだが、伯爵家の所有する最新鋭の魔道馬車なら馬の負担も軽くスピードも出やすい為、約半分の4日程で領地に着くらしい。素晴らしい時短なのだが、とはいえ4日間の旅は長い。
馬なら2日で着くのになぁ……。お貴族様の移動は面倒くさいや。
自慢じゃないが私は乗馬は大得意だ。早駆けなら男の子達にだって負けなかった。
ああ、自由に駆け回っていた平民時代が懐かしいな。
高性能な馬車のお陰で乗り物酔いもしないしお尻も痛くならないのだが、流石に本を読むにはきつい。
私は窓の外を眺めながら、そっと前の席に座るマリーとダリアを盗み見た。
旦那様からの許可を得て伯爵領へ行く事が決まり、何人かの侍女と護衛が私と共に伯爵領へ向かう事となった時の事。
当然の様にマリーは付いて来ると言ったのだが、ダリアが立候補して来たのは正直意外だった。
侍女としてはしっかり務めてくれているダリアだが、個人的に打ち解けているかと言えばそうでもなく。裕福な子爵家の令嬢として育ったダリアからすれば、正直私に仕えている今の状況が不本意だったとしても無理はないと思っていたのだ。
王都住みで社交界デビューも済ませているダリアは、私が平民育ちの公爵家の養女だという事も当然最初から知っているだろうし……。
ちなみに、領地が大分田舎にある男爵家の四女であるマリーは貴族のゴシップにも疎いらしく、私が平民育ちである事も知らなかったそうだ。
仲良くなった頃に話のついでに打ち明けたが、
『そんな事全然気にしません! むしろたった数年でこんなに完璧に貴族のマナーを修得されるなんて尊敬です!!』
と言い、それからも態度を変える事なく私に仕えてくれている。
……マリー……めっちゃいい子……。
「どうかされましたか? 奥様」
ぼんやりとマリーとダリアを眺めていたのに気付かれて、ダリアにそう問われる。
「あ、じっと見ちゃってごめんね。
……その、正直言うと、何でダリアは付いて来てくれたのかなって考えてたの」
「私が奥様にお供する事が意外でしたか?」
ダリアは少しキョトンとした顔で小首を傾げる。王都の伯爵邸にいる時より、旅の気安さが手伝ってか少し貴族バリアーが薄い気がする。
この機会に私は少しダリアとの距離を詰めてみる事にした。
「うーん……実は少し意外だったかな。ダリアは社交界デビューもしてる立派なご令嬢で、侍女といっても行儀見習いで来ていると聞いたから。まさか領地にまで付いて来てくれるとは思わなかったの」
「成る程、そういう事でしたか。行儀見習いと言っても、もう伯爵家に来て3年になります。マリーはまだまだ心配ですし、ミシェルさんには王都の伯爵邸でのお仕事がありますから、残った3人のうち1番経験のある自分が奥様に付いて行くのが良いのではないかと考えたのです」
なるほど、それは納得のいく考え方だ。
ダリアは今年20歳になったはずだから、17歳から伯爵家に勤めていたという事か……。
貴族令嬢の20歳というと結婚適齢期ギリギリだったりもするのだが、その辺どうなんだろう?
気にはなるけど、流石にそれを聞くのは一気に距離を縮め過ぎだよね……他に無難な話題は……
「ダリアさんは結婚とかしないんですか!?」
ーー! おう!! マリー!!!
ノーストロークで豪速球をぶちかましたな!? 天然コワイ!!
ニコニコと悪気なく返事を待っているマリーの隣でダリアは
「結婚ねぇ……」
と小さく呟きため息をついた。
その様子を見て、私はマーカスと初めて会った時の事を思い出す。
そういえばあの時、ダリアがマーカスの事すっごい見てたよね。
え? やっぱりこの2人訳アリですかね!? 歳の差あり過ぎな気がするんだけど……。
突如降って湧いた恋バナに、平民時代の血が騒ぐ。
「その……ご両親は縁談について何か言ってきたりしないの?」
「ハミルトン伯爵家で行儀見習いをさせて頂く事になった頃には五月蝿く言ってきましたが、今はもう諦めてるみたいです。私は次女ですし、後継の兄には子供が3人いますから、子爵家的には安泰なんです」
「わぁ! 甥っ子さんですか? 姪っ子さんですか?」
「甥が2人に姪が1人よ」
「可愛いですよね! 私にも田舎の領地に甥や姪が沢山いるんですけど、休みに帰省すると王都のお土産争奪戦が始まって、それはそれは大変な事になるんですよー」
下町で近所の子達にお母さんお手製クッキーを配ったら争奪戦が始まった時の事を思い出す。
そっかー、お貴族様でも子供は子供。
やっぱり同じ人間なんだなぁ。
「じゃあじゃあ、好きな人とかはいないんですか!?」
——ぅおう! めっちゃグイグイ行くね!? マリー!!
「いるわよ」
——いるんかーーい!!
「ええー! 誰ですか? 邸の人ですか!?」
私が初めて目の当たりにする貴族の女子トークにドギマギしてる間も2人はキャッキャっと話を続けている。
丁度馬車の旅にも飽きた頃。
そもそも年頃の女の子が3人、こんな狭い空間で暇を持て余していればお喋りに花が咲くのは当然の流れだ。
今までは私に遠慮してたのかもしれない。気が利かない女主人でごめんね。
馬車が伯爵領に入ると、私も窓の外の様子に俄然興味が湧いてきた。
道は舗装されているか、作物の実り具合はどうか、関所やすれ違う商人達の様子はどうか等、思わず窓から身を乗り出して見入ってしまう。
「わわっ奥様、危ないですよ。きちんと座って下さい」
「ねぇっ! あれ! 小麦よね?」
私の視線の先には一面の小麦畑が広がっている。黄金色に輝くその風景は息を呑む程綺麗だった。
「そうですね、この辺りは伯爵領でも小麦の産地として有名な地域です」
「そうなのね! 私、伯爵領で獲れた小麦で作ったパンが大好きなの。小麦の味がしっかりしててとても美味しいでしょう?」
私がそう言えばマリーも、ウンウンと頷きながら続ける。
「分かります! すっごく美味しいですよね。初めて食べた時はお代わりが止まりませんでした!」
お陰でちょっと太っちゃったんですよーと口を尖らせて話すマリーに、ダリアと2人顔を見合わせて笑う。
この旅を通して、マリーとはますます仲良く、そしてダリアとはすっかり打ち解ける事が出来た。
「うちの領地に、ちょっと変わったモチモチしたパンの郷土料理があるんですけど、伯爵領の小麦であのパンを焼いたら絶品だと思うんですよねー!」
「何それ美味しそう! 食べてみたい!」
「ふふ、領地のお邸のコックも腕がいいですよ? マリーがレシピを知っているなら作って貰いましょう?」
「「やったー!!」」
マリーと2人キャッキャとはしゃぐ。
貴族社会に連れて来られてから1人も友達のいなかった私にとって、この時間は本当に楽しい物で。
——退屈だった馬車での旅は、終わりが来なければいいのにと思うほど楽しい旅へと変わり、気が付けば私は領地の伯爵邸へ到着したのだった。
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