第6話 伯爵家の使用人⑴

「し、試用……期間?」

「はい! そうです。確かに旦那様のお立場からすれば、いくら公爵家から娶ったとはいえ私の素性をご存知な以上、すぐに家の仕事を任せる気にはなれないのも無理はございません」


 私は自分の言葉に自分でウンウンと頷く。


「私は昨夜旦那様に、愛は求めないからビジネスパートナーになりましょうと申し上げました。今の旦那様の状況を商会で例えるならば、『使えるかどうかも分からない人間を縁故採用で仕方なく雇った』状態です。ここで経営者がすべき事は、雇った人間が使える人材かどうか試す事です」

「成る程……?」

「まずは失敗しても実害の無い簡単な仕事から覚えさせ、使える様であればどんどん仕事を増やせば良いのですわ! 折角のタダで使える労働力、使わないのは損ってものです!!」

「つ、妻をタダで使える労働力って……人聞きが悪いな……」

「失礼致しました。確かに貴族的な考え方ではございませんが、経営者的にはアリ寄りのアリです。タダで使える労働力発言は不適切でしたが、要は折角の使える人材を遊ばせておくのは勿体ない、と。これからの時代、貴族といえども経営者の視点は必要不可欠かと思われますわ!!」

「ふん、経営者の視点など。余計な事をせずとも伯爵家は十分潤っている。金勘定の事など家令に任せておけば問題無いし、家の中の事は執事と侍女長がよくやってくれている」


 確かに伯爵家が財政的に潤っているのは見れば分かるが……まさか旦那様、領地を治めるのも家令に丸投げ?


 それは危険だ!……と喉まで出かかったが、領地経営にまで口を出すにはまだ早過ぎる。


 焦らない、焦らない。千の宝石は一昼夜では磨けずって言うじゃない。


「成る程。信用に足る有能な使用人に恵まれているのですね。さすが伝統あるハミルトン伯爵家。素晴らしい事ですわ」


 私が殊勝な態度でそう言ってみせると、旦那様は満更でも無さそうだ。


「では、まずは私はセバスチャンから家内の仕事について教えを請えばよろしいですね! 他の使用人についても知りたいですし、旦那様、早速皆さんを紹介して頂けますか?」

「ああ、確かに使用人の紹介がまだか……。私はこの後所用で少し出かけねばならん。後でセバスチャンに伝えておこう」

「ありがとうございます、旦那様」

「いいか、くれぐれも余計な事はするな。お前はただ大人しくこの家で過ごせばそれで役割を果たしているのだからな」


 お茶を飲み終えた旦那様が立ち上がり手元の呼び鈴を鳴らすと、程なくしてセバスチャンが入室して来た。


「失礼致します。坊っちゃま、お食事がお済みですか?」


 ……坊っちゃま言わんかったか、今?


 思わず私が二人の顔を凝視しているのに気付き、旦那様がハッとする。


「セバス! 私はもうこの伯爵家の当主なんだぞ!? 外の者がいる前で坊っちゃまと呼ぶのはやめてくれ!」


 ……外の者って……私、伯爵夫人ですけども?

 使用人の前でそういう事いうかなぁ。

 ほらぁ、セバスチャンも気不味そうにしてるしー。


 旦那様がこういう物言いをすると、使用人の中での私の立場が下がりかねない。

 それでは困るので、あとできっちり意見しておかないと。


 私は心のメモ帳にしっかりとメモを取っておいた。


「全く……馬車の用意は出来ているか?」

「はい、いつでも出られる様に玄関横にて待機しております」

「そうか、では私はもう行く。後の事は任せたぞ、セバス。この者に邸の中の事と使用人を紹介してやってくれ」


 旦那様はそう言うと食堂を足速に出て行こうとして、入り口付近でクルリと振り返った。


「いいか、余計な事はするなよ?……行って来る」

「かしこまりました。玄関までお見送りを……」

「いらん!」


 バタンッとドアが閉まると、微妙な空気の私とセバスチャンが残される。


「それでは奥様、早速使用人達を紹介させて頂きます。こちらに連れて参りますので、お待ち頂く間お茶のおかわりはいかがですか?」

「ありがとう、頂くわ」

「かしこまりました」


 セバスチャンが手を『パンパン』と打ち鳴らすと、「失礼致します」の声と共に、ティーセットを持ったマリーが入って来た。

 入れ替わりにセバスチャンはお辞儀をして部屋を出て行く。


 成る程、廊下で既に待機してたのか。

 流石伯爵家の使用人達は教育が行き届いている様だ。


 ……ほんと、公爵家とは大違いね。


「失礼致します、奥様。奥様のお好みがまだ分かりませんでしたので、お茶を数種類持って参りました。何かお好きな銘柄などはございますか?」


 おおっ! まだ若いのにこの気配り! これはやっぱり他の使用人達も期待が持てそうだ。


 平民上がりで18歳の小娘が伯爵夫人だなんて、最悪使用人にいびられる覚悟もしていたのだが、これだけ教育が行き届いているのなら表面上だけでもちゃんと奥様扱いして貰えるかもしれない。

 

 私はマリーと楽しくお喋りしながらお茶を選んで、美味しいお茶を飲みながら使用人達が来るのを待つ事ができた。

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