3頁 安全ピン

 この日の夕方の事でした。

外で痩せ細った兵隊サンが大声で自分の所属部隊、階級・名前を叫んでいました。


 「石田元治(イシダ・ゲンジ) 二等兵ッ!」


私が窓から覗くと、その兵隊サンは一見元気そうに見えました。

その時は・・・。


 受付では高山(看護婦)さんが所属部隊と名前・階級・傷の症状を聞いて問診票に書き取って行きます。

隣りに座った崔軍医(崔 勇一・韓国生まれ)が問診票を覗き込み、


 「・・・背中か」


と高山さんに尋ねると、

石田サンはその声が聞こえたらしく、

元気良く、


 「ハイ、背中でありますッ!」


と叫びました。

崔軍医は石田サンを見て静かな口調で、


 「じゃ、後ろを向きなさい」

 「ハイッ!」


踵(キビス)を返し背中を見せた石田サン。

正面とは違い背中は軍衣が破れ、血で肌に張り付いています。

高山さんが破れた軍衣をアカチンを流しながらそっと剥がしました。

すると背中の傷の奥から、「白い風船」の様なモノ見えます。

その白い風船の様なモノは「膨らんだり萎んだり」しています。

崔軍医はそれを見て顔を顰(シカ)め、高山さんと何かを話していました。

そこへ赤十字の暖簾を割って、病院内から緒方軍医長(緒方光照軍医長)が受付にやって来ました。

そして、石田サンの背中の傷を一瞥するや、


 「うん? 片肺の肺胞が見えてるじゃないか。薬が無いから歩けるなら隣の病院に行きなさい」


と云う声が聞こえました。

緒方軍医長は崔軍医を見て、


 「崔クンとりあえず傷口を安全ピンで止めといてやりなさい」


と、さり気なく命じました。

傷を安全ピンで止める治療をした石田サンは、元気そうに緒方軍医長と崔軍医に「挙手の敬礼」をして、


 「ありがとうございした!」


と叫んで、『冥土のジャンルの道』を下って行きました。


 『隣りの病院?』


隣の病院までは数十キロ、いや、百キロは有るでしょう。

私はこの石田サンと云う兵隊サンは多分、そこまでは辿り着けないと思いました。

 冥土の道の辿り着く先は極楽でしょうか・・・。


 石田元治 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて行方不明)

                          つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る