56 魔法青年は防犯対策をする

コーディが提案したのは、前から構想だけはあった魔法陣を使って、ディケンズの妻の守りを固めるという方法だった。

その魔法陣をセルマにうまく渡すために、2人で話し合ったのである。





「しかし、情報を伝えるだけでも危険になる場合があるからのぅ。自慢ではないが、ワシの妻はワシの嘘を見破るんじゃよ……。サプライズのプレゼントすらロクにできん」

これまでのことを思い出したのか、ディケンズは少し照れながら苦笑した。

「では、機能を2つにして1つだけ説明しましょう。主たる機能は守るもので、ついでに追跡機能をつけます。先生は、追跡機能だけ説明してください」


コーディの頭の中にあった追跡機能のイメージは、前世のGPSだ。幸いなことに、この世界に生きる人は差異はあれど例外なく魔力を持っている。個人の魔力を発信源として、対になる魔法陣を使って場所を特定すればいい。方向を伝えるだけなら消費する魔力は極微小だし、ホリー村の周辺くらいまでなら問題なく使えるだろう。

不特定多数ではなく、対になるものだけを把握するなら魔法陣はほんの数語で済む。

一方、防犯の魔法陣はさすがに複雑になる。


「先生の奥様は、お仕事などされていますか?」

「あぁ、服の修繕をしておる。古着屋や修繕屋と契約していて、家に仕事部屋があるんじゃよ」

身につけておいてもらいたいので、縫い物ができるのは非常にありがたい。


「では常に持っておけるもの……何がいいでしょう?リボンなどが自然ですが、少々幅が足りません」

「リボンはあまり使っておらんぞ。そうじゃな、ハンカチあたりかのぅ?出かけるとなったら必ず確認しておるしな」

「なるほど。ではハンカチに、魔法陣を描きましょうか」


描く素材が紙でも布でも、魔法陣は発動する。木材に彫刻しても問題ないが、木札などを持ち歩くのはさすがに不自然だ。

「そうじゃなぁ。しかし、布に描いた場合は毎回描き直さないといかんのぅ」

「あぁ、洗濯するなら確かに……。しかし、他に持ち歩いて不自然でなく手間にもならないものは思いつきません」

「布に描くのはいいと思うんだがな。いっそ、布に刺繍するか」


自分のシャツの袖口を見て、ディケンズがふと呟いた。

「奥様は、刺繍もされるんですか?」

「この袖もそうだ。ちょっとしたものなら問題ない。うむ、同じ色の糸で刺繍すれば目立たんし、糸が切れなければ魔法陣としても問題ないな」


ディケンズが納得したので、その方法を採用することにした。

「では、ちょっと防犯の魔法陣を調整しますので、少し待ってください」

「すぐできそうか?」

「はい、多分」


コーディは、個人で持つものとして防犯のイメージを説明した。

物理的な暴力は反射して返す、魔法的な攻撃も跳ね返す、口頭での攻撃や拒絶のようなものは半径2メートル以内にいたら口に出せない、それらの攻撃を受けたら追跡機能と連携してこちらに知らせる、使用権限は所定の場所に署名した者に与えられる、攻撃が繰り返されたら反撃して拘束する――

「待て待て。そんなに盛り込んだらハンカチではなくシーツになってしまうわい。もう少し精査してまとめて、魔法陣の素人でも写せるように簡略化もせねば」


あれこれ盛り盛りにしようとするコーディを、ディケンズが止めた。

そして2人であれこれと話し合い、なんとか20センチほどの円形に収められるように魔法陣を作り上げた。追跡機能の魔法陣は3センチ程度に収まるので、ほぼほぼ防犯機能である。

特定の個人に使用権限を与える方法はなかなか画期的だったのだが、その論文を書くのは後回しになった。


そうして魔法陣を仕上げた2人は、それをどうやってディケンズの妻セルマに自然に刺繍してもらうか、持っていてもらうかを話し合った。

結果的に、実験に協力してもらうという体を取ったのである。





◇◆◇◆◇◆





根本的な原因を絶たなければ、これからも似たような問題が起きる。

そう考えたコーディは、まず魔塔の論文を判定している魔法陣を解析することにした。

万が一を考えてディケンズは自宅で研究しているので、コーディの単独行動である。あまり無茶しないようにと言われたが、コーディ自身が無茶をしていないと思っていればいいだろうと判断している。




コーディは、ギユメットを通じて論文判定の部屋の魔法陣を見てみたいとレルカンに願い出た。

ディケンズは、体調を崩していることになっている。


さすがに初対面の、交流もない研究室の弟子に突然そう言われてレルカンは驚いていたが、ギユメットを通じてコーディのことは知っていたようだ。ふくよかで優しそうな表情だが、派閥のトップがただ優しいわけではないだろう。

さすがに手ぶらで願い出るのは良くないと考え、コーディは以前樹海で討伐した魔獣の素材を持っていった。

「これは、フレイムウォルフではないな。バーニングウォルフか」

「はい。この毛皮はかなり火耐性が高いようなので、魔道具を試作するのにも役立つかと」


レルカンは、その素材をもう一度確認し、にっこりと笑顔になった。

「向上心のある若者を手助けするのも、研究者の役割の1つだよ。魔塔に関わる魔法陣を理解したいなんて素晴らしい心意気じゃないか。いいとも、私が許可しよう」

こちらの事情などは当然知っているのだろう。そのうえで、とりあえずコーディに手を貸してくれるらしい。対価として、バーニングウォルフ一頭の綺麗な毛皮は順当だったようだ。

「レルカン先生、ありがとうございます」




「何故判定の魔法陣なんだ。中央に関わる先生方も必要なときしか入らない場所だぞ」

「興味を惹かれただけですよ。そうお思いなら、ついておられる必要はないと思いますよ、ギユメットさん」

「む、いや、しかしなぁ」

そもそもが研究機関である魔塔にそれ以上の価値を求めるのが間違っている。だから、魔塔を支配するなど考えられないようにしてしまえばいいのだ。


論文判定の部屋へ案内してくれたのが、ギユメットだった。知っているならとレルカンが声をかけたのだ。

判定の魔法陣は、そこそこ広さのある部屋の天井全体に描かれていた。どうやらオリジナルの文字をかなり使っているらしく、見たことのない文字が多い。

思わず黙って見上げたコーディの横に立ったギユメットが疑問を投げかけたわけだが、コーディは顔も向けずに帰ればいいと告げた。時間こそ夕方までと指定されたが、今日は使う予定がないので自由に見ていていいとレルカンに言われている。


じっと見上げては手元の紙に写す。

その様子を眺めていたギユメットがふと口を開いた。

「ん?その文字は見たことがあるな。始祖の魔法使いが作った魔法陣の解説本に載っていたと思うぞ」

「そんな本があるんですね」

自分の方を見もせずに言うコーディに、ギユメットは苦笑した。


「さすがディケンズ先生の弟子だな。集中力が人間じゃない。仕方ないな、私が借りてきてやろう。誰も来ないと思うが、ここから動くなよ」

「わかりました。助かります、ありがとうございます」

やはりギユメットは世話好きである。わかっているのか忘れているのかわからないが、研究室への勧誘はしなくなり、それでも変わらず声をかけてきてくれる。


コーディは、ギユメットが探してくれた複数の書物を確認しながら魔法陣を解析していった。





それから4日後。

コーディが魔塔で魔法陣を解析しており、ディケンズは家から出ず、人通りがいっとき途切れる昼過ぎに、奥方の魔法陣が火を噴いた。

比喩ではなく、文字通り攻撃をしてきた人物に向かって火を噴いたのである。

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